空也もなかを召しあがりながら、漱石先生の秘密の性生活の謎を解いてみて。 : カフェ・ソウセキ

わたくしは漱石先生に殺されました。
「紅を弥生に包む昼たけなわなるに、
春をぬきんずる紫の濃き一点を、
天地（あめつち）の眠れるなかに、
鮮やかに滴らしたるが如き女」、
それがわたくしだそうです。
「夢の世を夢より艶やかに眺めしむる黒髪」、
「黒き眸」、それは「春に居て春を制する深き眼（まなこ）」だそうな。
ここまで絢爛豪華に形容されれば、それはわたくしだっておもいますわ、
惚れたな、わたくしに、って。オホホホホ。
もっとも、こういうことはわたくしにとってはよくあること、
日常茶飯事でございますから、べつだん驚きはしませんけれど。


むしろわたくしがびっくり仰天いたしますのは、
このわたくし藤尾を主役とした長編小説『虞美人草』の結末の場面ですよ。
なぜかわたくしは、世にも稀なるエゴイストの悪女扱いされるではありませんか！
わたくしは美貌と才知と財力をかさに着て、
未来ある俊英英文学者・小野さまの心をたぶらかし、
小野さまを奴隷にせんとする悪女である、と誹謗中傷されるのです。
いったいわたしのなにがいけなかったでしょう？
わたしのどこがエゴイストでしょう？
まったくもって言いがかりです。
にもかかわらず、あのおせっかいな田吾作の宗近が道理を持ち出し、
小野さまのわたくしへの清らかなる愛をあろうことか翻意させてしまい、
けっきょくわたくしは屈辱のあまり自死に追いやられてしまう。
まさにあれは憤死でございました。
我は漱石先生の咎を知る。漱石先生の罪はつねにわが前にあり。
わたくしは漱石先生に殺されたのです。


しかし、そんなわたくしも霊界にて、漱石先生の後の作品『こゝろ』を知り及び、
ははーん、と腑に落ちました。
だって、あの小説って、バイセクシュアルである妻帯者が隠し持った、
かつてかれが同性愛と異性愛を両方満足させたかったがために三角関係の悲劇を招き、
その悲劇にいまだに苦しめられる中年男の物語でしょ。
はやいはなしが、主人公の「先生」は、
男友達とひとりの女を奪い合って、
けっきょく自分が女の愛を獲得したものの、
結果、男友達が自殺しちゃって、
そのことを「先生」はえんえんぐずぐず悔いている。
なお、この「先生」の告白は、
海辺で出会ってすぐ仲良くなっちゃった、
水着姿の「先生」にねっとり熱い視線を投げかける青年に向けてなされていて。
はやいはなしが、『こゝろ』って、
ある男が自分の人生を自分で終えんとするその最後に、
自分はバイだったことをカミングアウトする小説であり、
男同士の愛は尊いんだ、っていう勝手な主張でしょ。


なるほどね、わたくしはようやく納得できました。
漱石先生が女をバカになさるわけですわ。
いまにしておもえば、漱石先生のあの隙のないお洒落、
あのダンディズムも誘惑的です。
また、若かった頃の金之助さん（漱石）と子規さんは
まるで仲睦まじい恋人同士みたいです。
さらには、後年の漱石先生の木曜会に集う門下生たちも男ばっかで、
しかも、「おれこそがいちばん漱石先生に愛されている」とかなんとか、
男同士でわけのわかんないことを競い合っていらっしゃるでしょ。
なんですか、あれ？　しかもあの連中は、
おれたちの方が奥様の鏡子さんよりもよほど漱石先生に愛されている、
だって、おれたちインテリだもーーーーんッ！
とかほざいてらっしゃるでしょ。
バッカじゃないの！？？
しかも、なに、とくに森田。
森田の夢につきあってあげた雷鳥さんもあなたのいくじなしぶりに呆れてらしたわね。　
あぁ、やだやだ、いくら漱石先生が、
日清、日露と戦争に勝って慢心する日本人に警鐘を打ち鳴らし、
国民皆兵の大日本帝国にあって、国家主義が人の自由を束縛してゆく傾向に、
強い危機意識を持ち、
資本主義の競争社会のなかで、
人の自我が肥大し、みんなカネに目が眩み、
欲望を全開させ、道徳が失墜していることを嘆き、
かつまた漱石先生が絢爛豪華な知識とヴォキャブラリーに恵まれていて、
西洋の近代小説とは違った、
東洋ならではの近代小説のかたちを打ち立てんとする壮大な野心家だったとしても。
それはそれとして、けっきょくそんな漱石先生の輝く知性も新機軸の試みも、
ゲイのセクシュアリティバイアスとともにあるという疑いが濃厚です。
だって、『こゝろ』がある以上、そうおもわざるを得ませんわ。
もっとも、ヒトには性があって、人の性的ファンタズムは人それぞれですものね。
たとえバイだったとしても、漱石先生の偉大さはかわらないでしょうけれど。
いいえ、それどころか、いまLGBTが尊重される現代に颯爽と蘇る、
〈バイセクシュアルとしての漱石先生〉なのかもしれませんわね。
しかし、わたくしにとっては割り切れないおもいが残ります。
正直申し上げますと、許しがたい、という言葉さえ喉元まででかかっています。
もっとも、あくまでもこれはわたくし藤尾の個人的な見解で、
けっしてわたくしはあなたにおのれの意見を押しつけはしません。
どうぞあなたはあなたでご自分でこの件についてお考えになってくださいね。


新目白通りと早稲田通りが交差する弁天町交差点そばに、
夏目漱石を主題にした漱石山房記念館があります。
こぢんまりした展示室ながら、漱石好きには魅力的です。入館料300円。月曜休館。
なお、地下には漱石関連の本を集めた図書館があって、こちらは無料。
そして一階には、こちらカフェ・ソウセキがあります。
しばらく休業中でしたが、きょう伺ってみたところ、再開されておりました。
人気は、空也もなか　と　飲み物のセット　750円　
（飲み物は、紅茶、コーヒー、ほうじ茶、柿の葉茶）。
空也もなかは、本店では予約なしには買いにくい人気商品ですから、
和菓子好きはこちらカフェソウセキで召し上がるのもテです。
シルキーで上等な餡が香ばしい焦がし皮に包まれていて、おいしい。
漱石先生が、糖尿病にもかかわらず、愛し抜かれた理由もわかります。
それにしても悩み多き漱石先生の傷だらけの人生、
そしてその秘密の甘い生活、
謎は深まるばかりです。
それはそうと漱石作品読んじゃうと、
ついつい二次創作したくなりますね。


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