忘（わす）られず　何（なに）も思（おも）はず　『李湘潭（りしやうたん）』　偏（ひとへ）に重（おも）き　乾豆腐（おしどうふ）かな : 中国湖南料理 李湘潭 湘菜館

遡（さかのぼ）ること十年餘前（とゝせあまりまへ）。
縁故（ゆかり）ある唐土女優（もろこしのをんなやくしや）來日（きたれり）。
小人（それがし）が陋屋（ぼろや）に滯在（とゞま）ること大略一箇月（およそひとつき）。
沈魚落雁閉月羞花（うをしづみ、かりおち、つきとぢ、はなもはぢらふたをやめ）。

然（さ）れど、十四歳（とあまりよつ）より能知（よくし）る女兒（こ）なれば、
女（をんな）と見做（みな）すことあらで、眷屬（うがら）にでも接（ふ）るゝがごとし。
彼女（このひと）の自由氣儘（ほしいまゝ）なる舉動（ふるまひ）、
そこいらの飼猫（かひねこ）に寸毫（つゆ）異（こと）なることなし。

囘滬（さんはいにもど）るまで一月（ひとつき）の間（あはひ）、
彼女（このひと）を伴（とも）ひ、あるいは彼女（このひと）に隨伴（つきそ）ひ、
食堂（めしどころ）を訪問（たづ）ね、菜（めし）を咋（くら）ふこと再三（いくたび）。
"鰒（ふぐ）"、"咖哩（かりィ）"など和食（ひのもとのもの）を嗜（この）む。

當時（このころ）、近傍（ちかく）に『古今唐菜』なる湘菜餐廳（こなんめしや）ありき。
旣（すで）に廢業（みせじまひ）せしとおぼしく、痕跡（あしあと）を殘（のこ）すのみ。
http://www.tv-tokyo.co.jp/solomon/back/060409.html
http://inu1.cocolog-nifty.com/blog/2006/07/post_f497.html

そも、嘗（かつ）て"湘菜（こなんのあぢ）"と云ふと、
内藤新宿（ないとうしんじゆく）『雪園』に限（かぎ）らる。
臺灣（たいわん）を經由（へ）、
更（さら）に、東瀛（ひのもと）の味覺（した）に迎合（あは）せたる風味（あぢかをり）。

『古今唐菜』と『雪園』とのあまりの相違（たがひ）に愕然（ことばうしなひき）。
前述（くだん）の彼女（このかた）にこの話（はなし）をするや、
「 川菜（しせん）、 黔菜（きしう）、湘菜（こなん）、いづれも辣（からし）と云へど、
　我（わらは）ゝ、麻（しびれ）ある 川菜（しせん）を偏愛（こよなくこのむ）。」

『古今唐菜』と『雪園』の隔絶（へだゝり）ぶりに不可解（くびかしげ）つ、
二年前（ふたとせまへ）、當家（こちら）『李湘潭』に邂逅（たまさかめぐりあふ）。
"毛主席紅燒肉（けざはひがしのぶたしやうゆにこみ）"など、正宗（ほんばもの）も、、。
かくて、この日（ひ）、久々（ひさびさ）に訪問（のれんをくゞる）。

晝（ひる）の套餐ていしよく）幾種（いくゝさ）より、
"香乾炒肉（おしどうふとぶたにくいため）"を選擇（えらむ）。
具（ぐ）は、乾豆腐（おしどうふ）、豬肉（ぶたにく）、青椒（ぴまん）。
調味（あぢつけ）は漿醤（しやうゆ）が主體（おも）歟（か）?

乾豆腐（おしどうふ）は片（うすぎり）。
半點（いさゝか）味（あぢ）が濃（こ）く、舌觝觸（したざはり）も今一（いまひとつ）。
絲（せんぎり）、i.e.,（すなはち）、
"乾豆腐絲（おしどうふせんぎり）"を淡味（うすあぢ）にせし菜（もの）が嗜好（このみ）。

清湯（すましゞる）、小碟（こざら）も陳腐（ありきたり）。
米飯（こめのいひ）が頓（にはか）には難信（しんじがた）きほどに不味（あしきあぢ）。
舌（した）に頼哩（あらが）ひ、咽喉（のみど）に逆（さか）らふ。
其處等（そこいら）の連鎖店（れんさてん）にも劣（おと）る。

他方（かたや）、
"五粮液（ごりやうえき）"、"茅臺酒（ばうたいしゆ）"など白酒（もろこし志゛やうちう）、
"紹興酒（せうこうしゆ）"など黃酒（もろこしざけ）、と、
酒（さけ）の品揃（しなぞろ）へは一級（なかなかにみごと）。

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－
【照相機】：東京通信工業 索尼（Sony）α7 III 無反光鏡可換鏡頭照相機（みらーれす）
【鏡頭】　：旭光學 超琢磨（Super Takumar）(8 ele.) 1.4/50 @F2.4～F4
　　　　　　福倫達（Voigtlaender） COLOR-SKOPAR 4/21 P VM @F11

中國（もろこし）湖南省（こなんしやう）：
毛澤東（けざはひがし）の故郷（ふるさと）として遍（あまね）く知（し）られ、
"湘菜（こなんれうり）"は、
八大菜系（はちだいさいけい）の一（ひと）つに數（かぞ）へらる。

互聯網（ねッと）に據（よ）らば、
素材（そざい）選擇（えらみ）に煩（うるさ）く、
庖丁（はうちやう）使（づか）ひが精巧（こまやか）、
"辣（からみ）"に豐富（と）み、"酸（さんみ）"を重視（おもんず）とある。

また、知己（しりあひ）の滬人（さんはいびと）云へらく、
「川（しせん）、湘（こなん）、黔（きしう）は、辣（からきもの）を嗜（この）む。
さはあれ、湘・黔（こなん・きしう）は徒（いだづら）に辣（から）きばかりで、
"麻（しびれ）"も併（あは）せ持（も）つ川菜（しせん）が吉（よい）。」

本朝（わがくに）もまた、この三者（みつ）の中（なか）では、
否（いな）、八大菜系（はちだいさいけい）都（すべ）ての中（なか）でも、
川菜（しせんれうり）が最（もつとも）喜歡（このま）る。
近來（ちかごろ）は『趙楊』のごとき正宗川菜（ほんばもの）も、、。

扨（さて）、吾儕（わなみ）も馴染（なじみ）の薄（うす）き湘菜（こなんれうり）：
嘗（かつ）ては『雪園』、『華湘』など、
臺灣（たいわん）經由（けいゆ）のものが幅（はゞ）を利（き）かせ、
正宗湘菜（ほんばこなんれうり）は稀有（まれ）。

一昔前（ひとむかしまへ）、
高繩（たかなは）は八ッ山橋（やつやまばし）近傍（ちかく）に、
湘菜（こなんれうり）を商賣（あきな）ふ舖（みせ）ありき。
"毛公紅燒肉（けざはひがしごのみのかくに）"など啖（くら）ひし記憶（おぼえ）あり。

當家（こちら）の菜譜（しながき）には"毛主席紅燒肉（けざはひがしのかくに）"とある。
あいにく、晩餐（よる）のものにて、
午餐（ひる）は"湖南米粉（こなんびいふん）"などの幾品（いくしな）のみ。
已（や）むことを得（え）ずして"醤油炒飯（しやうゆやきめし）"を選擇（えら）む。

色（いろ）黑（くろ）きこと『Tけん』三代目（さんだいめ）かと疑（うたが）はれ、
その黏（ねば）りは粽（ちまき）と見紛（みまが）ふ。
否（いな）、粳米（うるちまい）とは思（おも）はれず、糯米（もちごめ）か？
色（いろ）と味（あぢ）濃（こ）き"粽（ちまき）"そのもの。

醤油（しやうゆ）は"龍牌（りようじるし）"なる老抽（たまりじやうゆ）。
これが初（はじめて）。
色（いろ）の濃（こ）さを除外（のぞ）き、
巷（ちまた）の老抽（たまり）との相違（たがひ）、詳細（つまびらか）ならず。

小人（それがし）の舌（した）には半點（いさゝか）鹹（しほから）く、
粘（ねば）りに黏（ねば）る米粒（こめつぶ）もあり、
啖（くら）ふに難儀（こまる）。
口味（あぢ）そのものは、複雜玄妙（おくぶかくたへなるもの）。

"湖南米粉（こなんこめこ）"：
滇（うんなん）で高名（なだか）き"過橋米線（かきやうこめせん）"に相當（あたる）。
越南（あんなん）フォーにも似（に）たり。
閩（ふつけん）米粉（びいふん）よりは太（ふと）め。

驚歎（おどろく）べきは、湯（しる）。
鶏骨（とりがら）、完雞（まるどり）、豬脛骨（げんこつ）、洋葱（たまねぎ）、
生薑（はじかみ）、大蒜（おほひる）などより製（こしら）へたるものとか。
澄（す）みて、なほ、深（ふか）き味（あぢはひ）を宿（やど）す。

壁（かべ）と云ふ壁（かべ）には、
文化大革命（ぶんくわだいかくめい）當時（のころ）の、
女子紅衞兵（をんなこうゑいへい）の凛々（りゝ）しき姿（すがた）。
善哉（よいかな）、善哉（よいかな）！

－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－－
【照相機】：東京通信工業 索尼（Sony）α7-II　無反光鏡可換鏡頭照相機（みらーれす）
【鏡頭】　：徠茨（Leitz）微距（Macro）Elmarit R 2.8/60 @F2.8