失速感・・・ : 奥芝商店 八王子田代城

昼時の「らあめん大安」の行列に並びながら、ふと目を閉じる。

初めてジェットコースターに乗る事になった時。
絶叫系と言われる乗り物に乗った事の無い私はただただ恐怖に震えていた。
「絶対に怖いに決っている・・・。」
「なんでこんな物に乗らなきゃならないんだろう？」
「こんな乗り物を考えた人は何が目的なんだろう？」
「ここに行列している人達はイカれている。」
そんな数々の思いが脳を駆け巡っては恐怖と戦っていた。
行列が進まない事を祈りながらも、順当に進むジェットコースターを待つ人達。
出来る事ならば私の順番だけ来ないで欲しい。
そんな願いはあっさりと却下された様で、体を固定するバーを体の前面に装着したような状態の私の姿がジェットコースター内にあったのだった。
カタンカタンと少しずつ高度を上げて行く・・・
「どうしよう、この状況が怖すぎる。」
高所恐怖症な私はもうこの高さだけでも怖いのに。
ここから一気に落下するような滑走に耐えなければならないなんて・・・
しかも！
何なんだ、あのグルグル回るのは！
私のそんな恐怖をよそに、ジェットコースターは最頂点へと辿り着く。
束の間の沈黙・・・
あとは落ち行くだけ。
「（うぎゃあああああああ！）」
「ア、アレ？なんだコレ。めちゃめちゃ楽しい♪」
予想に反して私は絶叫系が大好きだったらしく恐怖を感じるどころかドハマりし、その日1日は絶叫系に乗りまくったのだった。
とりわけ、ジェットコースターの“あの”最頂点に達した時の一瞬の“沈黙”からの怒涛の加速感が堪らない。

そんな感じに今日もなるはずだったんだよなあ・・・


もう何年も前から存在が気になっていて、「いつか行きたいなあ。」なんて思っている間にどんどん有名になってしまった「奥芝商店 八王子田代城」
その念願を果たすべく、オープン時間の少し前に初めての訪問を試みた。
受付専用の機械に「名前」・「人数」・「電話番号」の順に入力すると予約票が発券される。
私は7組目らしい。
待ち時間72分と表記された予約票を見て「え？オープン前なのに？」と混乱。
更にはその予約票にQRコードがあり、それを携帯で読み取って、空メールを送ると時間になるとメールが届くように出来るらしい。
せっかくだからと、読み込んで見るとメールが立ち上がる様子でも無くて、何かのHPへと辿り着き、会員登録を促される。
「あれ？おかしいな＞＜」
困っていると、店員さんが出てきたので質問。
すると、オープンの一巡目で入店出来るので、登録しなくても大丈夫との事。
ただ、「今後のために。」と確認をお願いしてみた。
すると、立ち上げるブラウザによって誘導される先が異なる事が分かった。
（なので、今後、こちらのお店を訪れる方々も「おかしいな？メール出来ないな。」と思ったらQRコードで誘導された際に立ち上げるブラウザを変えてみると上手く行くかもしれないですよ。）

店員さんがとても丁寧に、1組ずつ、店内へと誘導して行く。
外で靴を脱いで、スリッパへと履き替える仕組み。
その様子を見ていて、気になったのがその靴を脱ぐすぐ傍にオープンテラス（？）のように設けられた飲食スペースがあり、「そこでは喫煙できる」事が明記してある。
「ここで喫煙なんかされたら外で待っている人や靴を脱ぎ履きする人には迷惑極まりないんじゃないかな・・・」
そんな事を思っていたら、私も店内へと案内されたので、店内へ進む。
案内された席へと座ると「風邪対策にアルコール消毒をさせて頂いておりますが、よろしければ」と促され（うながされ）、手を差し出すと、その手にアルコール消毒液を吹きかけてくれた。
更にはカラトリーケースにおしぼりも入っていて、この時点で心をグッと鷲掴みにされてしまった。
だって、こんなサービスをしてくれるお店なんて、少なくとも私は他に知らない！
先に「効味」と銘打たれた「こんにゃく」と水が提供される。
そして1組ずつ順番に注文を聞いて回るスタイルなので、ゆっくりとメニューを眺めて「何を食べようか」を考える。
席に誘導される時から座ってメニューを眺めるまでのこの間だけでも、しっかりとした接客サービスの質の高さ。
店員さんがこちらを気にかけていてくれている感覚を実感し、そしてカフェであるかのようなゆったりとした時間の流れ。
雰囲気の良さに、少しずつジェットコースターが最頂点へと向かっていく、あの高揚する気分と重なる。

私のところへ注文を聞きに来てくれたので、悩んだ末に「海老スープで」「やわらかチキンと大地の恵み」を「きくらげ」と「原木しいたけ」を追加。
辛さを「長月」
ご飯の量を「大盛り450g」の「玄米」で注文。
ただ、少し心配な事もあった。
辛さを強めにすると、ブート・ジョロキアを用いるようなのだが、果たしてこの辛味を加えても海老スープの海老のダシ感は負けたりしないのだろうか？
ただ、何年もこのスタイルで営業を続けて人気店となっている事を考えると、その程度では海老のダシ感が消えたりはしないのだろう。
そう予想して、このオーダーに決めたのだった。

待っている間も、お店の雰囲気の良さに期待値だけがどんどん高まって行く。
ジェットコースターは確実に少しずつ最頂点を目指している。
「効味」（こんにゃく）を食べてみると、醤油味で煮含めたこんにゃくに後からカレースパイスの味を入れた印象。
これが「良くぞこのスパイスをチョイスしてくれた！」と言いたくなる程にセンス良くまとまっていて、これだけでもお店のレベルの高さを感じる。
のんびりと、そしてゆったりと過ごす贅沢な待ち時間。
苦では無い。
むしろ、楽しさと湧き上がる期待感とでテンションが上がって行くだけ。

私の元へと供された「スープカレー」
手を合わせて「頂きます♪」
今、ジェットコースターは最頂点に達したに違いない！
さあ、楽しい加速と滑走とを楽しむ時だ。
スープカレーのスープへとスプーンを伸ばす。
「ご飯を大盛りにしたのに、スープの量が少ないなあ・・・」
まずは一口。
まさかの心配していた事が的中！
辛さで海老の風味はゼロ。
海老のダシ感ゼロ。
奥芝商店のウリは海老スープだったはず。
まさか、そのウリを潰すような調理をしてしまうとは・・・
辛さを選んだのは私の責任ではあるが、メニューに載っていたら「その辛さにしても美味しいですよ。」の意味だと解釈してしまうものでは無いだろうか。
具材のほとんどが、スープに軽く浸る程度、もしくはスープに触れてもいない感じ。
それぞれの具材の持ち味を活かす意味では正解なのかもしれないが、食材にカレーの味は入っていない。
そんな食材達の1つ、じゃがいも。
皮を薄く跳ね上げるようにカットしてあって、皮はサクサク。
身はホックリ。
これは素晴らしいと思えた。
ただ、他の食材とご飯とを食べ進めるにはスープカレーとしてのスープ量があまりにも少な過ぎる。
「味の入っていない具材が満載で、汁がわずかにしか入っていない鍋料理」を食べているかのような違和感。
お店の人達は実際に大盛りの量を「まかない」として食べたりして、「これがベストのスープの量だ。」と決めたのだろうか？
ラーメン店なんかでも良くある話なのだが、麺量を増やしてスープの量や麺ダレの量をそのままにしているとバランスが崩れてマズくなる。
それと似た印象を受ける。
ご飯の量は増えるのに、スープの量に変わり無し。
念の為に、「スープカレーのスープ量の増量は可能か。」を聞いてみたが、出来ないらしい。
スパイス使い等は素晴らしいのに、テンションがまったく上がらない。
急激な失速感だけが積もって行く。
お腹がいっぱいになるには、私には少ないので「ご飯を300ｇお替わり」で追加。
レモンは添えられていたが「ご飯」が届いただけで、先程の残り少ないスープカレーをかき集めて食べるだけ。
せめて、何らかの“ご飯のお供”になるものが添えてあったら嬉しいのに。
ちなみに人気店ゆえに、待っているお客さんが多いため、スープカレーメニューの追加オーダーは不可。
食べ終えてみたものの、期待値を越えて来なかった。


お勘定を済ませると、あんなにもお客の1人1人へと注意が向けられていた、あの感覚はもう私には向けられていない事を感じる。
そうか、料理を提供されてからしばらくすると、もう“気にかけてもらえない”んだなあ・・・
寂しい気持ちになりながら、お店のドアに手をかけてドアを開けると、懸念していた喫煙可能な飲食スペースから発せられた猛毒ガスが私へと襲いかかってきたのだった。
料理は最後が大事。
だからこそ、フレンチやイタリアンでは最後のデザートを大事にする。
それの出来次第で、お店や料理の印象が決まる事を知っているからだ。
ならば、食事の最後の最後で、この猛毒ガスを味わうようにセッティングしている、そんなこちらのお店への評価を高くする事は出来ない。

最長点に達したジェットコースターはわずかな距離をゆっくりと進んだだけの“非”絶叫系マシーンに終わった。
名前を付けるならば「きっとコースター？」くらいな感じ。
ジェット感は皆無だったのだ。
そんな不完全燃焼なイメージ。
途中までの接客サービスと、お店の雰囲気とが最高だっただけに本当に残念でならない。
また、海老スープを選択した場合には辛さは入れないほうがきっと良い気がする。
と言うよりも、本当に私のは海老スープだったのだろうか？
海老の味が一切しない海老スープなんて、どう考えてもおかしい。

満たされなかった思いを満たすために、すぐ近くにある「らあめん大安」で「納豆ざる」を大盛りで食べてから帰宅したのであった。