コロナ禍にステイホームという隔離された時間の中でも、テレビに映る食の風景は希望だった。
町中華で飲ろうぜ、辰巳琢郎の葡萄酒浪漫、酒場放浪記。
深夜食堂、孤独のグルメ。
これらの映像が指し示した場所は、これからも指標にしていく。
この食の真実に、さらなる情熱を注ぐことで新たな食卓の夜明けが。
評価という名の審判。
総評2.9以下。
これはもはや事故だ。
個人的な問題か、あるいは避けられない不運。
生存本能が再訪を拒絶する。
3という数字が全ての境界線だ。
3未満は毒舌に記さない。
それがこの場所のルール。
3以上こそが、次なる指標となる。
4.5以上。
美味を超越した執念の努力が伝わった。
再訪という未来は、すでに確定している。
4.0以上。
極上の美味。
空いた時間を見つけてでも、その扉を叩きたい。
3.5以上。
納得の味。
周囲に真実を伝えるべきレベルだ。
飲食店という場所は、日常に潜むテーマパークに他ならない。
味、BGM、小道具、店内の美学、応対、サービス。
そして、そこで働くスタッフ、集う客層まで。
全てが繋がって1つの価値を生み出す。
まるでスタジアムの熱狂、劇場の生演奏、あるいは公開収録の緊張感にも似た接客や対応。
その来店時間の空気感。
これら全てが揃って初めて完成する身近なエンターテインメント。
飲むこと、食べること。
美味という現象も科学だけで語ることはできない一瞬一瞬が、血の通った気配りだ。
利用する側も、ただ腹を満たせば良いわけじゃない。
食後にも、その先にある満足を追い求める。
メディアや芸術を自分の歩幅で楽しむ行為と同じ。
外食という空間では、レビューを書く側も、直感のぶつかり合いだ。
満足の証明は、追加オーダー、あるいは再訪の誓い。
時には趣味として、全力の遊びとして、世界を渡り歩く。
2軒目、3軒目と限界まで食す。
それでも全店を制覇することはできないが、ジャンルや価格の壁を超え、未知なる食卓へ。
テレビやYouTube、映画、スポーツ、そしてライブ。
これらを自分の歩幅で享受することと、外食は完全にリンクしているんだよね。
来店するという行為。
レビューを記す側と、客を迎える側。
これは趣味であり、全身全霊の遊び。
店を渡り歩き、その世界観を楽しむ。
腹がパンパンになっても食らいつく。
それでも全てのメニューを制覇することはできない。
ジャンルも価格帯も、その境界線はすでに消滅しているんだ。
五感→視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。
この五感全てを研ぎ澄まして、食事という限られた時間を享受する。
これからも止まることなく、飲み、食らう。
5.0
[2件]
4.5~4.9
[15件]
4.0~4.4
[52件]
3.5~3.9
[45件]
3.0~3.4
[150件]
2.5~2.9
[8件]
2.0~2.4
[5件]
1.5~1.9
[1件]
1.0~1.4
[4件]
~¥999
[16件]
¥1,000~¥1,999
[49件]
¥2,000~¥2,999
[24件]
¥3,000~¥3,999
[22件]
¥4,000~¥4,999
[7件]
¥5,000~¥5,999
[3件]
¥6,000~¥7,999
[5件]
¥8,000~¥9,999
[1件]
¥10,000~¥14,999
[2件]
¥15,000~¥19,999
[0件]
¥20,000~¥29,999
[0件]
¥30,000~¥39,999
[0件]
¥40,000~¥49,999
[0件]
¥50,000~¥59,999
[0件]
¥60,000~¥79,999
[0件]
¥80,000~¥99,999
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¥100,000~
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