吉甚/スロウなJAZZにしてくれ (I want you) : レストラン 吉甚

いつもの居酒屋を出ようとして、見送りに出て来てくれた日本人の女の子に、「言い忘れてたけど、おれ明日誕生日だから !」　と、いちお～、何ら効果が得られないと分かっていつつ、そして自分のハゲも意に介さずにそう言い残して立ち去ってみるのは、以下からのインスパイアにほかならず

――　イーストウッド監督作品「目撃」にて、合衆国大統領の親友である大富豪の愛する若き妻殺害事件に絡み、凄腕の泥棒であるイーストウッドがその事件の真相を知っているのではないかと感づいた有能な刑事であるエド・ハリスが、イーストウッドの足取りを掴むために先ずその娘にアプローチするのだが、そこで娘に一目惚れ(笑)。
仲違いしているから父とは連絡がとれないという娘に、でも何かあったら、“自分は一人暮らしなので”時間のことは気にせずに連絡をくれと言って自宅の電話番号を渡す(まだスマホなどという、人と人との活きたコミュニケイションを破壊する粗悪なディバイスなど存在しない時代である)。そして娘のアパートを出るときにエド・ハリスはまたしても、まるで自分がハゲていないかのように、もう一度娘に告げるのだ

「ひとつ言い忘れてた、おれは一人暮らしだ !」

<その翌日/R2.11.5 田町>

芝浦MSビルの袂(たもと)。食べグロ最小回転半径でご飯処検索をかけると、いつも歩道橋の上から見下ろしいていた中華屋がヒットし、初めて、行ってみようかと思い立つ。
で、歩道橋の階段を下りきったところ、未だ午前11時半をちょっと過ぎたところであったが、界隈にお勤めの方々チームが次々とその店への階段へと吸い込まれていくよう。と !　その隣に洋食ランチの看板が見えており、その先を追うと、中華屋の真上に喫茶店と思しきお店がひっそりと佇んでいるではないか ……

皆が向かっていった先は地下の中華屋のようだが、果たして。
ピンの道か針の道か ?　しかしこんなとき、私は常に針の道を往ける人間でありたい ……

「吉甚」

階段を上ってドアを押し入れば、想像よりも広々とした立派なフロアが広がって、奥へと進んでやっとお顔が見えたホールの女性が、私をさらに奥へと促してくれた。そこにある唯一の二人掛けのテーブルを見つめつつ進んでいたら、「どうぞ広いところをお使いください」　となり ……

BGMはスロウなJAZZ。
わずかに傾斜をつけられて並ぶ天井の梁が、山小屋を予感させないこともない。おもむろにメニュウを手にとった。ランチのおかずは基本的に組み合わせのようで、となると偏食の私はいつも、どちらも共に自分の許容範囲にあるものかで先ず悩まされ、必然的に注文できるものが限定されてしまうこととなってしまう。
裏返せばシンプルにハンバーグステーキというものがあって、少し考えたんだけど、ここはお店のポリシーに則って、おすすめの合わせ技の中からいくことに決めた

“エビフライランチ (カニコロッケ付き)” @880也。

舞い降りた春雨サラダがこのお店の雰囲気にマッチしているかどうかは知らない。ナイフ&フォウクはどれだけ凶悪なものなのだろうか、「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクター博士のように、ナプキンでぐるぐる巻きにロックされている。そしてスープはコーンスープのよう。

早速レクター博士の拘束を解いてやり、正眼に構える。
すると最高巡航速度で歩き続けてオーヴァヒート気味であった私にとって、この冷蔵庫の中でギンギンに冷やされて待機していた春雨がこの上なく爽やかで美味しく、もう一気に食べ切った !
スープはふつうのシンプルなスープだが、卓上のNaClをふらす必要もなく。

ほどなくして舞い降りたメインの料理は、失礼ながら、価格に対して思っていたよりはずいぶんと立派。そしてそれに立ち向かうにこのアンソニー・ホプキンス、俗に言うナイフ&フォウクの柄の肉厚もまったく申し分のないものであり、厳重に拘束されていた割には、必要十分なパワーを備えると同時に、非常に従順なコントロール性をも兼ね備えていた

後でこちらのお店をマイコンにあたれば、喫煙者の駆け込み寺のような存在だと、嫌煙家のお客さんたちからは随分と不評を買っていたようだが、今回の私の訪問では、そのようなネガは一切感じられなかった。
最奥から入り口近くの帳場まで歩いていくと、ちゃんとした日本人スタッフの方々が厨房含め、都合5名程度までその数を増やし、ちょうど正午に達して盛り上がるであろうお昼ご飯ラッシュタイムに備えている !

そして田町と田無の区別が未だつかぬ永遠のチョンガーが、運河(つ～かこれってもう海 ?)を越えて駅を目指す。五反田と五反野の区別もつかぬ、永遠のチョンガーが
ふと山崎努駆る純白のムスタングが(マスタングでは断じてない !)、子猫のような娘を右側の助手席に乗せて奔り去ったような気がした ……