住宅街ながら、きちんと楽しめる「蕎麦屋酒」 : 丸屋

　この日は午前中に、小田急線の先の方まで出向く用事が有った。
　その後の蕎麦屋としてまず思いついたのは、少しご無沙汰している宇奈根の「山中」なのだが、その時点ですでに12時半過ぎ。
　何せ場所が場所だけに、成城学園からバスに乗りさらに歩くとなると、辿り着いてもゆっくりは出来無さそう。
　
　次に浮かんだのは喜多見の「志美津や」だが、いざ下車すると今にも雨が降り出しそうなうすら寒い天気。
　こちらも駅からはかなりの距離を歩くため逡巡していると、この地に一度寄ってみたい蕎麦屋があるのを思い出した。
　早速調べてみると駅の南口から2.3分の所で、休みでないことを確認して向かう。

　到着すると店構えが何とも渋い。
　昔からこの地に根差した感のある佇まいで、実際の店内も昭和の香りのする大衆蕎麦屋の趣。
　詰めれば50人近くは収容できそうな大店だが、この時間帯でも3割の入り。
　私は右手前の2人掛けの卓に通された。

　立派なメニューを開くと、まずその種類の多さに驚く。
　季節もの・創作もの・丼物と組み合わせたセットなど、数多くが載っている。
　もちろん一杯やることも可能で、豊富な肴類は昼でも全て注文できる。

　まずは「ニッカハイボール」（450円）をもらう。（最近＇とりビー＇では無く＇とりハイ＇とするケースが多い）
　専用のジョッキで出されたが、濃さも良好。
　お通しに「蓮根金平」の小皿が付いた。

　酒肴類は＇おすすめ＇が壁にも掲示されている。
　少し悩んだが、次の2品を注文。

　「漬け鮪刺身」半盛（430円）：＇近海めばちまぐろ使用＇を謳っており、まずまずの厚みの赤身が4切。
　湯引きしたものが醤油漬けされており、江戸前の旧習に則った和辛子で味わえばなかなかの美味さ。
　大根・若芽・貝割れなどのつまもきちんとしている。
　
　「海老と貝柱のかき揚」：メニューに並ぶ多彩な天ぷらは魅力的で、牡蠣などの季節ものも気になったが、仕事の良し悪しが端的に出るかき揚げを選択。
　運ばれた長皿には、セルクル型を使って丸く揚げられた直径10㎝ほどの塊2個と、プチトマトの天ぷらが盛られている。
　サクッとした揚げ上がりで、箸で割るように崩せば小海老と貝柱（いたや貝と思われる）が顔をのぞかせるが、味の面では玉ねぎの甘みが全体を纏めている。
　塩で食べるも佳し、おろし入りの天つゆに浸しても美味しい。

　酒の品揃えも程よく、こちらも壁に掲示された＇おすすめ＇から「加茂錦　荷札酒」を注文。
　花番さんは目の前で一升瓶から寄木風の酒器に注いでくれるが、猪口も木製で口当たりが優しい。
　味わいも良好で、これらで心地よいひと時を過ごす。

　蕎麦は初回なので基本の「もり」にするつもりでいたが、もう少しこちらの仕事を見てみたくなり、江戸前伝統の「おかめ」を注文。
　運ばれた丼の景色は、なかなか個性的。

　都心の老舗の「おかめ」は蒲鉾・湯葉・玉子焼き・冬菇椎茸・筍などが主な具材で、特にメインとなる蒲鉾は吟味されていることが多い。
　こちらの上置きは、玉子焼きは自家製のようだが、蒲鉾は高さの無いスーパーで売っているような紅白のものが4枚。
　しかしその他がバラエティに富んでおり、豆腐・焼き麩・油揚げ・しめじ・エノキ・長葱・水菜・若芽などが盛られている。
　これが「おかめ」と言われると首を傾げたくなるが、豆腐や油揚げは丁寧に煮含められており、このようなスタイルに至るまでのこちらの歴史がしのばれる。

　蕎麦はやや太めで、熱いつゆの中でもしっかりと食感は保たれている。
　つゆは出汁の奥行きはそれほどでは無いが、濃い目の味に伝統を感じる。
　元々食事向けのメニューのため、ボリュームもかなりのもの。

　定法通りに湯桶が添えられることに感心。
　空の湯呑も付いてきたが、丼に注いで濃い目のつゆを割って飲み干すのが江戸前の流儀。
　中身は奇を衒わない自然体で、塩分過多とは思いつつ全てを平らげて満足感に浸る。


　結果的に充実した「蕎麦屋酒」を堪能。
　蕎麦前の楽しさに加え、独自のスタイルの「おかめ」も面白かった。
　おかげで満腹感も半端では無かったが、好ましい印象が支配的。

　店の前の道は拡張される計画があるようで、周囲の店屋の立ち退きが進んでいる。
　こちらも近いうちに取り壊されると思われ、この佇まいが失われることは残念だ。

　初訪のみでの書き込みは本意では無いが、一通りの仕事ぶりは確認でき、また滅多に来るような場所では無いためアップさせて頂いた。
　出来たら店構えが残っているうちに再訪したい。