Belle/それは先生 : キッチンべる

明け方雨が降ったようで、濡れた路面を踏んでの通勤となった。
しかし日中は晴れてくる、が、気温は上がらない、んだけど(何が言いたいんだお前は !)、それでも平年よりは多少温かいらしい。

新橋。午後2時。
でもまだこの状態で晴れてきたと言ったら嘘になるだろう。時間も時間なので、夜の部営業までの中休みとなっていない店であればどこでも入れるだろうとたかをくくり、新橋駅前ビルの、例のハンバーグスパゲッティの有名な店の前までやってきたんだけど、硝子越しに筒抜けの店内はなんとほぼ満席 !!

―― こんなとき、どんな顔していいのかわからない ……

<H30.11.29>

「Belle」

そのビル(新橋駅前ビル1号館 ?　っていうの ?　なんか黄昏れたビル)に一旦入り、「本陣房」の前に立つ。
例の如く、手打ち蕎麦と天ぷらなんかを組み合わせた揃いものの類いが目立つ。こちらの店は蕎麦は良く、天ぷらも、大海老以外は大丈夫だと思うのだが(笑)、何かこう、ハートを鷲掴みにされるようなものを今日は感じなかった。依って踵を返し、正面から入ったビルを今度はサイドから抜けた。と、いきなり洋食屋と思しき看板を発見。矢印を目で辿れば、隣接する、同じく黄昏れたビルの階段を地下へと下りろ、と言っている。
この殺伐としたコンクリートジャングルの中で、兎も角何かに縋りたかっただけかも知れない。私は罠にかかること覚悟で、その野郎二人すれ違えるかどうかの階段を下りていった。

もう昼も遅く、下り立ったフロアにはカウンターに男性二人連れが一組のみ。どうぞテーブル席へ !　とのお言葉に甘え、四人掛けの卓に着かさせていただく。
BGMはテレヴィジョンからの、赤木春恵さんの訃報。享年なんと !　94歳とのこと。電話で音声のみ出演の泉ピン子さんが、当たり前のことなんだけど、なんとも悲しそう ……

“メンチかつ定食” @1,000也。

カウンターの頭上に貼り付けられた、夥しい数の定食パタン。その基準額は、私の注文と同じくきっかり千円札一枚のよう。注文してから、これは早まったかと思わせるメニュウを幾つも見付けてしまうが、果たして。
まずそれなりにデカいメンチの二連装の皿が届き、その後白いご飯が皿で。また御付けは把手突きのスープカップで。カトラリバスケットにナイフとフォウクも見付けることが出来たんだけど、何故か洗い箸をとってしまう。

―― メンチに箸を入れた。箸が撓(しな)る (笑)。折れんなよ、箸 !

赤身でつなぎも少なく肉々しいメンチ。若干油ギトギトだけど、ふだん油分をとらない私には、このくらいでちょうど良いかも知れない。
よく見ると、箸は安物の竹切りっぱなしの釣り堀ののべ竿のように、最初っから撓っているよう(笑)。こんな状態でこのストロング(小林)なメンチの二個目はヤバい。私はグロッキーとなったカプセル怪獣を慈愛を籠めて懐中に戻すモロボシ・ダンのように、それに敬意を払いつつ横へ除け、フォウクとナイフを掴んであらためて斜にかまえた。
ひん曲げられた箸の仇を討つ覚悟で ……

マカロニ、ポテトサラダ @700。
はたまた麻婆豆腐、スパゲッティ、ビーフシチュー、酢豚、餃子、ピザ etc.
何より“飲み屋”としての機能が充実していることが一目瞭然の店内。厨房の先生［注］と、ホール担当のお母様は果たしてご夫婦であろうか。私が心配なのは、ランチ営業から夜の部までをも、交代なしでやり通すのだとしたら、非常に過酷だろうなと。こういったお店の場合、仕入れと仕込みなんかの時間もあるだろうし。

(だから私のいきつけの店のマスターは自分が店をはじめるときに、その形態を“鉄板焼き屋”にしたのだ。何故ならば、鉄板焼きであれば素材をそのまま焼くだけなので仕込みが楽だから、という理由だけで/あちゃ～!!)

「勉強し続けなければいけないし、何より挫(くじ)けないこと」

テレヴィジョンが若き日の、それでも既に女優としての地位を不動のものとしている赤木春恵さんが、そんな意味のことを言っているのを映し出していた。
いつまでも勉強し続けて、そして挫けなければ、その人間はいつか、理論上、それがささやかなものだったとしても絶対に成功をおさめることが出来ることであろう。なんでもないお昼時なんだけど、そんなのを見せつけられて、ああ、俺も勉強し続ける、そして挫けない、ということを胸に誓いつつ、しかしその刹那私の胸に去来したものとは、努力することを放棄し、そして挫けまくる(雨が降っただけで挫けて店に来ない)、いつもの店のママであった ……

注) 先生：こちらの厨房に立つロマンスグレイのダンディな御主人が、私のいきつけの居酒屋に通い詰めていた、近隣の大学の部長先生に良く似ていたもので。先生はその店でバイトする自分の大学に通うカワイコちゃんに現金でお小遣いを手渡すほど(笑)ぞっこんだったんだけど、その女の子が卒業して巣立っていったのを期に、ほとんど姿を見せなくなってしまった。学校関係者が自分の学校の学生に恋をする、そのコンプライアンスがどうだとか、ここで持ち出すつもりなんか毛頭ない。寧ろそんな下らない時勢を破壊するということこそが、私がこの自身の電子日記を白日の下に晒し続ける動機でもあるので

―― 人類の名言集/其の23 ――
「愛することはけっして後悔しないこと」