sequenceさんの日記一覧

レビュアーのカバー画像

巷談「安酒、気楽酒、色気酒」

メッセージを送る

日記一覧

並び替え

120 件を表示 33

表示件数:
表示形式:
「あいつんち金持ちなんだよ!!」
60年近く前の小供どうしの会話である。
その逆もあった。
「あいつんち貧乏なんだよ!!」
その貧乏な子は給食に苺が出た時に「いちごがでたぞ、いちごがでるぞ!!」とラインダンスを組んで嬉しそうに床の上を跳ねていた。ちいさな苺はくたびれたアルミの器に三つだけ入っていた。
その少年は楽しく愉快でもあったが突如態度が急変することもあった。
晩秋の夕刻、公園から...
鶏卵卸業で小売りもしている飯島鶏卵有限会社の看板を銭湯帰りに見つけた。
この日は息子夫婦と一歳を過ぎたばかりの孫と焼肉屋で夕飯の運びとなっている。檜木の湯船に浸かった後に待ち合わせの店に向かう途中にその卵屋はある。サッシの扉を開いて誰も居ない空間に声を上げて請う。
「はい、いらっしゃいませ」の声が響いた後にお歳を召した御主人が現れる。
茨木は奥久慈の鶏卵をふたパック購入する。ひとつは息子夫婦...
6人兄弟の母は唯一の女であるので僕には母方に5人の叔父が5人いる。
その叔父たちは皆、酒が好きである。
大酒が祟ったのであろうかその内のふたりの叔父は60歳を超えると直ぐに他界した。そしてこの僕は60をふたつ越えたが今のところ生きながらえている。
そして現在、この世にいる叔父はひとりとなってしまった。
しかし、兄弟の中で一番の大酒呑みのこの叔父がいまだに元気でいるのは皮肉でもある。
この...
週末の仕事帰りに気が向いたら足を向ける銭湯は5の日が定休日だ。
本日土曜日は久しぶりの出勤日だが職場近くの銭湯は5の日で休みである。
仕事が終わり風呂道具、下着、バスタオルが詰まったスポーツバックを片手にバスに乗り込み戸越三丁目で降りる。
富士見湯の暖簾をくぐり自販機で入浴料470円の券を購入する。
この銭湯に来るのは一年ぶりになる。
大きな檜の湯船に身体を大きく伸ばせば気分が爽やかなり...
今、此処に一枚の白黒写真を久しぶりにアルバムからめくる。50年以上も前ので写真である。
店の前に止めた一台のジープだけの写真である。。その店とは少年の祖父母から代を引き継いだ叔父の店である。店は酒、たばこの販売が主流であるが食料品、菓子、日用雑貨、文房具、プラモデル、釣り針なども置いてあり、当時の片田舎によくあった万屋である。所謂、何でも屋である。夏の時季は物干し棹を店内に吊るしてに幾つもの膨ら...
海に浸かり山に入りを繰り返していればいつ日かお盆が近づく。。。
太陽は傾き青い海を寂しげに照らす。山の寺は夕刻の墓参りで子供たちが手にした提灯が蛍火のように可愛らしい浴衣の回りを舞っている。少年は季節に終わりが近づいていると感じる。そしてお盆が過ぎれば波はいつまでも静かにはしていない。あれほど穏やかだった波は小石を巻き込む音が激しくなり、その波の音は少年たちに「もうお帰り」と告げているようだ。
...
虫取りも楽しい遊びであった。狙いはカブトムシ、クワガタである。
早朝の4時頃に山の上にある小学校へ行く。まだ日が明けぬ暗闇の山道は何とも言えない恐怖感がある。懐中電灯で夜道を照らせば前方に小さな人影がぽーっと浮かぶ。背中には桶を背負って腰を屈めながら同じように山へと上っている。
その姿に一瞬、ぞーっとするがよくよく見れば山の畑へ仕事に往く土地のお婆さんである。
学校の山の校庭には桜の樹と並ぶ...
青空に拡がる真夏の太陽は透き通った光線となり浜辺に降り注ぐ。漁村の浜は魚が発酵したような匂いが砂から立ち昇る。
海に足を踏み入れる。三,四歩進めば急に深くなる。次の一歩で背が立たなくなるだろう。
手を押し出して足を伸ばし海面と水平に同化する。なんとも言えない瞬間である。
築港と呼ばれるコンクリートの防波堤まで70、80mを泳ぎコンクリの岩へ上がり息をゆっくりと整える。
コンクリの下は小さな...
世界的な流行は日本の夏をも閉ざした。
終わろうとする夏に台風が関東地方をかすめるように通り過ぎ秋が颯と来た気配を感じる。
小学校生の頃の夏休みの風景がひとこまひとこまと老いた頭に蘇ってくる。
もう50年もの昔、少年は祖父母のいる新潟へ行く。
上野発特急白鷹号は確か7時50分発、けたたましいベルと共にゴトンと音を立てて白いホームをゆっくりと荘厳に離れて行き、速度を上げた車窓をふりかえると見送...
散歩中にふと足を踏み入れた坂道に遠い記憶が目を覚ます。
小学3,4年の頃の級友がこの辺りに住んでいた気がする。
中学校は学区が違うので小学校卒業後はそれっきりとなっている。。
注意深く歩を進めながらある門柱に目をやると彼の姓の名字の表札がある。
表札には姓名が刻まれているが残念ながら彼の下の名は忘れてしまっている。
そして彼は次男であったので現在もこの家に住んでいるかは定かではない。
...
甍の波に泳ぐ姿が見れなくなってから幾歳が経つだろうか。。
住宅の様相が変化した東京はベランダに可愛らしい鯉たちが薫る風に遠慮がちになびいている。
1月に始まった今回の騒動がこれほどまでに長引くとは。。。
謙虚に風に踊る鯉たちよ、どうぞ浮遊する悪しき根源を風と共に喰い尽くしておくれ。。
そして子供たちを健やかに守り給え。。

妻に送られた写メを覗けば初孫がベランダになびく鯉のぼりを見つめ...
休日の早朝散歩に出る。
上池台の住宅地を抜けて長原の商店街に入る。
扉に貼られた臨時休業、時短営業の張り紙がここでも目に付く。
商店街を抜け洗足池に歩を運ぶ。
白、淡いピンク、目の覚めるような赤紫、それぞれの躑躅が首飾りのように池の周りを飾っている。
洗足池から3両編成の緑の箱に乗り池上駅で下車。
本門寺通りの商店街に入る。
ここでも張り紙の告知が早朝に寂し気である。
あれ、此の店...
散歩のみちすがらふと門柱を見ると旧町名のままの表札がある。
大田区中央5丁目のその表札は大田区桐里町となっている。
桐里の由来は桐の木が生えている谷が転じて桐里になったとか。。

キリサト、、キリサトとつぶやけばその音の響きと桐里の字面に引き込まれ遠い遠い風景の中をいつの間にか彷徨い始めている。
急な坂を上って振り返れば桐の木が可憐な花を咲かせている。
紡錘形に連なる淡い紫の花の群れの...
すっかりと春である。
夕刻4時を回ったが太陽は明るい。
池畔のベンチにどっこらしょいと腰を置き純米酒のボトル缶の栓をひねる。
向こうの正面の池沿い広がる桜若葉が美しい。
水鳥たちは真っ白な羽を拡げて青い空をを旋回しては着水をし飛沫を立てる。
ボトル缶をゆっくりと傾げれば酒のしずくが喉に落ちる。

青空のほんの僅かな上を大きすぎる白い羽が一定の形に保ったまま静かに浮遊している。。

...
週末は不要不急の例の要請が暫らく続きそうな気配である。
日曜の散歩は久しぶりに本門寺のコースにしようと思い靴を履いて玄関を出ればさっきまで寝床に射し込んでいた早朝の穏やかな太陽はいつの間にかに薄い雲の合い間に隠れている。

すっかりと交通量が激減した国道1号線を渡る。

この道を抜けて暫らく進むと本門寺の山の麓に辿り着く。
600メートルの距離に沿って桜の樹が90本続くこの道は桜並木と...
月捲りのカレンダーは2月を最後に時が止まっている。
いけねぇ、もう3月になって何日かが経っている。。
時間遅れでカレンダーを点線に沿って切り落とすと菜の花の段々畑の写真が出て来る。
3月のカレンダーの構図は青空が上部に広がり白い雲が青い山に棚引き、その下全面に菜の花の黄色が鮮やかである。

少年期が蘇る。
俺の生まれ育った東京の馬込だって山こそないが起伏の盛んな土地である。
春の宵、...
季節を迷走した東京の初雪は奇しくも桜の開花宣言と重なる。
開いたピンクの一輪、二輪に冷たい白い雫が落ちて季節の二重奏を奏でている。

開花から四日を経過した仕事帰りの夕刻に洗足池に足を運ぶが桜はまだである。
春分の日、再び洗足池を訪れる。
池に垂れ込む桜の枝を前にしたベンチに腰を降ろしてカップ酒を開ける。
角のように分岐した5,6本の長い幹から更に伸びた数々の細い枝は交錯して厳密に計算...
少年が学校から帰ると共働きのその家は犬だけがその尾を激しく振って犬小屋から嬉しそうに飛び出しては出迎える。
頭をなでると大喜びで仰向けとなって柔らかな薄い皮膚のお腹を曝け出す。
しかし、時として少年期特有の残虐性が犬に向けられることがある。
屋根までどうにかこうにか犬を持ち上げてぶるぶると震える犬に向かって放水すると瓦の上を不安定にことことと音を立ててへっぴり腰で逃げ惑う姿を見ては快感を得る...
夏はクチナシ、秋は金木犀、そして春は沈丁花の香が好きである。

時を大きく遡れば16、17歳の春休みに入る頃、3月の中旬辺りが沈丁花の香の旬であった。。
時が進んで桜の開花は3月の下旬、早い時は中旬とその時季が年々と早まる。
沈丁花も見習うように2月の中旬から下旬にそのうぶなピンク色を妖しく開いてその香とともに性の幻惑をまき散らかす。
そして思春期は沈丁花にそこはかとなく女性を感じたもの...
冬の冷たい雨が七日間ほど続いたが昨日は久しぶりに穏やかな太陽であった。
休日土曜日の朝まだき、玄関を開けて散歩へ出る。

急坂を上り切ったところで身体ごと振り返ると夜の終わりを告げる様に冬の太陽が上り空を橙色に染めて闇はおもむろに透き通る薄い青の空に姿を変えて来る。
今日も冬晴れが続きそうである。

高台の住宅地の垣根から冬の鳥たちが冷たい空気を切る様に鳴いている。
朝焼けの遠い空に...
ページの先頭へ