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鍛冶橋通りのコモンウェルスもしくはロンドン
鍛冶橋通りを歩いていて初めてこの店の佇まいを目にした時、あまりにも懐かしく切ない気持ちで胸が一杯になり、思わず歩みを止めて「Gumtree!?」と小さく叫んだ。
Gumtreeは、英国最大のオンラインClassifieds adsだ。売ります買います、フラットメート求む、うちの猫が迷子です‥等々、日常生活に必須なあらゆる情報を地域コミュニティーの参加者間で交換し、当事者同士で取引する。かつてロンドンで学生生活を送っていた私は、もっぱら売ります買いますを利用し、安い本棚を探したり、使わなくなった教科書を売ったりした。
当時、英ポンドが対ドル、対ユーロ、対円いずれでも異常ともいえる水準に高騰し、私自身も含め、これら通貨圏からの留学生達は、預金残高が怒濤の勢いで減っていくのに戦慄を覚えながらロンドン生活を送っていた。
しかも、ノイローゼに追い込まれるほど過酷な量のアサインメントと試験のプレッシャー。そんな中、精神のバランスを正常に保つため、私たち学生は何らか小さな悦楽を、月一回あるいは試験後など、機会を限定して自分に許していた。私のそれはコーヒーだった。
ロンドンの繁華街の一つ、コヴェントガーデンにMonmouth Coffee Companyという、コーヒー豆の量り売りをしているカフェがある。地元ロンドン出身の友人に連れて来てもらって以来、この店のコーヒーの味と心地良い雰囲気が気に入った私は、月1回ここでコーヒー豆を買い、ついでに店内でカフェラテを一杯飲んだ。
陶器のマグに入ったカフェラテに、ケーンシュガーを少しだけ入れスプーンでかき混ぜる。立ち上る甘くほろ苦い香り。木の温もりのあるMonmouth の店内でカフェラテを啜る時間は、本当はこんなところで寛いでいる暇など無いという背徳感と背中合わせに、限りなく深い悦楽をもたらしてくれた。
鍛冶橋通りを歩いていて偶然見つけたカフェ、Gumtreeはの佇まいは、コヴェントガーデンのMonmouth Coffee Companyのそれに瓜二つだった。
黒に近い濃紺のキャノピー。天井から吊り下がるブリティッシュグリーンのランプ。黒板にチョークで手書きされたメニュー。そしてその店名!経済的に苦しかった私の学生生活を支えたサイトGumtree。過酷で、でも楽しかったロンドン学生生活の様々なシーンが一気に脳裏に蘇り、軽いトランス状態を体験した。
Gumtreeの店にドアは無く、鍛冶橋通りに面して開かれている。カウンターの中では、バリスタの男性が一人できびきびとコーヒーを淹れ、お客をさばいている。
「ね、このお店、ロンドンのカフェをイメージして作ったんですよね?」
私は尋ねたくて仕方がないが、順番待ちしているお客さんが多く話しかけられない。
初めて来たその日は、エアロプレスで淹れてくれるレギュラーコーヒーを頼んだ。その後、アイスコーヒーやカプチーノなども一通り試したが、私が一番気に入っているのはカフェラテだ。
使うのは、カウンターに輝く磨き込まれたマルゾッコ。フィレンツェが生んだこのエスプレッソマシーンの高級機種は、気温や客の好みを見極めて投入するコーヒーの量や密度を調整し、最高のコーヒーを作り出すことができるが、技量のあるバリスタでないと使いこなせない。
カフェラテの注文を受けると、バリスタの男性は、マルゾッコの脇に置いたミルにコーヒー豆を手早く投入する。ミルの回転音とともに挽きたてのコーヒーの香りがカウンターに漂う。エスプレッソが抽出される間、ミルクを測ってマシンに仕掛ける。ノズルからスチームドミルクが滑らかに噴き出し、ステンレスのジャグに盛り上がる。ジャグを手に取ると、ミルクをエスプレッソの上に神経を集中して注ぎ込み、ハートの模様を作り、フタを被せ「お待たせしました」と笑顔で手渡す。この間、約1分。作業行程に無駄が無くリードタイムは短いが、その1分間の動作の中に、一杯の飲み物に心を込めるバリスタの真摯な態度が現れている。
そしてこの、スチームドミルクから立ち上るエスプレッソの鮮やかな香り。圧力が低い家庭用エスプレッソマシーンや素人では絶対に出せない、プロならではのものだ。
朝7時30分、開店と同時に行くと、カウンターの奥の木箱の中には艶やかな焼きたてのパンが並んでいる。クリームパン、メロンパン、オレンジペストリー、ナッツとドライフルーツが入った「レトロ」。どれも素朴でさりげなく、添加物を加えていない清らかな味がする。値段も150円から180円と安い。木箱には、Piemonte、とオレンジ色のステンシルが施されている。これらのパンは、浦安市猫実という可愛い名の街にある、昭和47年創業のピエモンテというパンやさんから毎朝届けられているというのは、後に店員さんから教えてもらったことだ。天然酵母を使ったこれらのパンは、丁寧に淹れられたカフェラテにとても合う。
ある土曜の昼下がり、カフェラテとパンを買って来て遅いブランチにしようと店に出かけて行くと、いつもの木箱に入ったパンが無い。
「あれ、今日は木箱のパン、無いんですか?」尋ねると、店員さんが愉快そうに笑いながら「同じパンですよ」とトレーに並んだポリ袋に入ったパンを指す。ああ、本当だ。
「朝届いたばかりの時は、パンから湯気が出て曇ってしまうので、袋に入れられないんですよ。」なるほど。こうしてポリ袋に包まれると、木箱に並んでいる時より若干生彩を欠いて見えるが、鍛冶橋通りは車両の通行量も多い。ポリ袋に入れるのは、衛生上、極めて正しい顧客への配慮だと思う。
ちょうどお客が少ないタイミングに行き合わせたので、この店はロンドンのカフェをイメージして作ったんですよね、という前から聞きたかった質問をバリスタの男性にしてみた。するとこんな答えが返って来た。
「この店はね、オーストラリアの街角のカフェ、街の人達が気軽に立ち寄るようなカフェをイメージして作ったんです。」家族が長い間オーストラリアで生活しており、自分もオーストラリアに行くようになった。そこで見た街角のカフェのスタイルが気に入って、ここに店を出した。
そう聞いた時、「Rule, Britannia!」の勇ましいメロディーが響いた気がした。私自身これまでに、香港、ロンドン、ニューデリー、上海旧英国租界と、旧大英帝国の本国とその植民地だった街で生活したが、香港や上海でロンドンの路地にそっくりの一角に迷い込み、一瞬自分がどこにいるのか判らなくなる経験をしたり、ロンドンの街並みをそっくりそのまま移植し、熱気と汚れをまぶしつけたようなニューデリーのコンノートプレースの姿に唖然としたりした。南半球のあの大きな島にも、本国そっくりの街角があるのか。少し恐ろしく、英国人のその画一的な行動パターンを思うと、何だか可笑しい。
そんなコモンウェルスの香りがするカフェラテを啜るのは、楽しいひと時だ。東京にこんな素敵な店があって、とても嬉しい。清潔さと開放感のある店構え。一杯ずつ心を込めて淹れるコーヒー。Gumtree 、ゴムの木というその名の通り、鍛冶橋通りの街角を行き過ぎる人々の心を、この店はこれからも惹き付けてやまないだろう。
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Eileen
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店舗情報の編集
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店名 |
ガムツリーコーヒーカンパニー(Gumtree Coffee Company)
|
---|---|
ジャンル | カフェ |
お問い合わせ |
050-1379-1638 |
予約可否 |
予約不可 |
住所 | |
交通手段 |
八丁堀駅から475m |
営業時間 |
営業時間・定休日は変更となる場合がございますので、ご来店前に店舗にご確認ください。 |
予算(口コミ集計) |
~¥999
~¥999
|
支払い方法 |
カード可 (AMEX) 電子マネー可 |
個室 |
無 |
---|---|
貸切 |
不可 |
禁煙・喫煙 |
全席禁煙 |
駐車場 |
無 |
利用シーン |
|
---|---|
公式アカウント | |
オープン日 |
2012年12月20日 |
備考 | |
初投稿者 | |
最近の編集者 |
|
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最初は新鮮だったテレワークも次第にマンネリ化してくる。仕事が立て込んで焦るあまり、朝起きて運動もせずPCに向かうと、血液循環不足で朝9時頃には頭の回転が鈍ってくる。
そんな朝、気分転換のウォーキングを兼ねて向かうのがここGumtree。目当てはカフェラテ。バリスタがプロの技量で手早く淹れてくれる香り高いエスプレッソを使ったカフェラテは、寝ぼけた目をぱっちりと醒ましてくれる。平日の朝に行くと、ヘッドバリスタの大木さんのラテが飲める。華やかな大会受賞歴を全く宣伝に使っていないところがまたいい。
お店のメニューは一通り試した。どれも水準が高いが、私はエスプレッソを使ったミルクメニュー、特にカフェラテが断然気に入っていて、こればかりリピートしている。たまには別のものを頼もうと心に決めて出かけても、カウンターに輝く磨き込まれたマルゾッコとバリスタさんの笑顔を見ると、パブロフの犬のように早くもエスプレッソの香りを嗅いだ気分になり、またもカフェラテを頼んでしまうのだ。
店の棚には、最近東京のコーヒー聖地化している江東区に新しく開いたロースターで焙煎したGumtree オリジナルのコーヒー豆もある。何種類か試した中では、馥郁とした香りとこっくりした甘みが抽き出されたコロンビアがいい。
店に並ぶ天然酵母のパンは、浦安市猫実という可愛い名前の住宅街で40年ぐらい愛されているパン屋さんから毎朝焼きたてが運ばれてくる。奇を衒わない清らかな味のカスタードがたっぷり入ったクリームパンは私以外にもファンが多いらしく、週末の午後に行くと売り切れていることが多い。
私は以前、このお店の界隈に住んでいた。鍛冶橋通りを歩いていて偶然前を通り、かつて住んでいたロンドンでお気に入りだったカフェと一模一様の佇まいに驚いて入店。カフェラテの美味しさに感激し、以来、朝食用にペストリーとカフェラテを頻繁にテークアウトしていた。土曜のブランチに、白身魚のフライにレモンタルタルソースとキャベツを挟んだここの食事パンを買って来て、家のベランダでカフェラテと共にのんびり味わうのも好きだった。
その後、転勤で東京を離れなくてはならなくなり、寂しかったのがGumtreeのカフェラテが飲めなくなることだった。東京を離れる前日、既に部屋を引き払って都内のホテルに泊まっていたが、ここのカフェラテが飲みたくて八丁堀に来て、お店の二階で東京生活最後の一杯を味わった。
最近、転勤先から東京に戻った。都内のどこに住もうか考えたとき、このお店のカフェラテを思い出し、同じ界隈に住むことにした。以前と変わったのは、ヘッドバリスタの大木さんは今は江東区のロースターのほうも兼任してるので、鍛冶橋通りのお店にはいないこともある。でもカウンターに立つ別の新しい方も、一定水準以上のドリンクを作ってくれる。
テレワークの朝、テークアウトしたカフェラテのエスプレッソの香りが自分の部屋に溢れると、幸せな気分で一日を始められる。こんな素敵な店がある東京に戻ってくることができてよかったと、心から思う。