〜 東西の料理がシルクロードで結ばれる 〜 : TexturA

雨が降っていた。

だが、TexturAに向かうときは一時的に雨が上がっており、僕は傘も差さずに銀座の街を歩いていた。いつもよりひと通りは少なく、隣のプロントには誰もひとがいない。雨の音だけが静かに響いている。まだお目当てのお店にも訪れていないのに、借り切り状態で静かにコーヒーを飲むのも悪くない、と思ったりする。

TexturAはガラス扉を通して中の様子が見えるが、たくさんのひとで賑わっている。そのまま受付をすると奥のコース専用ルームに通されて、丸テーブルの席へと案内される。端っこと言えば端っこの席である。落ち着いた内装ではあるが、スタッフの声やお喋りの声で盛況感にあふれている。キッチンから漂ってくるライブ感もいい。

新しいものに触れるとき、誰しもが期待や不安で胸が高鳴るものだが、自分の心臓もいつもより早い鼓動を打っていた。何に期待していたのかはわからない。まだ見ていない未来かもしれないし、まだ見ていない料理かもしれない。さて、この日のコースは以下に。

1.イワシ ESP
イワシが提供される前に、かなり大きいフライパンに載せた炊きたてのパエリアを見せられて、気持ちが高ぶる。インパクトあるパエリアであり、印象に残るプレゼンだ。料理は後ほど提供すると言い残してパエリアはいったん下げられる。
イワシはボケロネスというエスパーニャ料理であり、透明な器に余白たっぷりに盛り付けられてきれいだ。通常のボケロネスよりも、酢をだいぶん控えており、口にしたとき、なるほど素材を活かした上品な味付けだなと感じる。
イワシを食べ終えた頃にちょうどパエリアが提供される。タイミングだが、かなり早く登場した。


2.高坂鶏 CHN
イチリンのスペシャリティ、よだれ鶏である。たっぷりのタレに浸った高坂鶏の胸肉に、カーシュナッツとパクチーを合わせている。恐らくタレは、花椒と唐辛子の麻辣、酒、ごま、そして多目のラー油からつくられおり、胸肉に染み込ませず、少しまとう感じにして、素材の味を極力活かしている。上品な味わいのよだれ鶏だ。

3.を、三段活用
よだれ鶏のタレを、三段活用の意である。
まずは焼き豚の餃子、熱々で噛むと肉汁があふれて、麻辣ダレがアクセントになり、美味しい。
次が山椒を練り込んだ中華麺、汁なし坦々麺みたいにして食べる。
最後が豆乳ダシのスープ、痺れのある辛いタレがとたんにマイルドになり、口の中を爽やかに潤してくれる。
味変しながら、さらに3つも料理を楽しめるなんて、提供方法が面白い。

4.海老 ESP
海老のアヒージョだ。アヒージョオイルは、桜海老、オリーブオイル、味噌に、タラの出汁を十分にとっており、牡丹海老とバゲット漬け込んで食べると、濃厚なタラの旨味がまとわりつき、美味しい。

5.鮎 CHN
鮎でチャイナとは何だろうと思っていると春巻きが提供される。大葉と生姜とともに鮎が皮に包まれて、舌が火傷するほど熱々の状態で提供される。よく和フレンチで提供される鮎を中華の熱で覆うとは、なんとも憎い料理だ。

6.ライチ ESP
スペインの冷製スープ、ライチのガスパチョだ。さっぱり口直し。ときどきあるのだが、ここら辺から料理よりもお喋りに夢中になり、集中力が薄れていく。段々と内容が薄くなることに留意されたい。

7.黒酢のスブタ CHN
大吉や黒猫夜の黒酢豚を想像していたらカツサンドで提供される。衣で揚げた豚に黒酢をまとわせて、粒マスタードを塗り、サンドで挟む。期待通りに提供しないところが、憎い演出だ。

8.佐島 ESP
タコの煮込み。煮汁を継ぎ足してながら水と塩、醤油でシンプルに煮込み、パプリカパウダーを散らす。タコの絵がかわいい。タコのおでんかな。

9.つめた〜い坦々麺
胡麻が強めの坦々麺であり、マイルドなスープが細い麺によく絡み、美味しい。

10.最中
これもかわいい。紹興酒とキャラメルの味がして美味しい。

11.茶菓子
周りにはひとがいなくなり、ゆったりとくつろいで。もう完全に料理ではなく、お喋りのほうに集中。内容が薄っぺらなことに留意されたい。


以上だ。

たいていが期待を裏切る憎い料理であり、メニューリストからは想像できないものばかりだ。驚きのある提供方法で、どちらかと言えば、素材の味を活した料理であり、上品な味付けに仕上げている。

シルクロードで中国とローマが交易をするように、TexturAのコースはエスパーニャ料理と中華料理が替わるがわる登場する。まだ料理そのものが交わってはいないが、東西の交易は始まったばかりであり、ビザンティン帝国のように、いずれ東西の文化は混じり合い、新しく融合された独自の文化を築くに違いない。

いつか僕はシルクロードを駱駝に乗って旅したいと思っていた。そう思ってからずいぶんと時間が経つ。自分の意思とは無関係に、未来なんて一瞬で変わるのだから、何年間後に僕は駱駝に乗って、月光浴びながらタクラマカン砂漠を渡っているかもしれない。そのときは中華料理から始めてエスパーニャ料理で終わろう。


ほんの一瞬のうちに、想い描いていた未来は変わっていく


銀座には心地よい雨が降っていた。