埼玉から消えていった名店たち

埼玉から消えていった名店たち

元々よそ者の私から見ると埼玉はなぜか名店が根付かない。 有名になって東京に進出する店、チェーン展開をはかり創業の地を離れる店、チェーン店に押されてさびれて行く店、代替わりがうまく行かない店、事情はいろいろあろうが、埼玉から消えた個性派の店をあえて偲ぶ。

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ランチ
とんこつラーメン
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名物
肉料理
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駅前・駅近

更新日:2017/12/18 (2017/12/17作成)

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閉店した埼玉の名店(順不同)

「玄貴樓」・・・・・・・・・・・・・・・(中国料理・与野)
「寿し屋の車」・・・・・・・・・・・・・(寿司・川口)
「葉隠」・・・・・・・・・・・・・・・・(ラーメン・大和田)
「さらじゅ」・・・・・・・・・・・・・・(インド料理・北浦和)
「欅」・・・・・・・・・・・・・・・・・(喫茶店・北浦和)
「まる玉」・・・・・・・・・・・・・・・(ラーメン・川口)
「別所」・・・・・・・・・・・・・・・・(うなぎ・中浦和)
「ようかみ食堂」・・・・・・・・・・・・(ソースかつ丼・小鹿野)
「あおき」・・・・・・・・・・・・・・・(うどん・川越)

玄貴樓

さいたま市中央区(旧・与野市)北西部のバイパス沿いにポツンと建つビジネスホテル「与野第一ホテル」。
そのホテルの1階に「玄貴樓」はあった。

店構えは完全無欠の中国料理店なのだが、ホテル内唯一の飲食施設のため、和風や洋風の朝食も提供しているというチャンポン感も見え隠れする。
また、昼食や夕食のメニューにも700円程度の宿泊者用の定食が用意されている。
ホテルの客層に合わせるようにホテルからオーダーがあるのだろう。

備忘録:「街の小さな中華街」

私は地方勤務から戻り埼玉に住み始めたある日、近所という訳ではないが車で来やすいこの店に何気なく家族と訪れた。
ホテルの宿泊客だろうか、独り客もいる店内は閑散としていてハッキリ言って期待はずれな雰囲気だった。

ところがビックリ。
料理はどれも旨い。それもホテルのような「優等生的」な料理ではなく、本格的でかつ個性的な料理という印象だった。

聞けば、この店は「街の小さな中華街」を謳い文句に、中国人一級調理師による料理を売り物にしているとの事だった。

例えば「麻婆豆腐」は、確かに四川風の王道ではあるが、決してまろやかではなく、黒酢が入っているのか少し酸味を感じるハッキリとした味のものだった。
「白身魚の炒め物」も、淡い塩味の中に紹興酒の風味が心地よく我が家の定番メニューになった。
とにかく、全てがひと味違っていて新鮮だった。

極めつけは「芋の飴炊き」。
今では高級店でもあまり見かけなくなったメニューで、有ったとしても水飴などを使って手間を省くことが多いこの料理を、ここの料理人は砂糖から手間と時間をかけて蜜を作って出していた。
普段はメニューに有ってもあまりオーダーしないが、ここのオーナーの勧めで食べて以来、何かのお祝いだったり、人を招いたりするときには必ずオーダーするようになった。

お茶も凝っていて「めずらしいお茶が入った」と時々試飲させてくれたりもした。

こうして「玄貴樓 」は我が家のお気に入りレストランになった。

でも欠点もあった。
ここは料理人が実質ひとりしかいないようで、お客が多いとすぐテンパる。
そんな時はオーナーに他の客のメニューを聞いて、同じものを出してもらったりして凌いだ。
常連ならではの付き合い方だ。

そんな「玄貴樓」に転機が訪れたのは初訪問から4年ぐらい経った頃。

ある日、店のメニューが大幅に変わっていた。
原因は定かではないが、前の料理人が辞めてしまったらしい。
料理も大人しくなり、いわゆる「優等生的」な料理になっていた。
試しに「芋の飴炊き」をオーダーしたが最初は断られ、無理を言って作ってもらったものの、しっかり水飴の餡だった。

オーナーは「今度の料理人はプリンスホテルから来てもらったの。いいでしょ?」と言っていたが、
ホテルの中華ならもっと美味しいものを食べてるし、わざわざ家族で食べにくるような価値もない。
帰り際にオーナーに「戻せるなら元に戻した方が良いですよ」と言ったのだが「前の人はダメ、今の人の方が全然美味しいわよ」と一蹴されて、その日以来我々の足は遠のいた。

数か月後、ホテルの前を通りがかったら、店の看板が替わっていた。

そして、私にとってさいたま市は本格的中国料理の空白地となった。

寿し屋の車

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30年ほど前、私は川口に住んでいて地元のJCの方々に仲良くしていただいた。

現在はどうか知らないが、当時の彼らはとても活気があって、鋳物の街・川口らしく世界一巨大な鍋を作って芋煮会を開催してギネスブックに載ったり、東京都北区民と荒川を挟んで川越しの大綱引き大会などを実施していた。
埼玉県初のケーブルテレビを始めたのも確かこの頃だったと思う。

川口駅からほど近いマンションの公開空地に面した「車」に初めて訪れたのは、そのJCのメンバーの招待だった。
賑やかな店舗街の中では異彩を放つ落ち着いた店構えがとても印象的だ。

備忘録:寿司の芸術祭参加作品

中に入ると、威勢の良い寿司屋のイメージとはほど遠い緊張感と大将の鋭い視線で出迎えられる。
私は学生時代からバイト先のオーナーの関係で銀座やニューオータニの「久兵衛」などにも出入りしていたので、この静寂に特に気後れすることはないが、良くも悪くもただものではない雰囲気を感じたのは確かだ。

握り手は大将ともうひとり。
そして彼らの握る寿司はとても美しい。
ネタとシャリ飯のバランス、その組み合わせが描き出す曲線は都内でも一流レベルだ。

ネタも新鮮で仕事もきちんと施されている。
さすが若手経営者や金持ちのボンボン達が薦める店だけはある。

ただ、入店後しばらくするとおそらく誰もが感じる事だろうが、とにかくここの大将は口が悪い。
私も予め話には聞いていたのだが、やはり最初は驚いた。

例えば、「イカ」を食べる時に醤油に付けようとしたら「うちのイカは塩!」と一喝される。
「イクラ」を食べる時に醤油に付けようとしたら「そのまま食べて!」と言われてる人もいた。
(確かにイクラはひと仕事されてるものだった。)

それはさておき、この店の真骨頂はこれから。
ひと通り食べたいものを食べたら「あとはおまかせで」と言う。
ここから二人の創作寿司のオンパレードが始まる。

見た目の美しい寿司には「これは芸術祭参加作品」。
味に自信のあるものには「これは芸術祭は不参加だな」などと言いながら、決して奇をてらったわけではないが、ネタの組み合わせやちょっとした仕事を施して珍しい寿司を握ってくれる。
私は結局この後もこの店に何度も通ったが、この創作寿司のバリエーションにはいつも驚かされた。

また、ある時連れの友人が「納豆嫌い」だと言った時、もう一人の若い板さんが「ちょっと挑戦してみませんか?」と言って、ひきわり納豆や中落ちなどを使って飯の友を作ってくれた。
友人は「美味しい」と言いながらペロッとたいらげた。
私もひと口貰ったが、納豆の風味は完全に消してはいないものの臭くなく美味しかった。
店を出た後友人にもう一度聞いたが「これを機会に納豆を克服する。今度家でも作ってみる」と言っていた。

この店にメニューも料金表もない。
金額もかなり高めだ(と言っても都内の普通の高級店並み。目玉が飛び出るほどではない)。

でも、本当ににおもしろい店だった。

ちなみに、この大将、しばらく付き合うととても良い人だとわかる。
体調が悪いときとか疲れているときとかはまず見抜かれてさりげなく汁物が出てきたりする。
訪問頻度が高い時や連れて行く相手によっては驚くほど金額が安い時がある。

ある時、私が転勤になり市役所に転出届を出しに行った時、偶然大将と会った。
店で見るようなギラギラした感じじゃなく、なんとなく落ち着かない様子だったが、聞けば、家庭の事情というか「お別れ」の届を出しに来たらしい。
転勤することは伝えてあったが、そんな状況にもかかわらず大将は「戻ってきたら必ず来てよ。その時は好きなだけ食べなよ」と言ってくれた。

その後埼玉に戻ってきた私はまた「車」に行くようになった。
ところが、次の転勤から戻ってきたときに店は無くなっていた。
この「食べログ」を見て店がまだあるとの事なので再度訪れてみたがやはり見つからない。
閉店?移転?復活?勘違い?

次に川口に行く事があれば復活を願いながらまた寄ってみたいと思う。

葉隠

この店は、さいたま市の大宮から3駅ほど離れた大和田というエリアにあった。

駅からも徒歩10分以上かかる決して便利ではない場所にあったが、すぐ近くには行列店として有名な「蛍」があったので、もう少し長い目で見て欲しかった。

おそらくは、閉店後しばらくしてできた「狼煙大宮店」の開店準備のために早めに見切りをつけて、人的資源等をそちらに集中させたのかもしれないが、是非もう一度復活させてほしいものだ。

備忘録:疾風のように現れて疾風のように隠れてしまった

私は福岡に住んでいたこともあるが、数ある九州ラーメンの中でも久留米ラーメンが最も好きだ。
初めてこの店を訪れた時「やっと埼玉にも久留米系のラーメンが来た」と喜んだものだった。

久留米ラーメンとは、簡単に言うと博多ラーメンよりも麺が太くスープが濃厚なのが特徴。
その久留米ラーメンの発祥と言われているのが「南京千両」と「葉隠」という伝説の店。
ここ「葉隠」もその店名から察するに久留米系のインスパイヤ―なのは間違いない。

ところが3回目の訪問時、券売機の配置が変わったような気はしたものの、いつもの通り「豚骨ラーメン」をチョイスしたのだが、出てきたものはスープがやけにあっさりとした博多ラーメン系だった。
帰り際に「スープ変えたの?」と聞いたら、「ハイ、但し以前のものも『関東濃厚豚骨ラーメン』として残してあります」との事だった。券売機を見ると二段目にそう書いてあった。

確かに「二代目狼煙」と謳っているもののいつも客の入りは今ひとつ。店内にも覇気がないのも気にはなっていたが、せっかく製麺機まで持ち込んで埼玉初の久留米ラーメンで勝負しようと思ったのならもう少し辛抱して欲しかった。
同時に、博多ラーメンと変わらない味なら、客はここまで来ないのではないかという素朴な疑問が頭をよぎったのも事実だった。

それでも久留米ラーメンをやめたわけではないようなので、次の訪問時は券売機をよく確認して「関東濃厚豚骨ラーメン」を食べた。
さすが「狼煙」の魂を受け継いでいるようでまさに出色の旨さである。

このままこの店が私のお気に入りで有り続けると思ったのだが、なんと次の訪問時にはもう看板が無くなっていた。
嫌な予感は見事に的中してしまった、しかも開店からまだ1年と経っていないはずだ。
聞けば、奥の目立つところに鎮座していたあの製麺機も実際には開店直後から稼働させず、麺は外注していたとの事。
要するにそもそも開店時からずっとブレまくっていたようだった。

こうして、また埼玉から個性派の名店(になったであろう)が消えてしまった。

さらじゅ

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備忘録:浦和のインド料理と言えばここだった

かつて北浦和のサティー(言・イオン北浦和店)に寄り添うように建っていたインド料理店「さらじゅ」。
吹けば飛ぶような店構えながらただものではない雰囲気を醸し出していた。

実際ここのオヤジさんは、九段下や麹町に有った「アジャンタ」のシェフだった人だ。
私は取引先の近くに有った九段下の「アジャンタ」にはよく行っていたが、当時、ここは銀座の「ナイル」や六本木の「モティ」と共に日本を代表するインド料理店だった。

ただ、ここ「さらじゅ」は「アジャンタ」とは味を変えていた。
特に「バタークリームチキン」は「アジャンタ」よりも女性を意識したものになっていて、実際、買い物帰りの女性客の多いこの店で一番人気のようだった。
普通の「チキンカレー(辛口)」の方がより「アジャンタ」風かもしれない。

私はここに来るといつも「マトンカレー」を食べる。
「マトンカレー」も「アジャンタ」とは少し違うが、辛口がマトンとの相性が抜群で絶品だった。

この店は「ケバブ」と「サモサ」も旨い。
特に「ケバブ」はオヤジさん曰く「アジャンタ」と全く同じスパイスを調合しているとの事。
どうしてもビールが進んでしまう。

個人的には全体的にもう少し辛い方が好みだが、立地と客層を考えたら仕方がないのかな?
いずれにしても埼玉でこれだけの店は他にはない。
道祖土の「サティヤム」も美味しいがここほどではない。

埼玉はインド料理の名店も失ってしまった。

写真は、かつて北浦和駅東口に有ったHOPビル。

この5階の飲食店街に「欅」はあった。

このビルも今は取り壊されて、新たなマンションが建っている。

備忘録:怪しい場所のただならぬオヤジ

北浦和の駅前にあるHOPビルの5階。
脈絡のない飲食店が無秩序に配置されている中で、ひと際異彩を放っていた喫茶店「欅」。
薄暗い店内には漫画本が溢れ、テーブルゲームの席もあり場末感満載。
昼食時以外にはコーヒーで長居をする客が多く退廃的な雰囲気が漂う。

こんな店だがランチタイムには輝きを放つ。
ある投稿サイトにはこんなやり取りもあった。
「この店のハンバーグは激うま」
「いや、ハンバーグも旨いが野菜炒めはそれ以上」
「いや、焼肉ランチがコスパ最高」
「ミートソースが最強」
「ナポリタンの方がいいよ」

そう、ここの料理はどれも実に旨かった。

私個人は「塩味のスパゲティ」が好きだった。
「カレースパゲッティ」はさらに絶品だった。
通常のカレーにオイスターソースでコク出ししたような感じで、カレーの辛さよりも旨味が強い。
私はここのカレーライスは食べたことないが、おそらくスパゲティ専用ソースだと思う。
私は未だかつてここ以上の「カレースパゲティ」に出会ったことが無い。

ご夫婦で営まれているようだが決して愛想は良くない。
でも親父さんは不思議なオーラを放っている。
きっと若い頃はどこかの店の料理長でもやっていたのだろう。

残念ながら、この店もビルの建て替えと同時に閉店してしまった。
移転先や再開の噂も聞かない。

またひとつ、埼玉は名店を失ってしまった。

らーめん まる玉 アリオ川口店

埼玉県川口市でオープンした「まる玉」。

長きにわたり川口に2店舗を構え、ここをベースに東京や海外に店舗展開をしていたが、2008年の夏に創業の地・川口駅西口の店を閉店、2014年の夏にはここ「アリオ川口店」を閉め、埼玉から完全に撤退した。

ただ、「まる玉」は今も首都圏や海外に多数の店舗を持っている。

備忘録:まる玉、おまえもか?

かつて、川口駅西口にとても狭い一軒のラーメン屋が有った。
「まる玉」という店名のそのラーメンは、やや太めの麺に鶏臭い濃厚な白湯スープが絡み何とも言えず美味かった。
当時はまだ鶏白湯系のスープは珍しかったが、あっという間に行列店になった。

やがて、手狭なスペースと行列解消の為か、川口駅東口近くに新店をオープンさせ、また東京・両国にも店を構えた事で、かなり広く知られる存在になった。

その後、駅からやや離れた場所に有った川口駅東口店を閉め、同じ川口駅東口のビール工場の跡地に出来たショッピングセンター内に店を移した。
これによって、「まる玉」は「知る人ぞ知る」から「誰もが知る」存在となった。

ここから「まる玉」は一気に多店舗展開に軸足を移し、シンガポールやカナダにまで店を持った。
そして創業の地・川口駅西口の店舗を閉鎖、と同時にラーメンも大きく変化し、麺は細くなり、スープも鶏白湯の風味は残しつつ臭みの少ないあっさりスープに変っていった。

この結果、少なくとも川口においては、昔の「まる玉」ファンの足は遠のき、ショッピングの客が中心となった。
だが「まる玉」自体は相変わらず快進撃。神奈川や東南アジアにも広く店舗展開を続けた。

しかし、多くの固定客を失った川口の「まる玉」は、ショッピングセンターが混みあう土・日の混雑時を除くと閑散とした状態が続くようになり、ついに閉店してしまった。

こうして、埼玉で生まれた名店が、またひとつ創業の地・埼玉から消える事になった。


今年の夏、カナダ・バンクーバーの目抜き通りのひとつであるロブソン通りで「まる玉」を見つけた。
だがその味は川口駅西口の行列店のそれとは全く別物だった。

うなぎ専門店 別所

備忘録:うなぎの名所・別所沼の隠れた名店?

と言っても、取り立ててこの店のうなぎが極上の旨さだったという訳ではない。

でも、私は浦和近辺でうなぎを食べるならいつもこの店に来ていた。

理由その1
安い。近くの有名店と比べても2~3割は安い。

理由その2
旨い。おそらくうなぎの質には自信があるのだろう。
蒸しが周辺の他店に比べて浅く、薄めのタレで食べさせるのはその証拠。
なのにふっくらしていて臭みもない。
うなぎの相場で大きさが極端に違うのはご愛嬌と言ったところか。

理由その3
2階の席や3階の広間からの景色が良い。
やや不便な場所に有るが、そのおかげで別所沼を南向きに見られる。
この立地と景色はこの店にしかない。

と言うことで、この店を利用するのは専らランチ。
又は、日の長い夏の夕方に限られる。

それ以外の時間はちょっと軍資金を用意して浦和駅東口の「むさし乃」か、客を連れてゆくなら南浦和の「小島屋」に行くのが良い。

手入れの悪い店舗と高望みしない経営、商売っ気のない姿勢、確実な仕事、は跡継ぎを求めず、自分たちの代で終わらせるつもりだったのだろう。


埼玉はまたしても隠れた名店を失った。

大衆食堂ようかみ

備忘録:小鹿野名物「わらじカツ丼」

我が家は夏になると家族で秩父にキャンプに行っていた。
キャンプの帰りに必ず寄るのがここ「ようかみ食堂」。
「安田屋」も美味しいけどここに来るのはラーメンがあるから。

前のコメントにもあるが、ここのラーメンはワイルドな醤油味で旨い。
元々キャンプに行くと、山から下りてきたときにはラーメンが食べたくなる。

でもここの「わらじカツ丼」も旨い。
他の専門店に比べるとさっぱりしたタレなので飽きないし喉も乾かない。

しかもここは街の中心から少し離れているにもかかわらず、ランチタイムになると満席になることもある人気店だ。

もう子供も大きくなったのでキャンプに行く事はないだろうが、この店がなくなったのなら寂しいね。

あおき

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川越市の郊外、川越街道を東松山方面に行ったところからやや坂戸方面に入った畑のど真ん中にこの店はあった。

備忘録:畑の真ん中のセルフうどん店


それはあたかも香川県高松市の郊外に数多有る讃岐うどん店だった。

店の方式も香川の讃岐うどん店に似ている。
250円のうどん玉とつゆを選択して各自が好きなものをトッピングしてゆく。

うどん自体は讃岐よりもやや柔らかく、つゆもそこまでいりこが前面に出てはいない。
ただ、驚くべきはその種類。
「丸〇製麺」のようなレベルじゃない。
天ぷらや肉・野菜はもちろん、つゆも、カレー・チャンポン・ソーキそば風なんてものもある。

ご飯も、おにぎりやいなりずし、小鉢類も多数ある。
数回行ったぐらいじゃ飽きることはない。

広いスペースながら、昼食時は駐車するにもひと苦労。
自転車置き場にも自転車が溢れている。


何故この店は無くなったのだろう?

店内に漂う出汁の香り、豊富なメニューから選ぶ楽しさ・・・。
これからも広く展開されるべきモデルのような気がしていた。
やはりチェーン店に勝てなかったのだろうか?

元々この店を運営している会社は東京の食品会社だという。
単なる業務縮小かもしれない。

いずれにしても、また埼玉から個性派のうどん店が消えた。

※本記事は、2017/12/18に更新されています。内容、金額、メニュー等が現在と異なる場合がありますので、訪問の際は必ず事前に電話等でご確認ください。

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