『独り言。食べログの点数はあてにならない』chococcoさんの日記

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私が食べログで点数をつける基準は
自分にとって適当かどうか、好きかどうか。

つまり、個人的な考えで勝手に点数を付けているのです。
例えば、料理・味が自分にとって適当=点数が高いっていうのは、
美味しい、ビジュアルが自分好み、お皿が自分好み
っていう個人的な考えです。

雰囲気やサービスがいいから味も美味しく感じちゃった~とか、
昨日たまたま同じものを食べたから不味く感じちゃった~とか、
お母さんの味と似ていて美味しい~とか、
楽しいおしゃべりしながら食べたから美味しかった~とか
あるんですけど。
なるべくそういうことは無いようにしたいと思っていても、
私はどうしてもあるんです(^^;

それは、人から見たら適当="いい加減"に見えても
私にとっては適当="自分の欲求にふさわしい"で判断しているんです。
だから、そのときの気分で評価が変わっても
自分の精神世界の問題だから主観よと思っているのです。
つまり、自分の経験や積み重ねた考え方で
雰囲気や味に幸せを覚えたか、記憶に残ったかどうか…
という精神的なお話しなのです。

私が食べログの点数があてにならないとたまに言っているのは
サクラとか噂に聞いているだけで
虚実がよくわからないことだけが理由ではありません。

結局は個々人の経験による精神的な評価だと思っているからです。
私みたいに人から見たらいい加減と取られる評価をしない人もいると思います。
でも、人それぞれ積み重ねた経験が違うわけだから、
美味しいと思うか雰囲気が良いと思うかは絶対に人それぞれ。
ずっと良いものを食べてきた人と
良いものを食べてきたと思っている人が悪いと思っているものを
食べてきた人がいたら評価が正反対になるのは自然なこと。

そういった嗜好性を料理・味の点数軸上にプロットしたとしても、
人間の経験という大きな変数が絡んでいる以上、
線対称の山型曲線になるとは考えられません。
つまり、嗜好の分布というのは、最大値と平均値が一致するような
美しい山型の曲線、例えば正規分布のようになるとは限らないのです。

だから食べログの点数はあてにならないと思っているのです。
正確に言えば食べログの点数は、あてになることもあるし、
ならないこともあると思っています。

その上で、信頼度っていう言葉を使っているのがなんとなく腑に落ちません。

食べログは計算ロジックは明らかにしていませんが、
各レビュアーに信頼度(もしくは影響度)という変数を持たせていることは名言しています。
つまり、Aというレビュアーが100点と言ったものと
Bというレビュアーが100点と言ったものでは信頼度が違うということなのは明らか。

つまりAが100点と言ったものは、
50~150点の間にあり、特に100点である信頼度が高く
Bが同じ100点と言ったものは
50~100点の間にあり、特に60点である信頼度が高いと多次元空間で考えているのでしょう。
わかりやすく言うとグラフ1みたいな感じかな。
その信頼度は、分野や地域、口コミ件数、行っている店舗、普段の点数域など多数の変数によって出されているのだと思います。
そして、最終的な分布で、近似曲線を算出し最適値を推測しているのでしょうか。

ある店舗に多数のレビューがあり、全員が高評価をしていても、
高評価の点数が出ないことがありうるのも理解出来ます。
レビュー件数が変わらなくても、点数が上下するのもわかります。

でも人によって信頼していないとバッサリ切っているように
見えてしまうことには問題があると思います。
レビュー件数が少ない人は一様に信頼度が低い=信頼していないようですが、
少なくても信頼できる方はいると思います。
逆にレビューが多くても、一般的=信頼度が高いとは限らないはずです。

アルゴリズムのブラックボックス部分を公開しろとは言いません。
でもさ、点数が反映されない、信頼度が低いって
やる気をなくしてしまうような人には、
少しはまともな説明したらどうなのかなーと思います。

あてにならない点数が表示されるのはしょうがないことだけど、
あてにならない点数な上に自分は信頼出来ないって評価されたら
イヤだと思う人多いでしょ~
そこをわかってちゃんと説明できたらいいのにね~

私自身は、食べログは役に立っているんだけど、
最近辞めていく人を見ているといろいろ思うわ~
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