バック・トゥー・エド : 元禄二八そば 玉屋

上京したのは、よりにもよって「大雪注意報」の出ていた日の朝。

お取引先のレセプション、しかも夕方から、という「オトナの事情」

先の暴風雪禍から一息ついたエチゴ・スワロー・惨状シティ（仮　から、やれやれとため息をつきつつ、それでもエチゴ人らしく、足元だけは安藤製靴謹製0R-1、ヴァイブラムソールを擁したオイルレザー・チロリアンシューズ*1 で固め、東京駅に降り立ち、沿線をチョイチョイと乗換し、天狗物産社トキオ・ブランチに落ち着く。

事務所の机の前で、どんどん機嫌の悪くなる窓の外の風景を眺めているうち、案の定、大雪警報のため、宴席は順延の報。

それではこちらも都内にとどまる理由はない、というより、ラッセル車*2も、消雪パイプ*3も、ママさんダンプ*4も用意のない、水はけの悪いアスファルト敷きの街で雪に向かい合う、という愚鈍な知性と酔狂を持ち合わせたエチゴ人はいない。

ブランチの諸君に「チミらも無理せず、早く帰れよ」と声をかけ、事務所を後にする。

1325時。

既に雪は「積もる顔」で降り続いているのが「見る人が見れば分かる」状態。

さっさと帰りの電車を確保しよう、と速足で駅に向かうものの、朝いちばんの新幹線を使い、出てきているので、急に自分がものすごく空腹である事に気が付く。

と、目の前に蕎麦屋。

アタマのなかにぽわん、と湯気の浮かぶドンブリが浮かび上がり、「まずは身体をあっためて」と言い訳しつつ、暖簾をくぐり、「こんぬつわ、ひとりでゴンす」と、手塚治虫先生のスパイダー*5よろしく声をかけつつ、昼の混雑時をすぎて、やや落ち着きを取り戻した店内の食卓のひとつに腰を下ろす。

雪の日の蕎麦屋では、てんぷらそばに決めている。

決めているのに理由はない、あったとしても忘れてしまった。

もしあるとすれば、そーいえば近頃、丼の中で泳いでいても剥がれず、ぎゅっとつゆを吸っていい調子なそば屋の海老天*6　って、食ってねえな、と、江戸趣味懐古の情が浮かび上がり…なんてことはなく、手っ取り早く温まって、腹も落ち着けたかったから、とは、自らの落ち着きのなさを露呈するだけだから、黙っている。

そう思いながら運ばれてきたどんぶりに目をやると、一本刀土俵入り／瞼の母©長谷川伸*7　よろしく暗黒醤油味なかけつゆがどよんとしているところに「まぁ、ゴリッパ！　」と思わず声をあげたくなるほど猛り狂うもとい堂々とした、ストレッチを利かせた海老天が泳ぎ、ここに小松菜の刻んだのと、蒲鉾、ゆずの皮がチラリと浮かんでいるさまは、期待した通りの風景で、箸で海老天全体を、一度かけつゆにぎゅっと水没させてからおもむろに噛り付くと、これも「思った通り」に厚めの衣がつゆを存分に吸っていて口腔に「ぢゅん！　」とき、噛み切っても海老が「ずるん！　」と剥けず、を、これは伝統の莫*8の技！　と　#知ってることを全部いう　し、しかしながら程よく衣の外周は溶けだし、かけつゆに程よい油気を与え、そばをずるりとすすってみると、機械打ちの、しかし水回しは悪くなく、程よくうどん粉が含有されたそれはつゆを、衣のかけらを程よく身に纏いながらもつるつると口の中に入っていき、そのうちてんぷら、かけつゆ、そばが口腔で「父と子と聖霊」*9なみにトリニティの体を成すさまが心地よく、身体も温まり、なによりかけつゆの「おしたじ」由来のグルタミン酸がショーワなトーキョーとエチゴ・ハイブリッドな我が遺伝子を高揚させ、

「うはは、やっぱり天ぷらそばは温かいのに限り、天せいろだの”オカで天ぷら”*10だの、トーシロみたいな事、言ってンじゃないよ」

と、極めてトーシロじみた、半可通を口になかで嘯かない、事もない。

*1　http://www.ando-shoe.com/pulse1/or1.htm
*2　https://www.youtube.com/watch?v=-3AHrFaupl0
*3　https://www.youtube.com/watch?v=wkL3mpE2o4M
*4　http://www.love2labo.com/diary_yukikaki
*5　http://tezukaosamu.net/jp/character/1741.html
*6　http://www.sarashina-nunoya.com/%E5%BA%97%E4%B8%BB%E3%81%AE%E7%8B%AC%E3%82%8A%E8%A8%80/2001%E5%B9%B412%E6%9C%88%E3%80%80%E7%AC%AC17%E8%A9%B1%E3%80%80%E3%80%80%E8%95%8E%E9%BA%A6%E5%B1%8B%E3%81%AE%E5%A4%A9%E3%81%B7%E3%82%89/
*7　これぐらい自分で検索プリーズ
*8　https://tabelog.com/rvwr/motonadi/diarydtl/53303/
*9　畏れ多いので敢えてリンクを避ける
*10　http://www.sarashina-nunoya.com/%E5%BA%97%E4%B8%BB%E3%81%AE%E7%8B%AC%E3%82%8A%E8%A8%80/2009%E5%B9%B47%E6%9C%88%E3%80%80%E7%AC%AC108%E8%A9%B1%E3%80%80%E5%A4%A9%E3%81%9B%E3%81%84%E3%82%8D%E3%81%AE%E5%A4%89%E9%81%B7/

仕事の絡みでカツ丼研究を続けている日々。

自ら試行錯誤を繰り返していると、なにが適切であり、理想形なのか段々わからなくなってくる。

こういう時はお手本に当たるがよかろう、というわけで、カツ丼は蕎麦屋に限る©️卍先生 のお言葉に従い、両国駅に程近い、こちらの暖簾をくぐる。

全体に黒っぽい作り。

卓上には蕎麦屋の基本形に従うバーチカルタイプの箸置き。壁面にはテレビがあり、夏の甲子園野球、夕べのナイター観戦に備えた「正しい」店内レイアウト。

通人からは鼻で嗤われそうだが、街のお蕎麦屋はこうじゃなきゃ、いかん！ というものが全て揃ってい、余計なものは一切、ない。

品書きを見る。

カツ丼は無銘（社会通念上の並）のものと上等がある。

無銘と上等では無銘に決めている。

決めているのに理由はない、あったとしても忘れてしまった。

もしあるとすれば昼飯くらい威張らず見栄を張らず、軽い気分とフリーダムを楽しもうじゃないか、というのがジェントリーであり、ギャラントリーであり、ノブレス・オブリージュというモンである、とは、昨今の損得勘定はびこる世の中では、まるで通じない中高年のアンダーステイトメントだから黙っている。

そう思いながら運ばれてきた、巨大なアダムスキー型塗りの丼の蓋を開くと、一切れ120gsはありそうな肉片を、筋切りを兼ねて容赦無く叩いた事が分かる広大なカツが全面を覆い、これをとじているミディアムウエルの煮加減の隙間なく広がるたまごは、鶏卵二個が惜しげもなく用いられている充実ぶりで、カツの一片を取り上げ #断面に着目する と、面積に勝つ肉を更に大きく見せるためみっしりと着けられた衣の厚さにほほーとなり、かじってみると、一体感を出すためにしっかりと煮込んでいるとともに、衣への丼ツユの染み込み具合から、蕎麦屋の伝統莫の調製法が採用されているらしい事にふむふむとなり、更に衣の密着性、形状凍結性の強さから、戦後高度成長期街場蕎麦屋カツ丼の秘術「肉と衣の間にズヨネーマ（仮 ・ヌリヌリ」が施されているらしい事にニヤリとき、叩かれ、ズヨネーマ（仮 の酸で柔らかくなった肉とぶよんとした衣、そして薄いが破れたところがなく全体をムラなくまとめたたまごが飽和まで投入されているらしい味醂の甘味で調和を整えられている「アタマ」と「台」のメシを交互に、或いは／及び一緒に食い進めると、うむ、「莫」に「ズヨネーマ（仮 」という合理的手法、そして「玉子とじ蕎麦が出来れば職人として一人前」という戦前からの「種もの」判断を裏切らぬ伝統の技が、蕎麦屋のカツ丼をカツ丼たらしめているのだな、と、蒙を啓かれた気持ちになり、大満足しながら席を立ち、帳場で勘定をし、店を出ると、かえしの塩っぱさと味醂の甘さの他に、舌の上の味蕾をチクチクとくすぐる「モトのアジ（仮 」の存在が検知され、おお、伝統の技に化学の裏付け！ と、戦前戦後、日本外食史を垂直テイスティングしたような気にならない、事もない。