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妾住んで花白粉の垣根かな
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Mr.ぴぃ
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店名 |
DEN(デン)
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受賞・選出歴 |
喫茶店 百名店 2022 選出店
食べログ 喫茶店 百名店 2022 選出店
喫茶店 百名店 2021 選出店
食べログ 喫茶店 百名店 2021 選出店 |
ジャンル | 喫茶店 |
お問い合わせ |
03-3875-3009 |
予約可否 |
予約不可 |
住所 | |
交通手段 |
JR山手線・京浜東北線【鶯谷駅】南口より徒歩5分 鶯谷駅から312m |
営業時間 |
営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。 |
予算 |
¥1,000~¥1,999 |
予算(口コミ集計) |
¥1,000~¥1,999
¥1,000~¥1,999
|
支払い方法 |
カード不可 電子マネー不可 QRコード決済不可 |
席数 |
(5テーブル) |
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個室 |
無 |
貸切 |
不可 |
禁煙・喫煙 |
全席喫煙可 20歳未満は保護者同伴であっても入店不可。 2020年4月1日より受動喫煙対策に関する法律(改正健康増進法)が施行されており、最新の情報と異なる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。 |
駐車場 |
無 |
料理 | 朝食・モーニングあり |
---|
利用シーン |
こんな時によく使われます。 |
---|---|
オープン日 |
1972年 |
初投稿者 | |
最近の編集者 |
|
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山手線で一番乗降客数が少ない駅、鶯谷にいる。
戦後、爆発的に急増した連れ込み旅館だが、鶯谷も其の例に漏れず、他の仕事からの転業組が旅館を営み、老朽化した後にリニューアル、今のラブホテル街が形成された。しかしだ。江戸時代は初音の里、鶯の名所として知られ、金杉の古称で上野山の東麓の俗称でもある根岸は文人墨客に愛された。明治以降で云えば、名を常軌、別号を獺祭書屋主人、亦の名を竹の里人、そう中国の故事に由来させたホトトギスを名乗る正岡子規の終の棲家がある街だ。
幻影城訪問の前日は、子規生誕150周年と云うことで、子規庵を訪れた。
子規庵の目の前には中村不折旧宅である書道博物館がある。洋画家、書家である不折は、宮坂醸造の真澄や新宿中村屋の商品表記を手掛けた。書道博物館は不折の収集品も展示されており、中には重要文化財に指定されているものもあるので、興味があれば、子規庵と併せて訪問して貰いたい。
さて、子規と云うと、健啖家のイメージが強い。晩年と云うには35年と云う短い生涯であった子規は労咳を患っていた。当時、死病として恐れられ、伝染を避ける為、隔離されていたイメージが強い病気だが、労咳発症後に書かれた随筆を読むと、多くの見舞客が終の棲家子規庵に訪れた。いろいろな土産物、食べ物が持ち寄られた。作家、文人の多くは好奇心大生な人間が多く、其の時の流行りには目が無いことが多く、今では老舗の店となっているケースも多いが、当時は最先端の店だったり、話題の食べ物を提供している店であることが多い。
明治32年に書かれた「ゐざり車」と云う短文の随筆がある。
妻なる人、氷はいかに、といふ。そはわろし、と虚子いふ。アイスクリームは、といふ。虚子、それも、といはんとするを打ち消して、食ひたし、と吾は無遠慮に言ひぬ。誠は日頃此物得たしと思ひしかど根岸にては能はざりしなり。二杯を喫す。此味五年ぶりとも六年ぶりとも知らず。
最初の喀血は明治22年で、死の今際から7年間は病苦と戦ったイメージが強いが、此の随筆は亡くなる3年前に書かれたもので、病を押して高濱虚子宅を訪問したが、虚子の制止を聞く素振りも見せず、アイスクリームを二杯食べたと云う話。
其の礼状と共に
一匙のアイスクリームや蘇る
他1編、アイスクリームを題材にした初めての俳句を付けて寄越したとされ、此れを切っ掛けにアイスクリームが季語になったと云うことだ。
序での話。東京銀座の資生堂薬局内に資生堂ソーダファウンテン(資生堂パーラーの前身)が開設されたのは明治35年。当時の日本では未だ珍しかったアイスクリームやソーダ水を提供し、其の味が根付くことになるのだが、子規や虚子が如何に洒落ていたかわかるだろう。
さて、糸瓜と鶏頭の子規庵を後にして、本来ならば豆腐屋に行くのが正しいのだろうが、折角なのでDENに行くことにした。
昭和46年に開業した店で、グラパン、クリームソーダ、こだわりプリンを目的に訪問する店と云い切って良いだろう。
グラパンは食パン一斤を丸ごと使った品書きで、中にグラタンが並並と入っている。食パンは山崎のロイヤルブレッドでなければならないらしく、ガスコンロを使って一斤を焼く。平日は、エビ、ハム、エビとハムとベーコンのMIXの3種類から選択するが、土日祝日は牛スジシチューのデミグラスグラパンが登場する。
コーンでクリームソーダ―の蓋をして出すのが、此方のクリームソーダ―で、其の姿を一目見てしまうと、フロート系撰ばざるを得ないだろう。ソーダの他に珈琲、コーラ、ミルク、ココアとあるが、フォトジェニック的にはクリームソーダの右に出るものはない(笑) と云いながら、珈琲に飢えていたんで、註文は珈琲フロート。
こだわりプリンも紹介をしておこう。一日限定12食。昔ながらの堅めのプリンで、他の二品とは違って、開業当初からの唯一の品書きだ。グラパンを頼むと、プリンに手を出せる猛者はそう居ないと思うが、鶯谷の店だからこそ食べたい…と迄云わないが、現物を見てしまうと食べないことが惜しくなる、そんな一品だ。
グラパン、フロートはセット商品みたいなものだが、一人で此れに挑むとなると、当日は食事制限をした方が良いだろう。と云う前に、食べたくても悔しいかな、其れを承知してくれる状況にない。老いたと云うことなんだろう。
周辺の街歩きを楽しんで、ジャンクにデートを過ごしても良い相棒となら、レトロな店内でわいわい云うのも偶には良いのかもしれない。
駅前が誤解を与えかねないので、其の辺は注意が必要かもしれないけどね。