略歴
10年ほど前に小説家を志し、文章教室に通い始めた。
その後、プロのゴーストライターに弟子入りし、マンツーマンで指導を受ける。
お題を出され1週間で短編小説を書いて行くのだが、NGワードがあったり、原稿用紙5枚と言われたら、5枚目の最後の行で終わるように書かなアカンかったり…
それ以外にも自由課題の長編小説や、書写(既存の小説を書き写す)や、あらすじ(既存の小説のあらすじを原稿用紙3枚にまとめる)など、
宿題だけで1週間の自由な時間がなくなり寝る時間もほとんどなく、頭がハゲそうになったり見も心もボロボロだったけど、必死にくらいついた。
爺ぃ(師匠)に「今週は宿題が出来なかった」などと泣き言を死んでも言いたくなかったのだ。
その甲斐あって、るるぶという雑誌を作ってるプロダクションに就職し、念願のライターデビューを果たす。
以来、雑誌、web、チラシ、パンフレット、あらゆる媒体で文章を書き続けてきた。
幼少期
大阪市住吉区で生誕し、すぐに四条畷にある飯森山のふもとに引越したらしい。
小さな木造のアパートだったけど、隣の一戸建てには祖父母や、まだ独身だった伯父、伯母3人が住んでおり、
蝶よ花よと大切に可愛がられて育った。(証拠写真↑1歳の誕生日前のお正月)
月に一度は、梅田の阪急百貨店へ祖父母や伯母が連れて行ってくれて、レストランでお子様ランチを食べながら、
「早く屋上の遊園地で遊びたいよー」
とわがままを言う私に、
「早く行きたかったら、早く食べなさい」
と、優しくさとす祖母。
そのあとの地獄の日々の中で、思い出しては(今も)鼻の奥がツンと痛くなる光景なのだ。
夜は二間しかないアパートの奥の部屋で、両親と2歳違いの生まれたばかりの妹が寝て、
私は台所のすぐ横にある部屋で一人寝かされていた。
当時の冷蔵庫は凄い音(ウォーン)を立てたり止んだりしていて、その音が怖くて、なかなか眠れずなぜ私だけ一人で寝なきゃならないのか?
悲しかったけど、今から思えば両親はせっせと子作りに励んでいたのだろう。
次々に妹が生まれ、結局5人兄弟の私はお姉ちゃんになった。ちなみに男は末っ子の弟だけである。
並河家の女らしさは、この弟が一人で持って行ったと、後々言われる事になるくらい、上の4人が男で、弟が女に生まれていたら、
我が一族はもっと幸せだったかも知れない(と思われる)性格をしていて、女は男まさりで、弟は優しく控えめなのだ。
幼い頃の私は、父のポマード1缶を全て自分の頭につけてみたり、新品の歯磨き粉で壁いっぱいにお絵描きをしたり、
はたまた電車に乗れば、座席の上に立って「ぞうさん」を熱傷し、拍手喝采を受けて踊りだす陽気なおてんば娘だった。
小、中学生
子供がどんどん増えて、二間のアパートが手狭になったため、
枚方市の府営団地に引越した。しかし2Kが2DKになっただけで、たいして広さは変わらない。
ご飯を食べるのも勉強するのも寝るのも遊ぶのも、全て同じ部屋だ。暖房器具などなかったが寒いと思った事はなかった。
この頃から両親が酒屋を始めて、私達は留守番をする事になったのだ。
新しい団地で、環境も(治安がいいとか)わからないし、何より祖父母も伯父も伯母も両親も誰もいない家で、
小学1年生の私が年長者として、妹達を守っていかなくてはならない。不安で不安で毎日、泣いていたけど、両親に行かないでとは言えなかった。
そのせいか、あんなに明るかった私の性格は暗くなってしまい、イジメにもあい、すさんでいった。
中学になり、京都に引越した頃には立派なスケバンと言われるようになり、
長いスカートを履いて、たまり場でタバコを吸ったり麻雀をしたりしていた。(でもちゃんと操は守り、趣味は読書だったりした)
高校生
仲良かった不良仲間は高校に行かなかったり、違う高校だったりしたので、
私は不良を卒業して、普通の制服を着て、実家の酒屋でアルバイトに来てた大学生とお付き合いを始めて…
勉強も頑張って、それなりに充実した高校生活をエンジョイしていた。
暗かった性格も、この頃には持って生まれた明るさを取り戻し(すぎた?)
しかし、どこかから噂がまわってきて、ウラバンとして恐れられていた。
青いパンストを履いていた事があり、デスラー長官というニックネームをつけられ、高校時代の友達は今も私をデスやんと呼ぶ。
ちなみに中学時代の友達はナミハゲと言う。街中で大声で呼ばれたら、ちょっと恥ずかしい。
社会人
3年間、事務員として働いたが、自分がいかにジッと座っている仕事が向いてないか実感する。
21歳の時、知り合いの紹介で営業の仕事に就く。
これが天職だったみたいで、すぐにナンバー1セールスになり、以来、退社するまで1位をキープし続ける。
事務員時代、なんで自分に合わない仕事をして毎日朝から晩まで怒られてたんだろ?と後悔しつつも、
男ばかりの職場でチヤホヤされながら、毎晩、飲み歩く夢のように素敵な日々だった。
明け方に帰ってきたら、鍵が閉まっていて、ピンポーンを鳴らしたら母が怒るので、
(うら若き娘の体を心配して怒るのではなく、自分が起こされた事に怒っていた)
2階の窓へ猿のように飛び登り、そこが私の玄関だった。
結婚、そして…
28歳で同じ会社にいたちょびっとだけイケメンの方と結婚。
同時に会社を辞め、夫婦でセブンイレブンのフランチャイズオーナーとしてデビューする。
30歳で女の子を、31歳で男の子を難産で絶叫の果てに産み落としたころ、
旦那が病気になり、ようやく経済的に左団扇(うちわ)になったのに、セブンイレブンのオーナーをやむなく辞めた。
しばらくは親子4人で暮らしていたけど、借金の返済が大変だったので、別れて私は母子手当と正社員のお給料で生きていくと決めたのだ。
(私がわがままを言ってセブンイレブンを始めてしまったので、元主人は辛い仕事に耐えて、体を壊してしまった。その後も昼も夜も働いて借金を返してくれたのだ。彼の人生を狂わせてしまい、今は心から申し訳なく思っている)
旦那と離れて、意気揚々とそして颯爽と生きるつもりだったけど、
手に職のない、学歴もない女が一人で、乳幼児二人を抱えて生きるのは、そんな甘いもんやなかった。
なんだかんだ順風満帆だった(食うに困らぬ)人生が地獄へと転がりおちていく…その始まりの扉を開いてしまったのだ。
再び営業の仕事を求め、森永製菓に入社したけど、この頃はまだ離婚が成立してなくて、
(親権の裁判が結審するまでは離婚してくれなかった)
保育料も3万円以上かかり、母子手当ももらえなくて、ガスや電気、電話が次々と止められる生活。
思い切って森永製菓を辞め、お弁当屋さんで働くことにした。
大きいお弁当(530円)と小さいお弁当(380円)を100円で売ってもらえるシステムがあったので、
お昼に私は380円のお弁当を食べ(子供達は保育園の給食)
夜に530円のお弁当を3人で分けて食べた。(小さなお弁当箱に入れてやると子供達は喜んで食べてくれた)
朝は少し余分にもらってきた白ご飯にフリカケをかけたり、おにぎりにしたりして3人で食べた。
ある日、友達が遊びに来たけど、「ガス止められてるから、お茶も出せへんねん。ごめんな」と正直に話したら、
「ちゃんと、せなあかんぞ」と言いながら、「これで、ガス代を払っとけ」と1万円札を置いて帰ってくれた。
どんな時も1万円もらったら嬉しいけど、生涯で一番嬉しい1万円だった。嬉しくて申し訳なくて有り難くて、朝まで眠れなかった。
子供に母子家庭だからと不憫な思いはさせまいと、また自分のように手に職も、学歴もなく泣く事がないよう、
必死に働いて、子供が小学校高学年くらいから塾に通わせた。
風俗以外の資格のいらない仕事なら、何でもやった。
引越しの梱包、ハウスクリーニング、あらゆる車の運転、ビデオリサーチ(視聴率などの調査)、学童保育、ウエイトレス、アロマオイルマッサージ等々…
若かったからか、あまりしんどいとも思わず、ともかく給料のいい仕事を何個も掛け持ちして頑張った。
だけど子供達に寂しい思いはさせないよう夜は家にいて、
一緒に過ごした。
子供が中学、高校時代
子供が半端なく荒れ果てた時代を迎える。父親がいないので、私はなめられていたのだと思う。
思い切り叱ってもフォローする人もいないし、自分が厳しすぎる育てられ方を経験してきたので、
出来るだけキレたい気持ちを我慢する母親だった。
なので、とにかく二人が交互に暴れるのだ(特に息子)。家の壁を、殴ったり物を投げたりして穴だらけにする。
電化製品を次々壊す。冷蔵庫、洗濯機、エアコンなどの大型家電以外は全て壊された。
特に、扇風機とノートパソコンは数え切れないくらい買い換えた。
冷蔵庫の中身や引き出し、クローゼットの中身やゴミ箱のゴミは、日々、花咲か爺さんのように家中に撒き散らす。
その度、私は雑巾で床を拭き、「家がいつもキレイになる。ありがとう」と泣きながらつぶやいた。
(自分で拭きなさいなどと言おうものなら、もっと酷い目に遭うので黙って片付けをした)
しかしながら塾代に惜しみなく金を使い、また一歩外に出たら私の子供達はとても活発な優等生だったので、
結果的に娘はイギリスの美術大学へ、息子は岡山大学(二人とも国立大学)へそれぞれ入学を果たす。
悪夢のような反抗期の子供から開放され、つづく…
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