蕎麦喰いは食べないと言われている「天ぷらそば」に嵌る

蕎麦喰いは食べないと言われている「天ぷらそば」に嵌る

「蕎麦通・蕎麦喰い」もしくは「拘りの蕎麦屋」は、何故、あそこまでストイック(厳粛、克己)に「冷たい蕎麦」が好きなのでしょうか。このSNSに掲載される写真も殆どが、「もり(せいろ)」であり、温かい種ものを食べる人は、蕎麦通ではないという雰囲気が漂っています。

記事作成日:2016/10/23

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このまとめ記事は食べログレビュアーによる6418の口コミを参考にまとめました。

下手味(げてみ)の真骨頂「天ぷらそば」の自分勝手な定義(独善だね)

下手味(げてみ)とは、私の愛読書の一冊である昭和初期に書かれた子母澤 寛のエッセイ集「味覚極楽」に出てくる言葉です。下記に文章をそのまま書き写します。

ー 少々余談にわたるが、東京の喰べものやは、どうしてこんなに気障になったのでしょう。たべ物をうまく喰べさせるというよりは下手に気取ってばかりいる。第一、天ぷらがそうだ、寿司がそうだ、天ぷらだの、握り寿司だのというものは、どっちかというと下手味なものだ。それがまたうまい。下手味の中に、下手味をそのまま生かして、それでいてすっきりと洗練されたさっと来る感じ。これが、小笠原壱岐守じゃあないが「大名の食べるものでないうまい物」になるのである。 ー

このエッセイは、昭和2年8月17日から10月28日まで「東京日日新聞」に連載され、同年12月に光文社から刊行されたものです。今から90年も前に日本の食文化について警鐘を鳴らしていた人々がいたことに驚きます。食べ物は、時代とともに変化するものですが、「本物の味」は、消えてしまったら元に戻すことはできません。作り手だけでなく、生産者も顧客も一緒になって守っていかなければならないと私は考えます。

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ストイックな蕎麦食いの可笑しさを指摘した私も「もり」の香り、甘み、旨み、喉越し、そば汁の作り方には拘りがあり、決して「味覚音痴」ではありません。

蕎麦は、米作のできない痩せた土地でも収穫ができる貴重な穀物の一つです。
江戸城、武家屋敷、町屋を作る際に全国から集まってきた大工、左官、土方、石工、指物師などが、仕事の合間に資材置き場(砂場、藪)に屋台を引いてきた蕎麦屋、天ぷら屋、寿司屋で空きっ腹を満たしました。現代でも立ち食いの蕎麦屋や寿司屋は残っていて、同じように短時間で食事をしなければならない方々に重宝されています。

さて、ここに「天ぷらそば」の自分勝手な定義を示します。

 1、天ぷらは、海老天だけ。二本入っていると眺めが良い。(小海老のかき揚げはNG)
 2、海老は、活き車海老に限る。大きさは「手二束」(両手で隠れる大きさ)が好ましい。
 3、海老の尻尾が丼から出ていれば、尚良い。
 4、衣は、簡単に剥がれないこと。
 5、青菜は三つ葉。柚子の小片。
 6、上等な胡麻油を使い、油切れが充分であること。
 7、蕎麦は、香りが立ち、しかも茹で過ぎていないこと。
 8、出汁は薄めで、海老天ぷらの色と蕎麦の色を損なわないこと。
 9、全てが、そば盆に載っていること。
10、下手味であること。

これらの定義に従って、私の好きな順に「天ぷらそば」を並べます。

権兵衛

権兵衛 - 京都の天ぷらそば

なんと、東京人の私が選んだ No,1の「天ぷらそば」は、京都にありました。

夏でも私は、好んで、温かい「かけ」を食べます。出汁の香りを楽しみながら、香りある蕎麦をその中で泳がせ、数本ずつ啜って食べるのが、堪らなく好きです。

ここの汁は、京都らしい少し甘みのある澄んだ味の良い汁です。丼の底の方にある麺が見えます。

尻尾は縁から少しはみ出る手二束大の活き車海老。揚げ方、衣の付き方、しっかりした三つ葉の入った眺めの良さ、少しだけ呉須絵の入った丼、それでいて気取ったところのない庶民的な接客。ここが、今のところ一番です。

神田まつや

神田まつや 本店 - 天ぷらそば。
基本に従い、汁に浸った海老天が2本。見た目が美しく、とても美味しいです。

東京の蕎麦が日本一だと決めつけていましたが、「天ぷらそば」に関して、ここは僅差で第二位になりました。

蕎麦の香りと旨さ、喉越しにおいて、東京の蕎麦は日本一です。しかも「つけつゆ」の作り方が洗練されていて、いかにも江戸っ子の食べるたべものです。

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使われている海老は何でしょうか。

尾張屋 本店

尾張屋 本店 - 上天ぷらそば(車海老、2200円)

言わずと知れた「天ぷらそば」の名店。
写真は、まっつぐに伸ばされた車海老の天ぷらが載っています。剥がれにくい熱々の海老天を頬張ると下手味を感じます。

昼時にこの界隈を歩くと天ぷら屋と蕎麦屋から流れてくる胡麻油の香りが、如何にも浅草らしさを演出します。

私は、二階席よりゆったりした一階のフロアが好みです。

室町砂場

室町砂場 日本橋本店 - 「種込み天ぷらそば」(かき揚げ、巻海老)(2,600円)

ここの「天ぷらそば」は、通常かき揚げだけですが、「種込み天ぷらそば」には、かき揚げ 、手一束の巻海老二本の重ね揚げ が入っています。

東京を代表する甘じょっぱい汁の味です。決して濃くはないのですが、蕎麦湯で伸ばしながら食べると一層美味しいです。

車家

手打そば 車家 - 天ぷらそば(太打ち麺)

この店は、会津から移築した古民家を使い、造作にも器にも店主の拘りが伝わってくる料理屋風の誂えですが、実は下手味がしっかり引き継がれている良い蕎麦屋です。

「天ぷらそば」は天ぷらが別盛りになっていますが、その天ぷらは、街場の天ぷら屋より上手に仕上がっています。

これは、天ぷらと「かけ」を別々に食べることを前提とした上品すぎる「天ぷらそば」です。

手打蕎麦 一澤

匠 一澤 - そば盆に載った「天ぷらそば」

「車家」から車で5分くらいの距離にある蕎麦屋です。ここの冷たい蕎麦は凄く美味しいです。それを敢えて温かくして食べようとは思わないくらいの美味しさです。

天ぷらそのものも上手に揚げられていて、やはり蕎麦と天ぷらを別々に食べることが前提のようです。

坐忘

蕎麦 坐忘 - 盆に載った天ぷら蕎麦
丼の青菜は、小松菜

この店の評価点は、驚くほど高いです。
店に入るとストイックという言葉がピッタリの蕎麦屋です。

「天ぷらそば」は別盛りになっていて、天ぷらそのものも上手に揚げられ、蕎麦と天ぷらを別々に食べることが前提のようです。

特徴としては、大きな天然海老がぶつ切りにされかき揚げになっていることです。

深大寺そば「きよし」

深大寺そば「きよし」 - 「天ぷらそば」(1,300円)

ここは、今夏、代替わりして評価が上がった蕎麦屋です。

汁に特徴があり、京都の「権兵衛」を思わせる美味しい出汁が使われています。

天ぷらが別盛りになっているところに下手味が感じられません。

翁庵

翁庵 - 上天ぷらそば(1,400円)

店の近くにある下谷(したや)神社は、下谷稲荷明神社と呼ばれた都内最古の稲荷神社であり、伏見稲荷大社を勧請(分霊)したとも伝えられます。お参りを兼ねて訪れると良いでしょう。天ぷらは、かなり盛り過ぎで下町らしさが伝わってきます。

吉見家

吉見家 - 丼に泳ぐ蕎麦

ここも、平安時代に俵藤太(藤原秀郷)が、屋敷を武蔵国府近郊に置いた寺の側です。

大きな海老天が売りですが、別盛りになっています。また、温かいそばは、湯切りしたまま丼に入れられていますので、箸で摘むと絡んでしまいます。とてもおいしい「天ぷらそば」ですからひと工夫欲しいところです。

※本記事は、2016/10/23に作成されています。内容、金額、メニュー等が現在と異なる場合がありますので、訪問の際は必ず事前に電話等でご確認ください。

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