3回
2019/06 訪問
虚鯊(うろはぜ)は、柔らかに降り募る雨滴ような潤みをたたえていた...「にい留」、ここではすべてが一級の品格を備えている
もう訪問から1週間程度たつのだけれど、これから書くことの大半は、まだ醒めてもいない夢の中での心の震えをあられもなく綴る言葉に過ぎないだろうから、取るに足らぬ世迷いごととして信じてもらえなくたって一向にかまわない。...でも、そのことは充分すぎるほど自覚しつつ、冒頭、何をおいてもこれだけは断言してレビューをはじめてみたいと思う。
"天ぷら屋という存在は、この「にい留」とともにはじめてこの地上に生まれ落ちたに違いない。"
「にい留」は、過度の誇張や大言壮語の限りをつくしてでも褒めずにはいられない最高峰の天ぷら店である。
それが嘘だと思うなら、われわれと一緒に、まず「にい留」のカウンターに腰掛けてみようではないか。するとどうなるか。
...花箸(はなばし)が心を決めたように突然動きだし、天ぷら鍋にタネをそっと投入する。途端にタネを包んだ衣が、天ぷら鍋の中で、にぎやかに花咲き、ほんの数十秒で、きめ細やかな美しい通気孔を持つ網状の軽やかな衣がふわりとタネを覆いつくす。
店内の構造上、仕事中の新留さんの手元の仕事をカウンターから覗き見ることはできないけれど、カウンター越しに新留さんの一挙手一投足を目で追いつつ、天ぷら鍋の中で起こっている出来事に想いを馳せるのは、何とも心が豊かになる瞬間だ。そしてさらに、その夢見るような時の流れの中で、耳朶(じだ)に響き続けるのは、おそらく「にい留」さんでしか聞けないであろう美しい"揚げの音"なのである。「にい留」においては、"揚げの音"からして、一級の品格を持っているのだ。
完璧な衣の溶き加減で、油が疲れ過ぎておらず、かといって新しすぎもしない。まさに塩梅のよい枯れ具合を保っていないと、絶対にあの軽やかで胸のすくような伸びのある揚げの音にはならないと断言したい。そしてその絶好の油の状態は、数時間のお食事の間中、新留さんの指先の感覚で、火入れ・火落としが繰り返され、絶妙に調整され維持され続ける。
サアァ~と、波打ち際に寄せては返す漣(さざなみ)のように、しめやかに屈託なくどこまでも伸びてゆく「にい留」の"揚げの音"が耳に入ってくると、カウンター席のこちら側は、緊張感とはおおよそ無縁のなめらかな時空へと誘い出され、途端に武装解除されてしまう。(※)
...もし、これまであまり「にい留」の"揚げの音"を気にしたことがないという方がいらっしゃるなら、ぜひ次回は「にい留」の"揚げの音の素晴らしさを、全身で受け止めていただきたいと思う。"馥郁(ふくいく)と仄かに店内に香る胡麻油の香りとともに、胸のすくような綺麗な揚げ音に幸福な気分になること請け合いである。
...さて、今回は3度目の訪問となる。本日は日頃から懇意にしていだいている超有名レビュアーさんの6名の「にい留」会にお声かけいただいた形だ。レビュアーさまには、ひたすら感謝である。(本当にいつもありがとうございます!)
2019年6月29日(土)18:00。傑作だとか感動的だとか美しいとか、そうした言葉さえ意味を失いかねない「にい留」の至高のお食事体験について以下詳細に書き綴っていきたい。
(※)実はプロを称するお店でも、歯の浮くようなダメな揚げ音で仕事をしているお店は結構あるものだ。かまびすしく飛び跳ねるような音であったり、明らかに揚げ音が煮るような濁りを帯びていて、いくら何でももう油の変え時だろうと、コチラがいてもたってもいられなくなったり。...言うまでもないことだけれど、「にい留」で、その手のダメな揚げ音に遭遇することは、断じて皆無である。
1.蒸鮑に東京三つ葉
グラスビールを飲み干しつつ、鮑をいただく。すっきりと若くキレイな鮑である。この後のラインナップに胸が躍る!
2.2日寝かせた3.6kgの鯛
昨日買って、ちょっと塩を当ててモチっとさせているとのこと。旨い。素晴らしい品質だけれど、新留さんの表情を見ると「このくらい当たり前っしょ」くらいの面持ち(笑)
3.那智勝浦の鰹
生姜と浅葱を刻んだものをそっと載せて。突立てのお餅のようなふくよかさ。これもひとしきり好感が持てる。
4.雲丹蕎麦
余市の塩水雲丹を天つゆで伸ばしたものにお蕎麦が添えられている。天つゆは砂糖の甘みが抑えられていていつものごとく旨い。
さて、ここからが天ぷら。新留さんが最初の衣を作り始める。揚げる直前である。新留さんは仕事中、常に衣の生き死にと闘っている。何度も何度も水と卵黄と溶いて、冷凍した薄力粉を絶妙の手加減でふわりと纏わせ、生きた衣を作り続けるのだ。
5.巻きえびの足
素揚げ。これは香りのものである。揚げの技術で海老の甲殻から引き出されたふわりとした香りを軽快に愉しむ。
6.巻きえび2尾
一本目はパリりと。これが美しい通気孔のある衣を纏って饗される。まるで出来立ての霜柱を踏みしめるような小気味よい食感である。
...この日少し話題にも上がったけれど、天ぷらにおいては何をおいてもこの衣が重要である。それも通気孔がキレイにある網状の衣が最高のものである。それはなぜか。素材を揚げると、油は身肉の中に入り込んで、素材の香りや旨みを表面に押し出すと同時に、身肉の中にある余分な水分を押し出し素材の旨みをタネの中に閉じ込めるという作用を演じる。
この相乗作用に役立つのが、衣の表面にどれだけキレイな通気孔があるかなのである。通気孔がキレイに空いた衣であれば、油がタネと接点を持ちやすくなり、素材の旨みを前面に押し出すと同時に余分な水分を吐き出し、素材の旨みを身肉に閉じ込める。つまり、揚げる前に衣と素材の中にあった夾雑物をすべて取り除いて、衣も含めた天ぷら全体を素材の旨みそのものへと昇華してくれるのが、この衣の通気孔の役割という訳だ。
だから、グルテンを発生させて練りもののような状態になった衣ほどダメな衣ということになる。例えばそこらのスーパーのお総菜コーナーに並んでいる作り置きの天ぷらがそれにあたる。衣に一切通気孔がないので、あれは天ぷらというより夾雑物の塊と表現すべきものだ。わたしが絶対買わないヤツである(笑)
グルテンはタンパク質の一種で、モノとモノとを接着させる成分を持っている。これは例えば薄力粉に温かいお湯を浴びせたりすると、一気に発生する。そうすると途端に粉は接着剤と化す。こうなったら衣は終わりである。
だから新留さんは、熱を通しやすいステンレスのボウルなど使わず(都内の有名なKとか、ステンレスのボウルを使っている有名店はいっぱいある! 笑)、熱伝道の低い陶の器で衣を作るのだ。しかも、器も常時冷していて調理中何度も変える徹底ぶりだ!彼にとっては衣の生き死にこそが自分の仕事の生命線なのだ。そのことが、その振る舞いひとつを通してひしひしと伝わってくる。
...ちなみに、今記している衣に関するアレコレを、対面で新留さんに確認したことなど一度もないことだけは断っておきたい。逆にこのレベルのことを確認するなど、新留さんに対して失礼なことだとさえ思う。彼の一挙手一投足を見ているだけで、良い天ぷらを作る基本的な理論が、言葉を介さずともグサリグサリと、えげつなく刺さってくる快感をカウンター越しに眺めながらひたすら心地よく愉しんでいるというまでの話である。
...いささか長くなったけれど、というわけで、天ぷらにおいては何といってもこの衣が重要という訳なのである。
...二本目の巻きえびは先ほどとは反転、少し柔らかく揚げている。衣の口当たりと海老の口当たりがマイルドになっている。一本目とのこのギャップもまた一興だ。
7.愛知県産のアオリイカ
驚くことなかれ。この一品、6月6日に仕入れてそこから3週間寝かしているとのことである。熟成が長いと聞くとどうしても濃厚な旨みの詰まったイメージがあるけれど、この一品はそんな感じが一抹もない。大変品のある甘さをたたえている。熟成という技術に対する新鮮な驚きを感じた逸品であった。これは、軽く塩のみでいただくのが正しいやり方だ。
8.沖縄産赤オクラ
ねばねばが大変に強い。「にい留」の野菜天は、いろいろな表情があって実に面白い。
9.愛知県岡崎産 ロマネスコ種ズッキーニ
さぁ、そうこうしているうちにコチラは、甘みのジュースと化した野菜天である。
10.虚鯊(うろはぜ)
みなさん、聞いてほしい!これが凄かった!虚鯊とは、真夏の鯊である。というと、えっと思われる方もいらっしゃると思うが、冬が旬の真鯊(まはぜ)とはまず佇まいが違うのがこの虚鯊だ。
これは新留さんいわく、「にい留」でも5年ぶりに使う食材だそうだ。冬場の真鯊と違って、相当な技術がないと出すのがなかなか難しい食材とのこと。
これが凄かった。これを大根おろしをたっぷり乗せて、天つゆにしっかり浸していただいてみるとどうなるか。虚鯊の身肉が口中で感動的に溶けるのだ!そして溶けた後に白身の繊細な旨みが糸を引くようにずっと口中に響き続け、最後に舌の上にすっと一抹の鯊の繊細な旨みが残る。...これに感動しない人間とは永遠に縁を切りたい!そう思うくらいの絶品であった。
11.鱚
この魚の緻密な味わいを存分に愉しませてくれるのやはり天ぷらをおいてほかはないと思う。
12.玉蜀黍2種
白と黄色と2種類が饗される。白は甘み軽やかに小気味よく口中を駆け抜ける。黄色の方は、そこにさらに一段コクが乗り、存在感をアピールする。
13.子持ち蝦蛄
これも今の時期のものである。蝦蛄特有の、まるでカツオブシのような固い卵塊を抱えた子持ち蝦蛄である。この時期の蝦蛄はなんとなくぶっきらぼうだけれど、その朴訥とした存在感に不思議な味わいがある。でも、このぼそっとした質朴とした味わいがわたしはたまらなく好きだ。
14.イチジクの胡麻クリーム
この時期嬉しい楚々とした和のスイーツ。わたしは大の甘党でスイーツ大好きだけれど、こういうものをいただくと、やはり和の甘味が最強ではないかと、貧乏性なわたしの心がグラグラと揺らぐ(笑)
15.桑名の蛤
これがまた、凄かった!蛤。このとろっとしたミルキーな味わいはどうであろう!そして、そのテクスチャは極めてシルキー。「にい留」の技術によって、蛤の良さばかりが一つの天ぷらに固められた芸術的な逸品である。
16.伊勢湾の鱧
そして、ここで今日の注目の一品が饗される。伊勢湾の鱧。世間一般的な鱧の湯引きとは違う。湯引きは、ゼラチン質を飛ばしすぎていて味がぼやけているので、もっと鱧の味わいを残すことをコンセプトにした一品である。
しかしでもこの一品、揚げ方も、衣の感じも他のものとは全く違う。まず衣の肌理が極めて細やかだ。そしてそのきめ細かな衣が鱧の身肉の表面を均一に覆っている。まるで薄い衣を使って掌(たなごころ)でそっと鱧を包みこんだような印象である。そして湯引きのような抜け感がなく、包まれた衣の上からしっかりと鱧の旨みが伝わってくる。虚鯊とならび、これは今日の目から鱗の逸品であった。
17.アスパラ2種
野菜天。同じ食材を全く異なるテクスチャに仕立てた演出である。お芋のようなホクホクしたものと、ジューシーな一品との違いを愉しむ。
18.天然の和良鮎
「にい留」では、鮎は生きたままを揚げる。なぜなら、死ぬと内臓が腐敗して旨くないからだ。今日の鮎は和良の天然。これは稚鮎ではない。骨まで揚げあげていて、仄かな苦みと余韻で食べさせる逸品であった。
19.水ナス
ここでまた、最高の野菜のジュースをいただく。実に夏らしい恬淡なナスのジュースである。
20.雲丹と海苔
感情を内に秘めたような雲丹の味わいに舌を巻く。からりと揚がった海苔と雲丹との相性は抜群である!
21.伊勢若松の穴子
さぁ、天ぷら屋さんの真打の登場である。
...まな板の上に並んだ揚げ前の穴子の背中を見た途端、思わず美しいと叫んでしまう!というのも、穴子の背に浮かび揚がった白い点々が極めて端正なのだ。穴子の良しあしは、背中に浮かび上がった白い点々の端正さで見て取れる。白い点々がはっきりくっきりしている穴子ほどよい。今日のそれを見た瞬間、この穴子は絶対的だと確信する!
これを新留さんは極めて短時間で揚げる。その一片の臭みもない穴子を大根おろしと天つゆ一杯でいただく幸せといったらない!これぞ天ぷらの醍醐味である!
22.さつまいも
カウンターに着席したときからずっと気になっていたのだけれど、どうも今日はさつまいもがあるらしい。カウンター越しに新留さんの向こう側にちらちらとそれが見え隠れしているのだ。どきどきしながら期待していると、天ぷらの後半くらいから調理が始まる。揚げては置いて熱を伝える。...これを繰り返し、徐々に仕立てていくイメージだ。
天ぷらの最後に出てきたそれに感動する。皮はキャラメリゼになっている。衣だった部分が砂糖の膜になっている。そしてそれは100%の芋の甘みなのだ。甘みと化したでんぷん質が油の作用によって表面に浮き出してきて衣が甘みの膜と化しているのだ。これは天ぷら技術の粋(すい)である。
23.ごはん
わたしは食いしん坊なので、いつものごとくかき揚げ丼、天茶漬けと両方いただく。
9か月ぶりの「にい留」はやはり凄かった。ときどきこの感動に触れなくては、人はたやすく老いてしまうと思う。今回は少し時間が空きすぎた。しかし9か月ぶりにお伺いして、わたしにとって「にい留」が絶対的な天ぷら店であることを改めて確信した。こんな天ぷらを出す店は都内のどこを探してもない。...ここまでレビューを読んで、もし未訪の方がいらしたら、とるものもとりあえず、「にい留」に駆け付けていただきたい!そこには問答無用の絶対の感動が待っている!
2019/07/06 更新
2018/07 訪問
油と天ぷら粉でそっと握って饗される天タネたち...「にい留」、ここで饗される天ぷらは、まさに"天ぷらを超えた何ものか"として食するものを魅了する
日頃から、天ぷらを好きだとつぶやいてみたり、あるいは優れた天ぷら店への愛を無邪気に信じこんでいたものが、ふと天ぷらを超えた何ものかと出会ってしまった場合、その残酷な体験をどのように処理すればよいのだろうか。...そんなこと、まず自分の身に訪れることはないと高を括っていても、「にい留」の暖簾をくぐれば、それが間違いなく訪れることになる。
"天ぷらを超えた何ものか"と表現したけれど、それを単なる"天ぷらの名店"といった程度のものと誤解していただきたくない。なぜなら、"天ぷらの名店"など、ミシュランのガイドブックあたりをパラパラめくってみれば、いくらも転がっていて、今さら誰も驚いたりはしないからだ。「にい留」で饗される天ぷらの素晴らしさは、それとは圧倒的に水準を異にするものである。
たとえば、ごく一般的に、天ぷら職人の揚げの技術について、脱水の技術と焼きの技術の併用ということが言われたりする。要するにそれは、揚げの技術でタネの水分を抜き、その代わりに身肉(みしし)に油を注入して、ギリギリまで焼き上げ、天タネに、極限の火入れと、香ばしさを纏わせる技術を指すのだけれど、「にい留」の技術はそういった教科書的な技術の延長線上で語れるものではない。なぜなら、こちらで饗される天ぷらの一品一品が全て、純白な敷紙の上で、瑞々しい素材の輝きを放って震えているからだ。
和食でも、お鮨でも、一杯のカクテルですらそうだと思うのだけれど、人は、お料理に触れて、そこで使われている食材の素材感と、その食材が持っている旨みが最大限に引き出されていることに深く感動する。...「にい留」が何より感動的なのは、これを天ぷらという調理法を使って実現してしまっているところにある。この天ぷら店で"揚げる"とは、"焼く"と同義語ではない。水分を抜ききって焼き上げるのはなく、揚げは、食材の旨みをタネに閉じこめる技なのである。
そう、あたかも天タネを、衣と油でそっと握って饗されているような感覚なのある。油の中で花を咲かせた天ぷら粉で、そっと握って、チューブから絵の具を絞り出すように食材の旨みをタネに濃密に寄せ集める、そんな感じで饗される天ぷらが「にい留」の天ぷらである。これが感動的でなくて何であろう!ここで饗される天ぷらは全て、傑作というのが惜しまれるくらいの途轍もない逸品揃いである!
2018年6月23日(土)、あまりにも素晴らしかった「にい留」での晩餐について以下できるだけ詳細に書き綴って行きたい。...この日は、日ごろからお世話になっている超有名レビュアさんの贅沢な「にい留」貸し切りの会である。1番乗りで入店する。10名のカウンターのみのお店で、カウンターの向こう側で、新留修司さんが軽く会釈して出迎えてくださる。みなさん集まったところで、コースをスタートしていただく。
1.ジュンサイ
シャンパンをいただいていると、まずは涼やかな一品目が饗される。これはわさびを溶いてそのままいただく。
2.雲丹蕎麦
新留さんの大親友である"木村さん(すし喜邑)のパクリ"(新留さん談)とのこと(笑)。「にい留」さんでは、天タネの雲丹は、毎日新しい箱でいきたいので翌日にあまりものを持ち越すということをしないそうである。では、あまったものをどうするか。...天つゆと合わせてミキサーかけ、お蕎麦と一緒にした突き出しがこの一品である。なんとも贅沢な雲丹使いの一品である。
そして、「にい留」さんのこの天つゆが滅法旨い。なんでも、通常お蕎麦屋さんでは、そばつゆを作るやり方に2パターンあるそうだ。ひとつが、返しを寝かせて出汁と合わせるというやりかた、そしてもうひとつが、"生返し"といって、返しを寝かせずに出汁と合わせて湯煎にかけてずっと煮詰めるというやり方。この2つがあって、お蕎麦屋さんによってやり方はどちらか一方に寄るそうだけれど、「にい留」さんでは、この2つを両方とも採用されているそうだ。
しかし、それにしてもここの天つゆは旨い。砂糖を極力少なくして、寝かせて甘みを出している天つゆなので、くどさがまったく感じられないのだ。
3.あん肝
あん肝。脂質が強くねっとりとしている。媚びるような甘みがなんともよい。
4.和歌山の鰹の漬け
これが凄かった。今日のものは、新留さんが懇意にされている南知多の漁師さんから直で仕入れたものだそうだ。この漁師さん、ご自身の船で獲って、ご自身で処理されるので、いつも身がバチバチの状態で入ってくるそうだ。流通にのってくる場合は、もっと身がバレているそうだけれど、これは、明日、明後日くらいに使ってもよいくらいにエッジが立ってて凄い迫力がある。
さぁ、ここからが天ぷらである。
5.車海老の頭
最初の一品をいただいてみて、まず、この天ぷら店が通常の天ぷら店とは全く異なることがはっきりとする。...揚げすぎていないのだ。ほかの天ぷら店だと、もっと高温で揚げて、海老の味が強烈に引き出されている印象があるが、こちらの海老の頭は実に上品で、香ばしい香りの向こうに、フッと海老の香りが香るくらいの慎ましやかな仕上がりである。これをいただくと、ほかの海老の天ぷらがいかに高温処理で酸化したものになっているかが如実に理解できる。
6.車海老
これに、打ちのめされた!まるで淡雪のようだ。海老の瑞々しさが口に広がり、そっと溶ける。揚げ具合を微妙に変えた2種類が饗されるが、わたしは2本目の気持ちソフトな揚げあがりの方に深く心を揺さぶられた。
7.イカ
少し塩をつけていただくが、中心に甘みがある。揚げの技術もさることながら、この地元のイカが滅法素晴らしい。内臓が透けているような素晴らしいイカを使っているとのことであるが、さすがの一品である。また、揚げ具合も絶妙である。箸先で掴んだ感じがぶりんとしていて、衣に身肉が寄り添う感じである。
8.沖縄の島オクラ
塩でいく。きっちりと火入れされて、湯気が立つほどの仕上がりなのだけれど、一口含むと、野菜の水分がたわわに口中に広がる豊饒感に言葉を失う。
9.蝦蛄
これも驚きの一品であった。これは、新留さんの揚げの技術の凄さが、如実に感じとれる食べ比べの演出であった。蝦蛄は、南知多の豊浜から引いている子持ち蝦蛄。最高の上物である。まず、釜茹でにしたものをいただくが、なるほど、蝦蛄ならではの、しめやかな味調にしっくりと得心する。
しかし、これを揚げたものがさらに凄かった!薄い衣の下から現れた蝦蛄は、チューブから絞り出されたような濃密な旨みにたわわに震えていたのだ。まるで良質なからすみをいただいたような、その濃密な素晴らしさに思わず言葉を失う。
10.甘長とうがらし
有機栽培の岐阜の無農薬のししとう。天つゆで行く。「にい留」さんは野菜が凄い!
11.鱚
これも、これまでの常識を覆す凄い逸品であった。いうまでもなく、鱚は天ぷら店の定番だけれど、わたしの印象だと、この水分を多く含んだ淡白な魚は、まず高温で水分を抜ききって、徹底的に焼き上げて饗されるという印象がある。
しかし、「にい留」さんでは全く異なる。揚げながら、ちょっと火を落としたりしつつ、丁寧に鱚の旨みを仕立てていく。優しく水分を抜きながら、鱚の瑞々しさと旨みとのこの一点しかないという最高の状態を狙い撃つように仕上げていく感じなのだ。
そして、これも「にい留」さん独自の特徴であるけれど、こちらでは、天タネに合わせて、天ぷら粉の調合を変えていく。あたかもお鮨屋さんがお鮨のネタに合わせてシャリを変えるようなイメージである。この繊細な仕事ぶりこそが、この素晴らしい天ぷらを生んでいるのだと思う。
12.ズッキーニ
甘長と同じ八百屋さんで仕入れているズッキーニだそうだ。ズッキーニの力が凄い。なにも付けずにそのままでいただく。これも揚げの途中で、火を止めて野菜の旨みを最大限に引き出している。瑞々しさが凄い。鼻腔に残る旨みと香りに陶然とする。
13.岩牡蠣
なにも付けず岩牡蠣の塩気のみでいただく。牡蠣の透徹感、エキスに圧倒される。銅をなめているように無機質だけれど、同時に心をえぐるような牡蠣の力強さがこれでもかというほどに引き出されている。
牡蠣を揚げたところで、油をチェンジする。(牡蠣を揚げると油に牡蠣の香りがついてしまうからだそうだ)「にい留」さんでは、太白ごま油ベースで太香ごま油をあわせているそうだ。
14.アスパラガス
真っ2つに割って饗されるが、上の穂先のものもよいけれど、下の根っこの方のものが実に味わい深い。時間をかけてゆっくり食べるほどに、余熱でじっくり味が出てくる。
15.鱧
伊勢湾の鱧。鱧の味がしっかりしている。少し寝かせて、この域までの旨みを引き出しているとのことだ。和食でもそうだけれど、やはり一流のところの鱧は、味がしっかりとしている。
16.岐阜の有機栽培のペコロス
この自然の甘味はどうだろう!こういうものをいただく瞬間が、人口の甘みの醜さを痛感する瞬間でもある。
17.鯵の刺身
酢と水でさらっとあらっただけの鯵が天ぷらの真ん中で饗される。胡瓜とお砂糖をあわせたものをかけている。さっぱりとした夏の涼味である。
18.琵琶湖の鮎
甘みがあって、苦みがあって、さらに万華鏡のような緻密な味わい。凄すぎる。何も付けずにそのままいく。ヒレが立っている。このふわふわ感は罪である。
19.とうもろこし
味が濃くて、瑞々しくて、甘みがあって、そのすべてを薄い衣がそっとつつみこんでいる。
20.三重の黒鮑
酒とか昆布とかは入れず、水だけで3時間蒸したもの。これが本来の鮑の味わいといった逸品である。磯の香りの濃縮度合いが悩ましいほどに素晴らしい。反り返るような弾力ある食感の向こうから、幽玄味すら感じさせる鮑の奥深い味わいの陰影が顔をのぞかせる。
21.新潟のフルーツなす
瑞々しい。やはり「にい留」さんは野菜が凄いと改めて感じさせてくれる逸品。甘みが洗練されている。
22.伊勢湾の穴子
伊勢湾の穴子は、わたしははじめていただいたけれど、素晴らしかった。これもあわびとなすの衣とは違って、穴子用のころもと合わせている。穴子の臭みなど一抹も存在しない。解けるように溶けるように、口中をふくらみのある穴子の味わいが満たし続ける...
23.かき揚げ丼
ここで一通りとなり、ご飯ものをいただく。まずは海老のかき揚げ丼である。海老天を天つゆ少量でシンプルにご飯とあわせたものだ。
24.天茶
かき揚げ丼のシンプルな直球系に対して、海苔の風味の優しさと、お茶漬けの軽やかさが嬉しい。
25.イチジク
愛知県らしい。揚げ物だけれど、和の甘味のようにいただける。
26.いさきの刺身
最後に、いさきのお刺身を出していただく。1週間寝かせたいさきだそうだ。これからどんどん良くなる魚である。さっぱりとした味わいの中に、鯛をも超える深い旨みを感じるのは、わたしだけだろうか...
...今日、この日の一連のお食事は、果たして何だったのか。あまりの素晴らしさに、お料理が全て終わっても、すぐには席を立つことができない。以前から、常にお伺いしたいと思ってきた天ぷら店であったけれど、それがこんなにも危険な贅沢であるとは予測だにできなかった。...もう、わたしの中で天ぷら店は、「にい留」だけでよい、そのくらいの感動に打ち震えた一夜であった。さっそく、次回の予約を入れる。次回は9月初旬で、やはり本日同様に、貸し切りの会での訪問だ。もう今から興奮が止まらない!
...最後にひとつ。なんでも、「にい留」さんのサツマイモはとんでもなく旨いそうだが、わけあって封印しているとのことだ。...そんな話を聞いたら、これをこじ開けずにはいなられないと思ってしまうのはわたしだけだろうか(笑)!
2019/01/25 更新
その日の風向きや陽光の加減で「ペレグリーノ」になったり、「蛎殻町 すぎた」になったりすることもあるけれど、その日の夜ばかりは、何のためらいもなく、「にい留」こそが世界一のレストランだと呟かずにはいられなかった。嘘だと思うなら、レビューに入る前にその一部を少しばかり覗いてみよう。きっとその意味をお分かりいただけると思う。
たとえば鱚。...鱚の天ぷらを揚げるにあたって、おもむろに店主はこう切り出す。
「ここまで海老、イカ、銀杏と揚げてきた衣をそのまま使えば、平均点くらいの天ぷらはできますけど、それでは絶対に感動する鱚は揚げられない。...鱚はね、作りたての衣が最も性能がでる。だからまず鱚用の衣を着せてあげないとね...」
いささかぶっきらぼうにそう呟いたかと思うと、そそくさとステンレスのボールに卵と水を溶き合わせ、そこに薄力粉をはらりと纏わせる。瞬く間にキンキンに冷えた陶器鉢に新調したスーツのようなキラキラの衣が設置される。...店主は衣は食材のお洋服だという。つまりこれで鱚におめかしさせる準備が整ったというわけだ。
そしてここからが醍醐味。これまで数品揚げてきた天ぷら鍋の火力は、今はすっかりオフモードである。そこに鱚を一尾投入する。余熱から立ち昇る美しい漣のような揚げ音が、店内にいつまでも響く。そしてまた一尾投入する。まだ点火しない。...普通、他店ではここから火力を全開にする。どうしてか?いわゆる"天ぷらの体(てい)のもの"を仕立てるためには、衣が固まる温度帯まで急いでもっていかなくてはいけないからだ。
しかし店主はそれを頑なに拒む。そして耐える。そうする理由は、いわゆる"天ぷらの体のもの"を仕立てることによって失われてしまう食材の旨みを救うためにほかならない。そして、じっくりと低温で食材の旨みを閉じ込めた後、今度は一気に火力を上げ、タネと衣に付着した旨味とは関係のない曖昧な水分を短時間で飛ばしきってひとつの作品を瞬く間に仕立て上げる。
ほぼ数10秒間。...ひとつの作品を仕立て上げる店主のこの一挙手一投足のリズミカルな呼吸はなんとも見事なものである。
油の枯れ具合、衣の状態、投入する食材、その日の湿度・気温...時の経過とともに微妙に変化しながら覆いかぶさってくる諸条件を、すばやい暗算で処理して、タネの味わいの変化に滑らかに同調しながら次なる推論を組み立てる。
この躍動するような運動感こそ、「にい留」の素晴らしさである。連綿と繰り広げられる新留劇場は、どの瞬間を切り取っても、常にこのライブ感の繊細な驚きに満ちている。
それに触れていると、息詰まるベースボールの好カードを観戦しているみたいに、胸締め付けられる。いうまでもないがその運動感に、事前に用意されたレシピや指示書に従うような無粋なルーチンワークが紛れ込む余地などない。剥き出しの運動神経が、神に愛された神々しさで一瞬一瞬にひらめいている、それが「にい留」である。
2019年11月16日(土)18:00。凄かった「にい留」の一夜について、以下できるだけ詳細に書き綴っていきたい。
1.北寄貝のお出汁
さぁ、ここから新留劇場が始まる!まずはお出汁から。...北寄貝の滋味が胃の腑に染み入る。
2.10日の3kgの三重のクエ
身質が肉々しい。ボリューミーな逸品である。脂乗りが抜群である。タイプは全然違うけれど、脂乗りでこのクエと双璧をなすのは、のどぐろくらいだろうか...
3.ぶり
炙ったうえで皮をはいで、苦みのテイストを出している。これも魚の香りが前面に出た逸品である。
4.北海道余市の鮟肝
甘みがあって、それが舌にメランコリックに媚びてくる。
5.いくら茶わん蒸し
最高鮮度のいくらだ。これを優しい茶碗蒸しで、するりといただく。心のこわばりが解きほぐれるよう...
さぁ、満を持してここから天ぷらである!
6.巻きえびの足
「にい留」用に出荷してもらっている養殖の海老。普通1kgでしか出荷しないところを「にい留」にはどうしても使ってほしいとのことで、500gで入れてもらっているとのことだ。何度いただいても、ここの海老は素晴らしい。足から立ち上る海老の香ばしい香りにうっとりする。
7.巻きえび
身肉が口中で健康的にはじけ、海老の甘みがしめやかに口中に広がる。実に繊細な味わいだ。これだけの逸品をいただくと、もはや天然ものに固執する価値を感じなくなる。
8.1.xkgのあおりいか
細かい隠し包丁が入った立派なあおりいかが取り出される。塩水に2時間つけて浸透圧をかけていかの水分を抜いて、水が出なくなるほどペーパータオルを何回も巻いた後、1週間寝かせてあるとのことだ。この魚の仕込みは、スペインに木邑さんといったときに気づきがあったとのことである。クエも同様であるが、魚は水をどれだけきちっと取るかが重要とのこと。
あおりいかは、何といってもいかの王様である。「にい留」の揚げの技術であおりいか特有の香りと、ねっとりとした旨みが凝縮した天タネに涙が出るほど感動する!
9.銀杏
ひとつ前のあおりいかも、この銀杏も強火を徹底して避けて余熱を最大限に利用しつつ揚げられている。そうすることによって、銀杏の香りとモチっとした食感が最大限に引き出される。これを食べると他店のものがいかにか固くて渋みだけが立ったものかがハッキリわかる。
...ところで「にい留」の天ぷらの連なりの凄さは、通常他店でわき役(箸休め的)と見なされがちな、この銀杏であったり、むかごであったり、山ごぼうであったり、椎茸であったりが、すべて主役級の迫力で食べ手に襲い掛かり、コースを活気づけて回るところにある。
店主はいう。「昔は、お客さんに天ぷらの衣は、鮨でいうところのシャリに相当するものなんです、という説明をしていたけれど、最近は少し考えが変わってきているんですよ。シャリは天ぷらの衣と違って、お客さんに饗する数秒間の間に、過熱していくという過程がない。だから最近はむしろ、鮨にはない、過熱していく(温度が変化していく)という天ぷらの衣の特徴を、調理の軸に据えて考えるように変わってきてるんですね」
"変化"を軸に据えるという概念が取り込まれた新留新理論。それにより、そのライブ感がさらに繊細に研ぎ澄まされ、料理の表情が豊かになっている!
10.鱚
皮目の香りが香ばしく、まるで焼いた感じになる。それもこれも衣についた無数の通気孔のなせる業だ。わたしは「にい留」の右に出る鱚の天ぷらを食べたことがない。
11.むかご
新物である。生からそのまま揚げると痺れるような強いえぐみが出てくる。だから、一度昆布だしで塩を一摘まみ入れて沸騰させる。すると灰汁が大量に出てくるので、それを丹念に取り除いて出汁に漬けておいてから揚げているとのことだ。
これが滅法凄かった!むかごの土くれた芋の風味が天タネ全体を覆いつくしている。日本の山川草木の芳醇をそのまま天ぷらに閉じ込めたような逸品である。これこそ最高峰の揚げの技術のなせる業である。
12.竹岡の太刀魚
この水分は罪である。口中でほろほろとほどける。一口いただいて、何に向かってかわからないけれど、ありがとうと呟いている自分を見出す。
13.やまごぼう
この一見脇役とみなされがちな山菜の天ぷらが、主役級の迫力をもって襲い掛かってくるのを受け止めるにつけ、揚げるという調理法の凄さにまたまたやられてしまう。...しかしでも、こうなってくると、第一級の食材に打ちのめされているのか、最高峰の揚げの技術に打ちのめされているのか段々わからなくなってくる。
14.岩手赤崎の一番手の牡蠣
ものすごいジューシー。貝柱がすさまじい力を持っている。牡蠣の一級品である。これが衝撃的に旨かった。これは、海のこぼした一粒の涙だ!この詩的なまでに憂いがあって艶やかな味わいが感動的でなくてなんであろうか!
ここで油を入れ替える。「にい留」の衣は、衣に孔がいっぱいあるので、牡蠣みたいな食材を揚げると水分が半端なく出て、油が一気に疲弊する。だからこのタイミングで油をかえる。
15.アスパラガス
まずは穂先。火を止めてあげ上げたもの。青臭い香りが一抹もない。
次に根元の部分。しっかりと火入れしてある。穂先とは温度も時間も変えている。一口食べて衝撃が走る。これはもはやアスパラジュースである!飲めるのだ!
16.福井産のせいこ蟹
「にい留」にしか入らない蟹。
今年はせいこ蟹は解禁が早かったそうだ。1日目はそうでもないという印象だったそうだけれど、2日目以降この水準に達して断然味わいがよくなったという。
まず香りが凄い。足の身肉と、うちこそことを混ぜながらいただく。うちこが凄い。感情を内に秘めたように旨味の塊である。実にしめやかな艶のある味わいである。オスの松葉蟹にはない、北陸の鉛色の海に静かに振り募る粉雪のようにしめやかな味わいである!
17.もずく酢に葡萄
葡萄ともずく酢を交互にいただく。もずく酢は「すし 喜邑」さんでも使っている飯尾醸造の富士酢を使って作っているそうだ。本当の純米で作っていて旨味が強い酢である。調味料は、ペレグリーノの高橋さんがお土産にくれた徳島の和三盆に、味醂を少し足しているだけ。甘みと酸味を交互に愉しむ逸品である。
店主曰く、この酢を使いたいので、この一品を定番にしようと考えているくらいに旨みのある素晴らしいお酢である。
18.海老芋
これも言葉が出ないくらいの逸品であった。薄い味で炊いて、揚げるときにこちらも火を止めてゆっくりゆっくり水分を抜くと、水が煮詰まってきてちょうどいい味になる。
そして、この逸品、焦げの部分がたまらない。打ち粉を芋にまんべんなくつけるのではなく、ところどころまだらに振りかける。で、揚げを通して、そのまばらな部分に出汁と薄口醤油に焦げの風味を纏わせる。出汁の香りを焦げで際立たせるテクニックが、和食屋さんの海老芋とまた違ってなんとも面白い。
19.鱈白子
この鱈白子の天ぷらには、あわせる特別な調味料があるそうだ。...山椒。
「すし 喜邑」さんの定番に、"渡り蟹の塩辛"という料理がある(この週末、木邑さんに初めて伺うのが愉しみでならない~♪)。今日白子に添えていただけるのは、喜邑さんのスペシャリテで使っている山椒と同じものそうだ。先ほどの富士酢と同じ飯尾醸造で販売している、"やまつ辻田の石臼引き 朝倉粉山椒"というもの。これが滅法素晴らしい山椒であった!
...まず息詰まるような芳醇な白子の天ぷらが、音もなく天紙の上にそっと饗される。一口いただいてみるが全く雑味がない。山椒、七味ともにかなり強烈な香りがあるが、これを白子の断面に振って塩を少しつけて食べるてみる。...クリーミーな断面が山椒と七味の刺激を包み込む。そしてまろやかさの遠く向こうに、山椒と七味の香りがほのなに顔をのぞかせる。山椒の瑞々しい香りに耳を澄ます。素晴らしい。心が豊かになるほどの素晴らしい山椒だ!絶品。
20.平松さんの原木椎茸
知多半島の平松さんの原木椎茸。力があって、凄い。表面が8割、下面は2割くらいの火入れである。衣の外側がカリッと仕上がっていて、身肉がしっとりと香りが立つ!干し椎茸のような香りの立ち方である(まったく干していないのに(笑))。ペレグの高橋シェフが、この天ぷらを食べて嫉妬したという(笑)意味がよくわかる。これも揚げの技術が際立つ凄まじい逸品である。
21.海苔の天ぷら、ダイセンの雲丹をのせて
通常であれば、このまま油でいくが、今日のお客さんたちには最後まで美味しいものを食べてもらいたいので、あえてここで油を新しいものに変え、最後のタネを最高に仕上げるとのこと。何ともありがたい限りである!
そして次の逸品。...雲丹も美味しかったが、海苔がとびっきりに旨かった。甘みがあって、口どけがよくて、最後に舌の上に草が残ります...(余韻)
22.穴子
今日の穴子は間違いなくよい。皮目の点々が美しい。...揚げあがったそれは、揚げ箸を片手で軽く振るだけで跳ねるように真っ二つに割れていた!
これを大根おろしたっぷりの天つゆでいただく幸せ!堪らない!
23.サツマイモ
きれいにキャラメリゼされたサツマイモ。長い時間かけて揚げられたそれを甘味をいただくようにいただく。しめやかに落ち着いた甘みに癒される...
24.お食事
かき揚げ丼、天茶。これで一通りとなる。
...今回の「にい留」も凄かった。(全力のレビューでちょっと疲れたけれど(笑)...でも最後はきちんと締めよう!)
...全ての食材に敬意を払ったこの「にい留」の揚げの技術は、まさに正確無比としか表現しようがないものがある。そして、ここが重要なのだけれどその正確さは、揚げの常識や通念にがんじがらめになった正確さとは違って、奔放とすら映る動きによって、その瞬間ごとに「ここしかない」真実を、店主が身をもって証明している正確さなのである。...そう、「にい留」は美しいのだ。
その美しいまでのプロとしての仕事は、最高のアスリートのそれを思い起こさせる。...少し例えが古くなって恐縮だけれど(笑)、「にい留」の仕事は、プロとしてひたすら健気に野球に向き合おうとしていた現役時代の原辰徳のような痛々しい生真面目さとは程遠く、自分が動けば野球など後からついてくるといいたげに傍若無人にふるまっていた落合博満のそれの方に圧倒的に近い。それが「にい留」である。
2019年11月16日の晩餐は、そんな「にい留」の傍若無人な絢爛に打ちのめされた一夜であった。