2回
2017/12 訪問
北欧×フランス×米国西海岸
ミシュランの星が必ず来るという、根拠はないけど、確信はあった。
CRONYの春田理宏さんの料理をいただくのは1年半ぶり。
前職のTirpse(白金台)以来だ。
西麻布にあるCRONYは、カンテサンス時代の同僚だった春田さんとディレクトールの小澤一貴さん、それからマネジャーの小野寺透さん、ソムリエの石川雄大さんの4人が開いた店だ。
オープンしてちょうど1年。
今年、ミシュランの星がぜったい来る。
そう思って、発表日の前日に予約を入れた。
コースはおまかせ1種類。
夜21時半からはアラカルトも対応する。
この日のコース
コロッケ
パースニップ
エーブルスキーパー
前菜・メイン
白子のベニエ、わさびの葉の泡
コウイカ、下仁田ネギ、アーモンド
羊節とカリフラワー
さわら、トピナンブール、ちぢみほうれん草
コルベール、ヘーゼルナッツのソース、きのこ
デザート
ラクレットとムカゴ
メレンゲ、チョコのクリーム、レモンと洋梨のピューレ
お米のアイス
羊節とカリフラワー
シンプルに見えて、不思議な料理だ。
茶色いものは羊。
白いものはカリフラワー。よくみると少しずつテクスチャが違う。
メインの食材は羊なのかカリフラワーなのか。
そして、なぜこの時期に羊なのだろう。
かりかりにして削ってあって、新鮮さを食べさせたいという感じでもない。
でも食べると、白と茶色のシンプルな見た目に反して、何通りもの味の層があるのがわかる。
柔らかい甘みと、焦げた香ばしさ、ねっとり感と塩気とうま味。
カリフラワーは焦がすように焼いて香りを出したスライスと、蒸して甘さが引き出されたピューレ、そして、アクセントにわずかなえぐみをもつ生の花蕾。
1種類の素材で3通りの味がひと皿に盛り込まれている。
羊は塩漬けの羊を乾燥させて、鰹節ならぬ「羊節」にして削り、全体を引き締めている。
削ってふりかけたものは単なるトッピングではなく、手のかかった主素材だ。
なぜ羊だったか。
あとで種明かしをしてもらった。
「フランスのアニョーが輸入再開して、どこのレストランもこぞって取り扱いましたが、皆キャレばかりを使っていてセル、バラ、ジゴーが余っていると業者さんから相談されました。そこで何か使い道がないかなぁと。
20席程の小さなお店だけではとうてい使い切れないとわかっていますが、仔羊という食材に対して、少しでも敬意を払えればと考えた料理です」
パンはざっくり固め。
CRONYがオープンする前、春田さんが研修に行ったサンフランシスコの3つ星、SAISONでもらってきた酵母で焼いたパンだという。
ペアリングのワインも同じ地域のものとのことで、パンと合わせた酵母感というか、合い方が尋常でない。
小澤さんの攻めのペアリングだ。
春田さんの料理の特徴のひとつは「形のないもの」だ。
素材を削り、あるいは小さな形状にして、その味覚だけを印象に強く残す。
北欧のモダンノルディック料理は、イタリアやフランスのように「食材の豊かさを誇り、素材の良さをそのままで…」という発想と対極にあるからか、食材を小さく加工する度合いが、他の国の料理より大きい気がする。
その形状や製法は結果的に、味覚と香りに意識を集中させる。
北欧の、というか、春田さんの料理から、洗練とプリミティブな感覚の両方を同時に覚えるのはそのせいだ。
コルベール、ヘーゼルナッツのソース、きのこ
正攻法で直球。目の覚めるような火入れだ。
たっぷりのヘーゼルナッツソース。これが濃い血のソースでないところが現代的な印象をいだかせる。
淫蕩な…と形容詞をつけたいこの感じ。いいなあ。これは鴨や鳩などでしか出せない。
最近は、火入れに明らかに失敗したという料理に出会わなくなった。
調理器具の温度管理がしやすくなっているし、低温調理が普及したからなのか、メインでがっかりさせられるようなことはほとんどなくなった。
それでも人の手でしかなし得ない、すごみのある火入れは今でもあると、こういうときに思う。
シンプルに見えて手がこんでいるものを、そうと言わずにさらっと出す。
見た目にだまされてさくさく食べてしまっても問題ない。
でもよくよく見れば、その「何かよくわからないけどすごい」理由がわかる。
どちらでもよいのだろうが、食べ終えてより深い印象を残すのは後者だ。
春田さんにとって「成熟」とは、素材の味が分かるようなシンプルな料理に進化していくことなのだろう。
いま29歳の春田さんの料理が、10年後、20年後にどう変わっていくかを見届けたいと今回思った。
食べる楽しみは、料理人さんも自分も、いっしょに歳をとっていくことなのだ。
「時間」という視点を加えることで、食べる楽しみはずっと深いものになっていく。
まだまだ若造の部類かもしれない私にも、長年食べ続けてはじめて得られる恩寵のようなものが、将来きっと訪れるはず。
根拠はないけど、確信はある。
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詳細と写真はこちらをどうぞ。
https://www.mdspplus.com/blog/crony/
2020/06/12 更新
カンテサンス出身者のモダンフレンチ。
今回は、修業時代由来のモダンノルディック料理よりフランス料理成分が強め。
春田理宏さんの料理はかなり異色だ。
フランス料理独特の祝祭感がうすく、代わりに繊細な滋味を重ねる。
これは彼の個性であり、北欧で彼が獲得したものでもあるのだろう。
白烏賊とズッキーニにトマト水、新玉ねぎと鮑のベニエに微量の薫製香など、甘味、酸味の味の組み立ては明快だ。一方で、見た目はどれも白を基調とした単彩とでもいうべき雰囲気。今回は敢えてそうしたのだという。
色を単一にすることで味が引き立つ。
味そのものは淡く、日本料理の雰囲気にも通じる。
白やベージュの中間色から感じられる曖昧さと、色を抑えたストイックさと味の明快さ。
ふんわりvsはっきりという対照的な特徴をひと皿から同時に感じさせるところが、春田さんの料理の個性と魅力だ。
また、カンテサンス時代からファンの多い小澤一貴さんのマニアックなワインペアリングも健在。
新型コロナ対応で、Cronyも2か月間の閉店を余儀なくされた。
しかし近隣向けテイクアウトが堅調で、常連には小澤さん自身がワインと料理を配達、例年と比べ売上の落込みはほとんどなかったという。
コース仕立てのテイクアウトを購入した人たちが、自宅での盛り付けの美しさをSNS上で競い合ったとか。