実直で素直な江戸前天ぷらを戴ける : てんぷら 下村

こちらの店が新規開店した事は９月末に聞いていたので存じてはいたが、同時期に築地桂太の鮨の方に流れてしまった中々訪問がかなわなかった。
今回は春の山菜で生命の息吹を愉しみたくなり初訪。

コースの中身をご主人にうかがいながら、結局No.３(12,000円)のコースとし、追加で丸十をスタートからお願いした。
ちりめん山椒が小鉢で付いて来て、ちょっとした酒のアテにピッタリだ。


初めは巻き海老の頭から始まり、胡麻油の香ばしくもサラリとした旨味で質の良さと鮮度抜群で歯切れも素晴らしい巻きの頭の美味しさを堪能。
衣は限りなく薄く、癖のない綺麗で白い揚げ上がりは太白であろうか？
ここはサッポロラガー(赤星)の苦味と炭酸が美味しさを倍増させてくれる。
続いて巻きが一本づつの２本供される。
レア過ぎ無いミディアムレアな仕上りが甘さとフレッシュ感を伴って口内を幸せにしてくれる。
初手から甘くて美味しい巻きを頂き、これからの素材が楽しみになってくる。

タラの芽も鮮度と質が良いのか嫌味な苦味は無く、程良い苦味に甘さも感じられた。
蕗の薹は蕾が未開花の物で、香り洗練で若々しくも力強い風味がこの時期ならではで堪らない。
キスはフンワリホコホコで瑞々しい。
半分に割り、天つゆと塩双方で愉しむ。
見た目が白く、揚げ油の特色が存分に出ている。
天つゆはキチンと鰹からの出汁が利いているが行き過ぎ無い旨味の制御が素晴らしい。
甘ったるい天つゆは苦手だが、こちらは砂糖は使われていないと感じさせる仄かな甘味が奥底に感じ、味醂のみからの天然由来からの自然な甘味と思われる。
コク、キレのトータルバランスに優れた当方が大好きな天つゆの味わい。
筍もエグ味の無い、柔らかくも力強い風味が利き、間に忍ばせた木の芽の当り加減もまた強過ぎて筍のホンワカと優しい風味を損なわせない絶妙な量の添え加減。

この日の白眉は琵琶湖産という稚鮎。
10cmをやや超えた位のサイズであったが、この肝の甘さが凄かった。
勿論稚鮎の肝の風味も携えているのだが、苦味より先に甘味が来るという不思議な体験をした。
塩で戴く事により肝と化学反応を起こして苦味より甘味を際立たせてくれる作用が働いたのだろうか。
周りはサクッと、中はしっとりフワフワでジューシーな火入れは今まで戴いてきた稚鮎の天ぷらの中では群を抜く美味さと言えよう。

コシアブラの鮮烈な香りが初めに訪れ、油との相性がどの山菜よりも頭一つ抜きん出た旨味。
レンコンのサクッとした歯触りの後にネットリとした粘りと甘味は素材の力強さを感じる。

ここで辛口純米吟醸の日本酒(龍の尾)に切り替える。
春を告げる白魚も柔らかい苦味の大葉で包まって、ホッコリと揚がり持ち味の甘味が存分に引き出されている。
生で食べる時の素材由来の苦味は上げる事によって癖も除去される様。
グリーンアスパラも春美味しい野菜で瑞々しい甘いエキスが溢れ出ている。

白眉とは別に驚いたのは穴子。
２〜４月のこの時期の穴子は鮨好きの人達なら説明不要であるが、産卵の時期で栄養分が全て出払ってしまったかの如く脂と旨味が抜け切ってしまっている。
見た感じのサイズは100gちょいの大きさの物だ。
当方の穴子の食べ方は、半分にして頂いているため半分は天つゆで、半分は塩で戴くのがセオリー。
しかも激アツだから火傷をしないように頭の方はジュッと天つゆに付けて戴く。
すると想像以上に穴子本来の野趣溢れる風味が口内から鼻腔へと抜けていった。
衣で閉じ込められて外側はカリッと揚げられた穴子は自分の旨さを凝縮させて待ち構えていたのだ。
そこに天ぷらの揚げの技巧で余分な水分や雑味を上手く取り除いてはち切れんばかりに充填された穴子の持ち得る旨味を香りに乗せて爆発させた感じ。
身の脂や旨味に不満は無く、産地を確認したところ長崎は対馬産とのこと。
江戸前はやや泥臭みがあるので基本線は対馬穴子を使用されているという。

最後に追加の丸十が揚げ上がった。
写真用に切る前の個体を観せてくれた。
かなりの厚みのある切り付けで、天ぷら近どうの名物の様。
提供されるカットも真ん中の部分と端の部分と２種に分けて面白い。
途中でこれにVSOPのブランデーを数ダッシュ掛け、塩で戴くとまたデザートの様な違った一面をのぞかせてくれる。
これは初めての体験で美味いねー。
ブランデーは原酒で薄めたり煮詰めたりはしていないとのこと。

〆にアイスクリームかシャーベットが用意されていて、口直しのデザートを戴いて終了となる。
当方は春の名残の桜のアイスクリーム。
自家製では無いが、一般販売されていないもので、桜の葉を合わせて香り高い一品。
桜の葉の塩辛さと生乳との相性も大変合う。

12,000円のNo.３を２つに丸十、中瓶ビールに日本酒１合で１人頭税サ込15,000円を切る価格で本物の職人の技と季節の旬の素材を味わえるのは中々のお値打ち価格と言えよう。

ここ数年の鮨バブルに天ぷらバブルも追随し、鮨屋程ではないが天ぷら屋も粗製乱造の嫌いが鼻をつく。
天種も牛肉のシャトーブリアンやらフォアグラやキャビアだのと強い風味のコテコテした足し算料理が溢れている。
下手な物だと天ぷらの上に肝ソースや白子ソースとか何か変な方向へ向かっていってしまっている嫌いがある。
こちらでは高校卒業してから山の上ホテルで真面目に実直に修行された叩き上げで燻し銀の天ぷら職人が揚げるシンプルで外連味の無い当方好みの天ぷら。
また季節毎に伺って主人の技術を愉しみたい。