昼でも気軽に蕎麦屋酒が楽しめる : 手打ち蕎麦　やなか

　昼過ぎに時間が空いたので向かったのは根津。
　この地には優秀な蕎麦屋が集中しているが、今回選んだのはこちら。
　少し前のマイフォロアーさんの書き込みを拝見して、かなりご無沙汰していたので寄ったみたい思いが募っていた。

　晴天ながら風が冷たい中、到着したのは13時過ぎで先客は3名と言う状況。
　靴を脱いでスリッパに履き替えて上がると、女将さんに奥の方の2人掛けのテーブルに通された。
　相変わらず磨き込まれた板の間が清々しい。

　ビール（ヱビス中瓶）で始める。
　肴の種類はそれほど多くないが、要所を押さえた品揃え。
　その中からまず2品を注文。

　「手作り そばみそ」：甘めに練り上げた赤味噌仕立ての練り味噌に、炒った蕎麦の実がたっぷりと混ぜ込まれている。
　蕎麦のコリっとした食感が楽しく、ピリッと効かせた唐辛子も効果的。
　老舗蕎麦屋のお通しくらいの量だが、280円の値付けは良心的。

　「海老と野菜の天ぷら盛り合わせ」：こちらの天ぷらの出来に秀でており、揚げの手法は衣で花も咲かせたいわゆる＇蕎麦屋の天ぷら＇だが、敷き紙の油染みが僅かのカラッとした上手な仕上がり。
　内容は中くらいの海老1尾と、野菜は茄子・南瓜・しし唐。
　卓上のピンク岩塩で食べさせるが、素材の旨味と同時にやや厚めの衣の味も肴として楽しめる。

　酒は燗酒が欲しくなり「匠の酔」という山梨の銘柄をもらう。
　備前焼と思われる揃いの酒器で登場し、穏やかな口当たりとしみじみとした味わいが好ましい。
　
　肴には「月見芋」を追加。
　すり下ろした大和芋の真中に卵黄が落とされ、刻み海苔が散らされた小鉢が登場。
　そばつゆが徳利で添えられるのが珍しく、よく混ぜ合わせて口に運べば中々美味しい。

　蕎麦は「せいろ」を一枚。
　細目に綺麗に揃っており、香り・歯触り・のど越しのいずれにも優れた仕事が認められる。
　つゆの出来も香り高く、出汁は多少昆布が強めかなと思うが返しとのバランスの取れた丁寧な仕事で、徳利を使うひと手間もゆかしい。

　薬味は葱はちょっと雑だが、本山葵のおろしが付く点は好感。
　半分ほど残しておいた「月見芋」にも絡めてみたが、もちろん美味しい。
　蕎麦湯が奇を衒わない釜湯ままの自然体であるのも嬉しい。
　すっきりと伸びるので徳利の中も空けて割り、全てを飲み干せば満足度が極まる。

　期待通りの寛いだひと時が過ごせた。
　肴類の出来も蕎麦の仕上がりも、水準以上のレベルが維持されている。
　個々の単価が安く色々と頼めるのは好ましく、トータルの支払いも4千円ちょっととリーズナブル。

　前述の通り＇谷根千＇には優れた蕎麦屋が多いが、こちらは派手さは無いがしっかりと存在感を示している。
　これからも時々立ち寄りたいと思う。
　

　出かけた帰りにちょっと足を延ばして、根津に向かう。
　この地には優秀な蕎麦屋が多く、その中ではミシュランガイド一つ星の「雙柿庵」は別格としても、かねてより「鷹匠」と「よし房　凛」の評判は高く、それに新顔ながら早くもビブグルマンに名前を連ねている「蕎心」も存在感を示している。

　こちらの開店は2013年で、1年ほど前に一度寄ったことがあり決して悪い印象は無かったが、何故か再訪せぬままになっていた。
　場所は根津駅前の交差点から言問通りを桜木方向に善光寺坂を上り始めたくらいの右側で、厳密に言うと住所は店名どおりに台東区＇谷中＇である。

　坂道に面しているので、階段を少し降りて引っ込んだ所に暖簾がかかっており、この地に相応しい瀟洒な佇まい。
　玄関で靴を脱いでスリッパに履き替えるスタイルで、板の間の店内は間接照明を上手に使った明るめだが落ち着いた雰囲気。
　内部は意外に広く、手前と奥に分かれたスペースに20席余りがゆったりと配されている。
　店はご主人と女将さんの二人体制のようだ。
　
　到着したのは1時を過ぎたころで、先客は一人という状況。
　手前の部屋の一人でも居心地の良い、衝立を挟んで座るカウンター状の席を選ぶ。

　まずはビールだが、蕎麦屋には珍しい黒ビール（アサヒ黒生の小瓶）が目に付き、今回はこちらで始める。
　肴は夜限定のものもあるが、昼でも蕎麦前を楽しむには十分なラインナップ。
　その中から次の3品を注文。

　「そばとうふ」：ハーフサイズでも頼めるので、これでお願いする。
　＇手作り＇という但し書きがあり、自信作のようだ。
　蕎麦豆腐にも色々な手法があり、胡麻豆腐のように葛を用いるものや、溶いた蕎麦粉を寒天で寄せるタイプもあるが、こちらは蕎麦がき状に練り上げたものに少量のゼラチンか寒天を加えて固めていると思われる。
　そばつゆが掛かり山葵が添えられており、もっちりとした舌触りがなかなか良い。
　
　「わさび菜と辛み大根のおろし和え」：わさび菜はシーズン中に茹でて冷凍されていたもののようで、これを刻んで辛味大根おろしを添え、糸がき鰹と刻みのりが添えられている。
　醤油を垂らして自分で味を調整するが、適度な辛みと食感が面白い。

　「海老の天ぷら」：天ぷらも試してみたくて、単品でも頼めるとのことで海老を一尾注文。
　やや厚めの衣で花も咲かせた所謂＇蕎麦屋天ぷら＇だが、さくっとした上手な揚げ上がり。
　塩だけで食べさせるが、素材のうまみもきちんと感じられる。

　酒に山形の「出羽桜」を追加。
　女将さんが一升瓶から、下皿と対になった専用グラスに溢れるほどに注いでくれる。
　これらで暫しゆるりとした時間を過ごす。

　蕎麦はこの時期＇変わり蕎麦＇に「柚子切り」を打っており、これと「せいろ」を合わせた「二色せいろ」を注文。
　箱盛りのスタイルで出され、つゆも徳利を使うひと手間が好ましい。

　まず柚子切りを２.3本手繰って見るが、それほど切りは細くないため清冽さには欠けるが、香りは程よくまずまずの出来。
　せいろは＇二八＇と思われるが、食感とのど越しが心地良い、野趣の少ない東京人好みの蕎麦である。

　つゆはやや甘めだが、かえしと出汁のバランスはとれている。
　薬味の山葵は今一つ。
　蕎麦湯は江戸前本来の、小細工のない釜湯のままの自然体のため、綺麗に伸びて後味はすっきり。


　蕎麦やつゆには「一茶庵」系の仕事が確認でき、私にとっては最も安心できるスタイル。
　味の面で跳びぬけたもの無いが、蕎麦も蕎麦前も水準以上のレベルは認められる。
　落ち着いた雰囲気や清楚な店構えでは、都内の新しい蕎麦屋の中でもトップクラス。

　場所柄お彼岸の頃は混み合うことも予想されるが、普段は昼からゆっくりと「蕎麦屋酒」が楽しめる店。
　＇谷根千散策＇のついでに寄るには相応しい店としてお勧めしたい。