小学生の頃は、文字通りすべてのラーメンが大好きだった。
というか、店により味が違うということに、そもそも気付いていなかった。家族での外食という習慣がない、その意味では伝統的な家だったので(それに当時は回転寿司もファミレスもカラオケも存在しなかった)、外でラーメンを食べるのは、デパートに行くとかスキーに行くとか、そういう、親と出かけるイベント的な機会に限られていた。あるときある食堂で「醤油ラーメン」「塩ラーメン」「味噌ラーメン」と並んだメニューを見て、いやいや何を言ってるんだ、ボクが食べたいのは醤油でも塩でも味噌でもなく、あの、普通の、ラーメンなんだ、とむずかった。わかったわかったまあ騙されたと思って今日だけ醤油ラーメンっちゅーのを試してみやー、と言われてしぶしぶ承知し、その日はじめて、自分が「ラーメン」だと思っていたものが「醤油ラーメン」だったと知って驚愕した。少年が世界の秘密の一端に触れた日である。銀座に日本マクドナルド1号店ができた頃の話だ。もちろん当時はそんなことは知らなかったが。
中学、高校と進むにつれ、親ではなく友人と外食する機会も増えたが、私の中のラーメン愛はいささかも変わることはなかった。当時最もお世話になったのは寿がきや。ラーメン1杯180円くらいだった。寿がきやのラーメンというのはかなりヘンテコな独自ラーメンなわけだが、当時はまったくそんな認識はなかった。今にして思えば不思議だが、十代当時の私にとってはすべてのラーメンが、初恋の相手のような存在だった。
想像してみて欲しい。カンザス州の小さな街に生まれ育ち、幼馴染みのナンシーと、いつしか恋に落ちる。ナンシーはあまりに可憐で、柔らかく、私を夢中にさせる。欠点などひとつも目に入らない。好きだ。好きだ。好きだ。私は心から思う。ナンシー以外の女性など、我が人生に一切必要ない。いったい何のためにそんなにいろんな女が必要なんだい?
こうして生涯ナンシーただひとりを愛し、添い遂げ、死んでいくとしたら。それはむちゃくちゃ幸せな人生ではないだろうか。
◆◆
しかし人生は残酷である。そんな私が変わってしまったのは、大学進学と同時に一人暮らしを始めてからだ。都会でおいら、汚れちまったのさ。東京バビロンが、魔都、トキオがオレを変えちまったんだようおうおうおうおうおう。
桂花ラーメンを初めて食べた日の衝撃を、ありありと覚えている。しっとりと脂の層をまとった乳白色のデコルテ。微かなトンコツの臭みまでもがビターな大人の魅力と思わせる、どっしりとしたフルボディの異次元の奥行き。満開に咲き誇る生キャベツ、それを無惨に汚す魔性を秘めた漆黒のマー油。蕩けるような豚の角煮、その官能の舌触りと、とめどなく溢れる旨味。こんなラーメンがあったのか。ああ、ナンシーとは、まるで違ううううううう…………。あの日のたった一度の経験が、桂花の太肉麺がおいらを変えちまったのさ。
それからの私は、カンザスにはいないタイプの魅力的な都会の女たちに溺れた。あっさり系、濃厚系、端麗系、セクシー系。誰だってロケットがロックする特別な唇、ほんのちょっと困ってるジューシーフルーツ。匂い立つ官能の旨味、とめどなく溢れては迸る、部外秘の熱い汁。蕩けるような舌触りと、その熱さ。脂に濡れてぬらぬら光るくちびる。くちゅりくちゅりと頭蓋を満たす淫靡な咀嚼音。ジュルジュルと響く下卑た水音。茹だる熱気にたまらず背を反らす石辺海苔。くにゃりと歪む穂先メンマ、こらえ性なく染み出してスープを汚す、恥ずかしい半熟煮卵の黄身。淫らに飛び散る雫、もうもうと漂う湯気に曇る眼鏡、額を流れ落ちる汗。陵辱と蹂躙の果て、まばゆい蛍光灯に白い裸身を底の底まで晒し、虚ろな瞳でぐったりと放心する事後の丼。カウンターのそこここに光る肉汁の痕跡。湿り気を帯びたまま冷えて丸まったティッシュ。未開拓の店に入るたび、未知のラーメンが新たな肉の歓びをもたらし、そのつど鮮烈な驚きに打たれた。そうして30年。
放蕩は私を幸福にしただろうか。
わからない。ただはっきり言えるのは、放蕩が幸せのハードルを上げた、ということだ。すべてのラーメンが五つ星だった、あの頃の私はもういない。怖ろしいことに、今では桂花の太肉麺すら、まったく私を満足させない。どこまで汚れちまったんだこのオレは。私は、ダメだ。だって10軒食えば8軒には何かしら文句を(内心で)つける、こんな男が果たしてラーメン好きと言えるのだろうか。今の私はむしろ、ラーメン嫌いなのではないか。
と、いう畏れと葛藤を抱えながら、食べたものを記録しようと思います。最大五つ星で★付けますけど、決して料理の採点じゃないですよ。僕そんなグルメじゃないんで。星の数はあくまでも、僕が喜んだ度合いです。
◉何故、書くか
もう1年近く、毎日1行ランチ日記をつけている。食べた店名とメニュー名と値段と感想。ただ、まったく読み返さない。読み返さない日記に意味はあるのだろうか、あるとしたら何か、と少し考えたりしてたある日、なんとなくそこに写真を貼ってみた。Jedit X で。Jedit X 言われてもわからんだろうけど、まあ Word みたいなものです。写真は食べログから採ってきた。そしたら驚いた。おもしろい。見返したくなる。情報量がぜんぜん違う。圧倒的に違う。まるで別物だ。そうそう、確かにこういう麺だった、とか。そういやナルト載ってたわ、とか。そう、ここのスープはアブラが極端に少ないんだよな覚えてるぜ、とか。ヨメに見せたくなる。ただ公開はできない。写真が自分のじゃないから。
…………と、いう訳で、やがて私はカメラを持ち歩くようになり、結局このブログを始めました。一度載せたものをまた食べて感想も特に変わらない場合はわざわざ書かないと思うので、更新頻度はいずれ下がっていき、やがてほんのたまにしか更新しなくなる予定ですが、それまではよろしくお願いします。
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