山城ハイキングの後に訪ねたマイベスト隠れ家
週末、朝早くに車を走らせ、織豊期の山城に登り、十兵衛の夢の跡に想いを馳せる。 下山をした後は、麓の豊かな自然に囲まれた隠れ家のような素敵なお店を訪ねてみる。
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このまとめ記事は食べログレビュアーによる542件の口コミを参考にまとめました。
2020年以来、コロナ禍と大変な年が続きました。街中の人込みは避けて、週末は、麒麟が来ることを夢見た明智光秀(十兵衛)の足跡を訪ねて、織豊期の山城に登ってみました。下山した後は、麓の豊かな自然に囲まれた隠れ家のような素敵なお店を探して、美味しいランチを頂きました。
丹波の黒井城、八上城、岩尾城、但馬の八木城、竹田城、出石城、京丹波、京北の周山城、八木城、丹後の田辺城、宇陀の松山城など近畿の山城を訪れると同時に、それぞれの麓や近隣の町で素敵なランチを頂けるお店を見つけました。
ここでは、そんな素敵なお店の中から思い出深かったマイベスト5を紹介します。

出典: レールモントフさん
城山を下山し、農婦が鍬を持って畑仕事をしているのをイメージさせるような面白い名を冠した、石窯を持ったお洒落な山小屋風のピッツェリアに出会う。
いい匂いに吊られて、軒先のテラス席に腰かけ、川のせせらぎと鳥の声を聴きながら、ピザを頂くと最高。
マルゲリータは、チーズはとろりとして、生地はもちもち、少し甘みもあって旨い、唐辛子が入ったオリーブオイルを掛けると味がさらに引き立つ、アンチパスタはカプレーゼが絶品。
出典: レールモントフさん
十兵衛を苦しめた八上城に黙々と登る。急に視界が開け下界を一望、標高462mの本丸頂上にて、波多野家五代、百年に渡る居城跡、十兵衛との熾烈を極めた興亡に思いを馳せる。



486人
24971人
079-556-3920
出典: レールモントフさん
黒井から車で10分ほど国道176号線を南下して、一筋逸れたところに、大きな石の庭園のあるお洒落な創作イタリアンのお店がある。お酒の種類も豊富で夜はカフェバーとしても人気がある。
地元の旬の野菜を使った、サラダやパスタが美味しい。こんなところにこんな素敵なお店があるとは… 隠れ家チックな不思議な空間で、広々とした庭を眺めながら、昼下がりのティータイムを楽しむ。
出典: レールモントフさん
黒井城は戦国武将赤井直正の城、直正は織田軍と死闘を繰り広げ、十兵衛を挟み撃ちにし、退却を余儀なくさせた豪勇、その直正が病死し、丹波攻略は一気に流れを変える。
麓の興禅寺は、十兵衛の重臣斉藤利三の娘、春日局が生まれた地でもある。



4人
325人
0795-71-5188
出典: レールモントフさん
岩尾城旧大手道を下った狭宮の脇に佇む。
天然のすっぽん料理が看板、ミシュラン一つ星を持つ親子二代の日本料理の店。
ご主人は北大路魯山人も通った中の島竹葉亭で長年修業され、地元に戻り、地元の旬の食材に腕を振るう。
葉模様の皿に、奥に出汁巻き、その横にとうもろこし、手前に海老、獅子唐、鮎の甘露煮、蒟蒻、そして茗荷寿司、青紅葉と木の芽が添えられた一品。
出典: レールモントフさん
城山の山頂には、織豊期の天守台も残る立派な石垣がある。天正3年に十兵衛が丹波攻略を開始し、反織田勢力であった黒井城主赤井直正に従っていた岩尾城主和田師季は、天正7年に西丹波の攻略を命じられた丹羽長秀と十兵衛に攻められ敢え無く落城した。



9人
442人
0795-76-0089
出典: レールモントフさん
八木を後に車で10分、国道9号線を上った隣町、長閑な自然に恵まれた中にこちらは佇む。暖簾を潜ると、和風モダンなイメージ、天井も高く、こだわりのある調度品の設えもお洒落だ。席からは、中庭と山の借景が見え、時の流れが急にゆっくりになっていく。
本日のランチは、上段左が、但馬牛のハンバーグ、そして右側が鯛の唐揚げ。中段左から、ラデッシュの香の物、昆布の佃煮、茄子の南蛮漬け、パプリカのナムル。下段は、子芋の柚子味噌と春菊のお吸い物。
どれもとても美味しい、正直こちらを訪ねるだけでも十分価値がある。
出典: レールモントフさん
但馬八木城の本丸には10m近くのしのぎ積みの高石垣があり圧巻。但馬の国衆も織田方と毛利方の間で真っ二つに割れていた。八木城主八木豊信は、毛利方について、秀吉と激戦を繰り返していた。しかしながら、竹田城が落ちると、豊信も秀吉の軍門に下っていった。



18人
651人
079-664-2767
出典: レールモントフさん
城跡から麓に降りて、ひと仕事終えた気分。お昼もまわり、ぶらぶらと散策をしていると、蕎麦庵に出会う。
十割蕎麦は、福井産永平寺在来種の玄蕎麦の粗びき、蕎麦の香りがはっきりしていて、スッと鼻に入ってくる。蕎麦の甘味もあり、味わい深く、蕎麦だけで食しても大変美味い。
ゆっくりとした時間が流れる中、地元の旬の新鮮素材の数々を、物見遊山な気分に浸り、存分に楽しませて頂いた。
出典: レールモントフさん
天正7年丹波を平定した十兵衛は近江に加え、丹波一国を与えられ、京都から若狭への要衝であるこの地に、安土城にも負けない壮大な城を築く。天正9年には、天守も落成し、月見の会を催すも、わずかその一年後に本能寺の変をむかえることになる。



25人
709人
075-852-1680
※本記事は、2021/01/15に作成されています。内容、金額、メニュー等が現在と異なる場合がありますので、訪問の際は必ず事前に電話等でご確認ください。