ようこそ、鮨劇場へ！ : 初音鮨

2009年からミシュランで連続で2つ星を取り続けているお鮨屋さんです。創業1893年、今年で創業127年という老舗中の老舗ですが、
枠にとらわれない先進的な発想と、贅を極めた食材を使ったお鮨と、大将・中治勝氏のキャラクターがつくりだす世界観に誰もが魅了されてしまう、まるで劇場のような鮨屋さんです。

お店は蒲田駅から徒歩4分ほど。一見するとフレンチレストランのような洋風の佇まい。大変失礼ながら、蒲田という土地に違和感を感じるほどの上品さです。
玄関先でお出迎え頂き、案内されたのは「山」をコンセプトとしたお部屋。席はカウンター8席です。メニューは｢おまかせコース｣一本のみ。

黄金色に輝く扉の中から最初に出てきたのは、セラミックの竃です。さぁ、初音鮨劇場の幕が開かれます。竃の中にはくべられた炭。そして、ご飯が炊かれたお釜です。ここから大将の軽妙なトークが始まります。まず語られるのは、「初音鮨のR2-D2」と称した竃へのこだわり。そして、シャリへのこだわりです。
コースの開始時間に合わせて米の炊き上がりを合わせていること。混ぜるお酢も80度に温めてお米を殺さないようにしていること。冷めるにつれてシャリの味わいが変化することを考慮に入れ、ネタの順序も吟味していること。今日という時間を楽しむための情報がたっぷりです。
そして、訪れる一瞬の静寂。真剣な面持ちで丁寧にお酢を混ぜ、酢飯を返し、目の前で酢飯に仕上げていきます。そして、またネタや食材の仕入れ先情報や仕入れ値、鮨をおいしく味わうための食べ方のコツなど、口に入る前に、その一口に特別な意味を感じられるような軽妙なトークが続いていきます。この静と動の連続と、シャッターチャンスの多さこそが、初音鮨が劇場のようだといわれる所以でしょう。

さて、食事です。先付けはアワビのお刺身。これでもか！ってくらい大きなアワビです。刺身にして、肝に和えて召し上がります。濃厚な旨味が口の中に広がります。続いては、鱧と松茸の椀物。松茸は仕入れ値も記載したまま。「ちょっといつもより多いかなぁ。まぁいっか」など冗談を言いながら、お椀の中にたっぷりの松茸です。鱧のシーズンは夏だと思われがちですが、実は松茸が取れるくらいまでは美味しく食べられるんだとか。フワッとした鱧の食感と、松茸の香りがマッチした一品。

そして、次に出てきたのは本日握る大間の本マグロ。握りを頂く前に「本日のマグロの切り出し」として、刺身で楽しみます。味付けは塩とわさびのみ。わさびは静岡県御殿場の田代さんの山わさび。なんと、1キロ3万円だそうです。もはや笑うしかないレベルの上等品...！辛味というよりも、その奥にある旨味がしっかりと感じられるわさびです。お刺身のマグロは口の中の温度で溶けてしまうほど脂が乗ってます。これが後で鮨として握られるのかと思うと、よだれものです。

さぁ、劇場はまだ始まったばかり。主役と思しきマグロはちょい出演してましたが、物語はまだ序章。
そして、ビックリ。これだけ文章書いたのに、「握り」はまだこれからです（笑）

まるで劇場のようなお鮨屋さんの本編である「握り編」です。

■ 鱧松茸握り
椀物になっていた鱧と松茸が、今度は握りで再登場です。鱧松茸握りなんて、贅沢すぎて食べたことないです。スダチを絞って召し上がります。風味がすごい。

■ コハダ握り
塩と酢で絶妙な味わいに締めたコハダ。皮を下にする珍しい握り方でした。酸味がよく調整されており、匠の技を感じます。

■ カツオ
脂乗りまくりのカツオ。シャリが見えないくらいの大ぶりのネタで頂きます。

■ 鎌倉エビの身と海老味噌乗せ
鎌倉エビは伊勢海老のことです。海老の身はとても甘味があり、海老味噌のコクがそれを引き立てます。大将は海老のことを「セバスチャン」と呼んでました（笑）

■ アオリイカとカラスミ握り
削ったカラスミではなく、切ったカラスミをイカと共に握ります。え、カラスミって握れるの
イカとカラスミのねっとりとした食感に、カラスミの乾いた塩加減がよい加減です。これは旨いですね。

■ カワハギと肝握り
ここにきて白身魚です。淡白なカワハギの身に、濃厚な肝が相まって、こちらも丁度よいです。味わいが口から鼻に抜けていきます。

■ 赤ウニの握り
ウニは通常一人30gですが、今日は35gに増量キャンペーン中だそうでした。贅沢すぎる～。

■ いくらご飯
蓋を空けてビックリ、ハート形のいくら。そして、大将からのきゅんです（笑）
いくらはねっとりと張り付き、垂直にしても落ちないほど。一粒一粒がしっかり味が強く、口の中がいくらでいっぱいになります。

■ 漬けマグロの赤身握り
■ 漬けマグロの中トロ握り
■ 漬けマグロの大トロ炙り握り
そして、主役のマグロです。今回は漬けマグロ３連チャン。実は序盤に出てきたマグロはその場でさっと湯がき、漬けマグロに仕上げてます。漬け時間はわずか1時間程度ですが、しっかり漬かっています。
肉厚に切られた大トロは、漬けにしてから稲藁で炙るんですが、なんと厨房の稲藁焼きの様子がiPadでライブ中継されるんですよ。劇場スタイル、おそるべし。

■ 鉄火巻き
赤身・中トロ・大トロをすべて入れた鉄火巻き。通称「マグロの花束」です。マグロはもちろん美味しいんですが、海苔の風味がスゴイ。日本一の海苔を使っているそうです。

■ 干瓢巻き
締めに向かって干瓢巻き。口の中に落ち着きを取り戻します。

■ 玉子焼き
芝海老のすり身が入った甘い玉子焼き。ホッとする上品な甘さです。

以上で食事は終了。大将の手にかかれば、色んな一級食材に鮨の役が与えられちゃうのでしょう。鮨の醍醐味の一つって、配役の多さかもしれないと感じたコースでした。

さて、鮨劇場のクライマックスに待っていたのは、なんと部屋の移動です。食事のコースが終わると移動を促されます。食事を頂いたのは「山」をコンセプトとしたお部屋でしたが、移動する先は「海」をコンセプトとしたお部屋。そこでデザートを食べるのだといいます。

一度玄関を出て、お店の脇を抜けるともう一つの玄関が。中に入ると、先ほどの豪華なお部屋とはうって変わって、青いステンドグラスが印象的なお部屋。そして、テンションを３段くらい落とした大将です。静かな時間が流れるカウンター席に座ります。

この部屋を変える方法ですが、おそらく回転数を上げるための仕掛けなんですよね。食事を食べた後もお客さんにはゆっくりしてもらいたい、でも、次のお客さんも招きたい。そんな葛藤を「食事後に部屋を変える」というアイデアで実現したんだと思うんです。よくできてるなぁと感心しました。

さて、話を戻して。デザートの一品目は葛切りです。目の前でつくられ、切られた、出来立て葛をその場で黒蜜につけて頂きます。「賞味期限は10分ですので、すぐ召し上がり下さい」とかっこいい一言付きです。合わせて出てきたのはほうじ茶。ここで緑茶じゃないのが、何とも初音鮨っぽいですね。ホッと一息つきます。

続いて、デザートの二品目はアイスクリームです。ただし、このアイスクリームは器から違います。このアイスクリームが入っているのは、先程いただいた葛切りの黒糖が入った器。そこにフレッシュな卵と生クリームのアイスクリームがinされているんです。和風な甘さを２度楽しめる演出でした。

そして、このアイスクリームに合わせて出てくるのは大将がドリップしたコーヒーです。そうです、コーヒーです。鮨職人が目の前でコーヒーをドリップしている姿は、なかなか珍しい光景でした。豆はブラジルとコスタリカをブレンドした初音鮨のオリジナルブレンド。酸味よりも苦味があるコーヒーは、甘味の後にはちょうど良い具合でした。

実はこのデザート中、大将から「今日の一番は何でしたか？」と聞かれるんです。一人ひとり質問され、お客さん側も感想とともに答えていきます。大将もそれに真剣に耳を傾け、一つひとつまだ話してない裏側を語ってくれます。実は原価だけで6000円もする一貫があったことも教えてくれました。大将自ら目の前で感想を聞き、それを次に活かそうとする姿勢。創業から127年経ってもそれを続ける姿勢こそ、大将の生き様であり、このお店のデザートであり、初音鮨の最大の魅力なんだろうなと感じた一夜でした。

初音鮨劇場は以上で終幕です。またお目にかかれることを願ってます。

ごちそうさまでした。