世界を律する理路の解明を渇望し、不滅の魂を求めた王が、最後に得たもの。 : 吉祥

アメ横の屋台的路面店舗で、あなたはその料理を食べ、そしておもう。
なぜ、その料理はふうがわりな名で呼ばれるでしょう？
そしてその主役を成す物質はどのように生まれ、
どのような脈絡でかの地で二千年にわたって愛されてきたでしょう？
すべては、伝説の王、劉安に由来します。


王・劉安は学者肌の人間であり、
この世界のすべてを律する理を渇望した。
昼の光と、夜の闇。
風と雲。嵐。龍とはどのような生物なのか。
天と地と人にどのような関係があるのか。
たとえば、鶏卵が孵化するにあたって、どのような力が働いているだろう。
命のはじまりと終わりにどんな天命がはたらいているのか。
天に従う者がいる。道楽者も。従者も。天に従わず、俗に従う者も。
人の性情とはどんな力によって決定されるのか。
かれは心に決めた、見えないものの力を見定めるのだ。
この世界をつかさどる神秘の力を、わが手中に収めるのだ。
いわばかれはすでに俗世間に住まず、霊力の宮殿に暮らしていた。
かれは名だたる知者を集め、議論を重ね、そして真理を手に入れた。


混沌初开。すなわち、まずはじめにどろどろがあった。
そのどろどろのなかからやがて形が生まれはじめた。
そのうちに世界は徐々に形成されてゆき、以来、変化を止めることがない。
一方に太陽の輝きがあり、他方に月の光がある。
太陽が雄ならば、月は雌だ。
すなわち陽があり、陰がある。
陰／陽。このふたつの力が世界を律しているのだ。
両者のバランスが取れているとき、
天は徳に覆われ、地は喜びに満ちる。
人の心も乱れることがない。
逆に言えば、乱世とはあるべき調和が破壊された状態なのだ。
このとき徳は偽善に変わり、
知恵は愚か者たちを脅かす道具になる。
霊は夜泣きし、龍は玄雲に登ってゆく。
崑崙の神々はどこへ去った？
この世界からどんどん徳が薄くなってゆく。
王の仕事とは、天と地と人のあいだに失われてしまった調和を取り戻すことなのだ。
こうして、類まれなる壮大な宇宙論が生まれた。


しかし、劉安はそれでもまだ満足できなかった。
かれは問うた、なぜ人の寿命は七十歳なのか。
かれは五十歳にして、不滅の魂を求めた。
そこでかれは八公山に、八人の知者たちを集めた。
俗人どもに怪しまれぬよう、劉安は賢明にも、
かれらに道教の僧侶に変装して来るよう言い渡して。
かれらは、千の昼と夜にわたって、長い議論と試行錯誤を重ねた。
かれらが心底疲れ果て、すべての希望を失いかけた頃、
ある知者が、火を燃やし、鍋に大豆と水を入れそれを沸騰させた。
そしてかれは大豆の姿を消滅させしめ純白の液体を作り出し、さらには、
岩塩の採れる場所で発見された白い鉱物を粉状に砕いたものをひとつまみ落とした。
するとどうだろう、大豆液の蛋白質は神秘の力でその様態を変え、
そしてとうとう雪のように白く壊れそうなまでに繊細な物質が生まれた。
誰もが口々につぶやいた、「离奇、离奇（摩訶不思議なり！）」
この世の中に水より柔らかい物質は存在しない。
しかし、この物質は形を備えながらも、しかし自らを失う限界まで水に接近している。
知者たちは畏怖の念にとらわれた。
誰もが息を飲むなか、劉安は威厳をもって、そっと目を閉じ、
おごそかにその純白のマテリアルを口にした。


それから後のなりゆきは、杳として知れず。
いずれにせよ、結果が残念なものであったことは明らかだった。
その物質はけっして王に不死の魂をもたらしはしなかった。
しかし、好吃。 なんて優美なおいしさでしょう。
それは噂となって、東西南北に広まった。
その物質は、いまでは豆腐と呼ばれています。
王、劉安が発明するまで、
この世界に豆腐は存在しませんでした。
そして豆腐を主役にすえたその料理は、
「豆腐脑 dòu fǔ naǒ＝豆腐脳」と呼ばれ、
二千年にわたって支那で、あまねく広く愛されています。


豆腐脑は、暖かい豆腐にスープをかけた料理です。
いろんな味つけが地域ごとにあるらしい。
シロップをかけてスイーツとして食べる場合は、豆花と呼ばれます。
こちらアメ横センタービル路面店の吉祥さんでは、
豆腐にほんのりうまみのあるチキンスープをかけて、
ピンクの干し海老、アサツキの小口切りの緑、
そして細切り搾菜片で彩りを添えて300円で提供しておられます。
けっして驚くべきおいしさというわけではないけれど、
この料理はあなたの心を古代の王のもとに運びます。
そんな料理は、他になにがあるでしょう？


吉祥さんは、いかにも上海屋台店、
テイクアウトもできますし、テラス席（？）も６席あります。
料理人の上海ねえさん徐 xú さんは陽気で、いい感じです。
生煎包（焼き小煎包）も人気で、
どくとくな大きさの、むっちりおいしい小肉まんです。


メニューはこんな感じです。
韭菜饼 　300円　
羊肉串　１本 150円　
生煎包（焼き小煎包）４個400円
油条　1本200円
麻辣汤　700円
酸辣面　700円
咖喱牛肉汤 300円
鸭心６個 300円　鴨ハツ


あなたもアメ横センタービルで、古代の王の魂に触れてみませんか？
なお、『三國史』をもとにした娯楽読み物『三國演義』のなかには、
王・劉安と食について、魂を震え上がらせるエピソードが書かれています。
あれほどまで調和を求めた王が、なぜ。


アジア飯、美味の向こうになにがある？
http://tabelog.com/rvwr/000436613/