<昨今、夙に思うこと>
こういう店がある。
うちのご飯は最高に美味しいので、まずご飯だけを食べてみてくださいという。
食べてみると確かにうまい。しかし、この食べ方をするのに自分にとって何の意味があるのかと疑問を感じてしまう。
自分は美味しい食事をしたかっただけで、別にご飯の鑑定をしたいのではない。
これはこの店だけの事ではなく、もはや世界中に、この素材偏重が広がっていると言って良いと思う、
美味しい料理には、良い素材が必要なのは当然で、難しい事だし、金のかかることでもあるが、それでも大事なことだと思う。しかし同時に、それは手段であって目的ではない事も忘れるべきでない。
和食店の話から始めたが、自分が言いたいのは主に日本のフランス料理の話だ。
日本のフランス料理店は所謂ヌーヴェル・キュイジーヌ(「新料理」の意味)が席巻し、伝統的なフランス料理を出す店はもはや絶滅危惧種となっている。
なぜそうなったかというと、TVや雑誌で取り上げられるには、素材をアピールしなければならない、説明する言葉だけでなく、料理のプレゼンテーションとして素材のアピールが無ければならない。
別にそうした料理が美味しくないわけではない。むしろ率直に言ってグーの値も出ないほど美味いと思う。
残念ながら対する伝統的なフランス料理は、どんなに良い素材を使っても、それをアピールする価値観というものをもっていない。今風に言えば「インスタ映え」で劣ってしまう。
それでも先人が発明し時代を超えて伝えられてきた料理には、しみじみ美味いと思う料理の成熟を感じる。
それは素材の良し悪しがどうとかいう理屈ではなく、ただただ素朴に「美味い」と思い、また食べたいと思える、原始的欲求と言っても差し支えないだろう。
しかし所詮、料理は美味いか不味いから。理屈よりも原始的欲求に真実があると自分は思う。
<口コミ評価について>
なので、食べログの評価の点数に少数を使う事はしない。少数は理屈で考えない限り出てこないからだ。
それと料理の値段で評価が左右されないように気をつける事にしよう。これは案外難しいことだと思うが、原始的欲求が答えに導いてくれる事を期待する。
不味いと思った店は忘れる事にしているので評価もしない。なので挙げる店の「味・料理」と総合の評価は必ず「3」以上となるはずだ。
と
5.0
[2件]
4.5~4.9
[0件]
4.0~4.4
[1件]
3.5~3.9
[0件]
3.0~3.4
[0件]
2.5~2.9
[0件]
2.0~2.4
[0件]
1.5~1.9
[0件]
1.0~1.4
[0件]
~¥999
[0件]
¥1,000~¥1,999
[0件]
¥2,000~¥2,999
[1件]
¥3,000~¥3,999
[0件]
¥4,000~¥4,999
[0件]
¥5,000~¥5,999
[0件]
¥6,000~¥7,999
[0件]
¥8,000~¥9,999
[0件]
¥10,000~¥14,999
[1件]
¥15,000~¥19,999
[0件]
¥20,000~¥29,999
[0件]
¥30,000~¥39,999
[0件]
¥40,000~¥49,999
[0件]
¥50,000~¥59,999
[0件]
¥60,000~¥79,999
[0件]
¥80,000~¥99,999
[0件]
¥100,000~
[0件]
piopiopiopioさんはまだカメラを登録していません。