ミシュラン星付きのおでん : あざぶ 一期

ミシュランの星を10年間取り続ける京懐石割烹。関西風の出汁を使ったおでんがスペシャリテ。京野菜や備長炭で焼く魚、西日本の黒毛和牛など、食材へのこだわりも単なるおでんの店と思ってはいけない。おでんは京懐石のコースで言えば、椀物や煮物のイメージ。食事前の留肴のように、ある意味〆めの料理の位置付けとなっている。京風の出汁をベースに、ネタごとに出汁の味付けを変えて調理するおでんは、どのネタも素晴らしく美味しい。

今回の肉料理はすき焼き。備長炭の1人用火鉢が目の前に置かれ、中居のようなスタッフがすき焼店のように丁寧に調理してくれる。鹿児島県産黒毛和牛A5等級、サシの多い肉の旨味が、たっぷりの割り下に染み出して、豆腐や野菜まで、あたかも牛肉のような味わいになっている。おでんを食べに来たはずが京懐石風に驚かされ、さらに本格すき焼き店の趣に、面白くてつい笑みが溢れる。

コースは摺流しの先付から始まる。季節の擂り流しは空豆。京風の軽さがシャンパーニュを進める。旬の食材を満載した八寸の手が混んでいる。向付は虎河豚。軽く炙った備長炭の香りが、河豚の薄造りのオリジナル。焼き物も備長炭による丁寧な仕上がり。アイナメのほくほくの食感と、サクラマスの西京味噌漬け焼きの香りと味わいが2極対比の面白さ。すき焼きに続いて、ようやくスペシャリテ、おでんの出番となる。

一番人気のおでんは玉子。上品な出汁が沁み込んだ半熟玉子の美味しさは言うまでもない。地鶏のつくねも旨みたっぷり。つぶつぶの食感も日本酒に合う。はまぐり、たこ、さえずりなどの海鮮と複雑な出汁の組合せが文句なし。餅と岩海苔と出汁のトリオも美味しい。そして出汁と言えば大根。昆布や鰹節、鯖節など手間隙かけた複雑な美味しさの出汁が均一に中まで沁み込んだ大根はおでんの王様らしい。

乾杯の泡はシャンパーニュがハーフボトルで用意されている。王道のおでんには王道のシャンパーニュ、ランソン。クラシックな造りの味わいが京風の上品な出汁にぴったり。日本酒は全国の銘酒を1通り。今回は宮城の伯楽星。滋賀の松の司は生酛純米。料理に合わせて日本酒の味わいを変えられるよう幅広いバリエーション。

おでんをスペシャリテにする京料理でミシュランの星を取り続ける懐石料理の店。出汁の丁寧な造りが複雑な味わいで、上品なおでんの秘訣となっている。焼き物は備長炭でじっくり火入れし香りが楽しめる。肉料理もすき焼きなら、すき焼き店のような肉の質。食事の出汁茶漬けから〆めの葛きり、お薄まで、京料理を堪能できるおでんの店。他に無いジャンルの日本料理店として、これからも人気を維持し続けるものと思われる。

お任せコース　15500円
先付　空豆の摺流し
八寸　若布と山菜　蕗の薹の天麩羅
　玉子焼き　飯蛸煮　空豆　百合根
　車海老　木の芽和え
向付　虎河豚炙りの薄造り
鉢肴　備長炭焼き　アイナメ焼き
　サクラマスの西京味噌漬け焼き
強肴　すき焼き
　鹿児島県産黒毛和牛A5等級
留肴　おでん　一期玉子　地鶏つくね
　はまぐり　大根　牛すじ　たこ
　さえずり　餅と岩海苔
食事　出汁茶漬け　山芋　白胡麻
香の物
水菓子　葛切り
お薄

NM CHAMPAGNE BRUT
　Lanson 1760 BLACK LABEL
　7200円/375mlボトル

伯楽星　純米吟醸　新澤醸造店
　宮城県　1350円/1合徳利
松の司　生酛純米　松瀬酒造
　滋賀県　1700円/1合徳利

別途消費税・サービス料10 %

おでん専門店でありながら、ミシュランの星を持つ珍しい店。見た目は関東らしい濃いおでんではなく、関西っぽい薄い出汁の色合い。その味わいに醤油らしさは感じないが、かなり塩を効かせている。濃さから言えば間違いなく関東風。スペシャリテは半熟に近い玉子のおでん。黄身のとろみが何とも美味しい。牡蠣や季節野菜など、本日のお勧めおでんが楽しみな顔ぶれ。

焼き物も備長炭を使った炭火焼きを売りにしている。北海道産のししゃもが、ぷっくり太っていて素晴らしい。頭と尾びれをカリカリに揚げて添えている。この頭と尾びれが特に美味しい。カウンターのガラスのショーケースには、大きなタラバ蟹が1匹。焼きタラバはその足を2本もぎ取って焼く。火入れは炭火らしい、ふっくら柔らかな食感。あまり時間をかけずに火を入れるので、殻の焦げた香ばしさや身の甘みが少ないあっさり感。

おでんは、こんにゃく、はんぺんなど、あまり味が染み込まない素材が、この出汁とは丁度良いバランス。たっぷり煮込んだおでんとは違うカテゴリーの味わい。日本酒との相性を考えると、上品な味わいで出汁の染み込みにくい素材が、このおでんには合う。日本酒は久保田万寿や八海山と、いかにも万人向け接待銘柄が並ぶ。他には黒龍や鄙願など、そこそこの品揃え。

場所は麻布十番の六本木ヒルズ寄り。鳥居坂下の交差点から十番の商店街方面に下って、商店街との交差点を越えた左角。ビルの地下に在る。エントランスは1階にサインがあり、足元灯が地下に降りる階段に沿って、洒落たアプローチを演出している。狭い入口で靴を脱ぐので、ブーツの女性には注意が必要。

カウンターやテーブルの席は掘り炬燵式で、肌寒い日でも床暖房が効いていて暖かい。照明はかなり照度が低く、カップル向きの雰囲気。カウンターの正面真ん中にあるおでん鍋は、うす底の楕円にデザインされ、鍋まで洒落ている。

いかにも関東らしい、真っ黒なおでんを期待する向きには拍子抜けのおでんかもしれない。見た目の薄い出汁から、上品な京風を思い浮かべても、味わいは濃い目となっている。色々な意味で間を狙ったこの店のおでんは、バランス感覚に優れたある種の新しさがあるかもしれない。ミシュランの星も、その新しさに付いていると思える。

≪今回の料理≫
お通し　海老の芋寿司　桜鮨　桜海老のかき揚げなど5種類の前菜盛合せ
一品料理　完熟トマトのジュレ掛け　880円

一期の焼き物　北海道産本ししゃも　時価
本日のお奨め　焼きタラバ蟹　時価

おでん
一期玉子　340円
大根　350円
こんにゃく　340円
はんぺん　280円
蛤　650円
ふき　時価
広島県産牡蠣　時価

≪今回のワイン≫
NV Champagne TRADITION BRUT ZERO VARNIER FANNERE　1500円/120mlグラス

≪今回の日本酒≫
鄙願　大吟醸　大洋酒造　新潟県　1800円/1合徳利
黒龍　純米吟醸　黒龍酒造　福井県　1300円/1合徳利
瀧澤　純米吟醸　信州銘醸　長野県　950円/1合徳利