『★『ヰタ・モトアリス 』 第2部「1980年 若きEasy Riderの悩み 」』50オヤジさんの日記

RCM kawasaki Z1R

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日記詳細

抜けるような青空と陽光の下、稲穂たなびく緑の水田を一直線に突っ切る4号線は、お盆にも拘らず交通量が少なく、ほぼ貸し切り状態だ。
遠くに霞む北上山系に囲まれた夏の田園風景のパノラマに、俺は深い感動を受ける。

手前に高く引かれたイーグルハンドルを握り、ハイウェイペグに脚を掛け、タンデムシートに括り付けた荷物に背中を預けるホースバックライディング。
俺のkawasaki Z400LTD IIのDOHCエンジンは、あくまでスムーズに4号線を花巻に向け進んで行く。
ジェットヘルとゴーグルに覆われた顔に当たる風が、最高に気持ちが良い。

「兄ちゃんツーリングかい?何処まで行くんだね?」

信号待ちで並んだ軽トラのオッチャンから声が掛かる。

「東北一周です。これから花巻高校行ってみようと思って。」

「おう、賢治の家か、あそこは良いぞ。東北一周気をつけて行きなよ〜!」

「ありがとうございます!」

信号が変わり発進する俺に、日焼けしたオッチャンはニカッっと笑い手を振った。
ハンドサインで応えながら、なんだか俺は少し幸せな気分になって来た。

「やっぱ、ツーリング最高じゃん!」


前年に美大を卒業して就職した俺。
最初はペーペーだから、現場仕事に駆り出される事が多かった。
ある日の夜、青山での某メーカー展示会の撤去作業に来た俺。
什器や備品を会社の10t車に積み込んでいたら、展示会場入口前に停めてある単車に眼を奪われた。

「ナニ?このバイク?チョッパーか?」

でも、エンブレムはkawasakiだって…
こんなバイク有ったんだ。
そこに持主が戻って来た。
アッ、この人施主のデザイナーじゃん。
先程まで撤去作業の監理してた人。
俺は思わず声を掛けた。

「このバイクなんですか?」

「あぁ、kawasakiのZ400LTDだよ。この間出た新車だよ。」

「これって、チョッパーみたいですよね?」

「うん、チョッパーをイメージしたアメリカンって括りで売り出しているみたいよ。今売れてるから、他のメーカーも似たバイク出すらしいね。君、そんなに興味あるなら跨がってもイイよ。」

「ホントっスか?じゃ遠慮なく … 」

跨がった瞬間、俺はこのバイクを買う!って確信したね。
ハーレーほどデカくないけど、イーグルハンドルに段付きシートは脚着きも良く、俺の体格に丁度良い。
何より、チョッパーを思わせるスタイルにハマったね!
《 Easy Rider 》から10年以上、今まで国産で無かった事がオカシイよな。
これなら俺の安月給でも買えるんじゃ?
次の日、早速バイク雑誌を買い漁り、Z400LTDを調べたぜ。
オ〜やっぱ大人気みたい。
さらに調べていたら、早くも新型が出るらしい。
その名もZ400LTD II 。
Z400LTDが2気筒SOHCエンジンに対し、LTD IIは4気筒DOHCエンジンだ!
コレだよ、コレ〜!
んで、価格はいくらかな …
オ〜40万!
俺の安月給何ヶ月分だよ!
だけども、なんとか手の届く金額だよな。

《 Easy Rider 》に憧れて早10年。
自二免許を取ったはいいけど、中々チョッパーぽい単車は出てこなかった。
勿論、ハーレーチョッパーなんか夢のまた夢。
ペーペーの俺にゃ、高嶺の花だぜ〜。
だけど、今に見てろよ、必ず稼いで手に入れるぜ!
な〜んて息巻いても、哀しいかなペーペー社会人には、その稼ぎ方なんか検討もつかなかったけどね。
でも、Z400LTD II コイツで俺も《 Easy Rider 》の端くれだ!
昂ぶる俺は、週末に近所のバイク屋に駆け込んだ。
当然ローンを組んでの購入だけど、安月給の俺にゃ相当高い買い物だ。
1週間後、納車の為に再びバイク屋に来た俺を待っていたのは、ピカピカのZ400LTD II !
オォ〜!す、素晴らしい〜!
明らかにデカイ4気筒エンジンには圧倒される。
ひと通り操作手順を聞いて、恐る恐る走り出した俺。
ウォッ!なんてスムーズなエンジンフィール!
この滑らかな加速は、まるで高級車じゃん!
初めて手に入れた自分の単車に超コーフンな俺は、明け方近くまでアチコチ走り周った。
この日の高揚した気持ちは、一生忘れないだろうな …

その日から、俺の生活の中心には常にZ400LTD II が有った。
通勤はもとより、仕事の外周り・休日のプチツーリングやメンテナンス。
事故って壊したり、直したり、ついでに改造したり。
やっぱり金もかかるし、手間もかかる。
でも、そんな苦労もなんだか楽しい。

そして、その年のお盆休みを絡め、念願のロングソロツーリングに出かけた俺。
金曜の夕方に仕事をうっちゃり出発だ!
当時は、外環道や首都高も繋がってない東北道浦和ICから北進した。
街灯も今程無くて、ほぼ真っ暗な高速を走るのは、なんだか心細かったけど、俺のココロは旅の始まりにワクワクしていた。
一気に仙台まで走り一泊して、次の日から更に北に向かい走り出した。

花巻から遠野に続く田園風景と山々を縫う峠道。
釜石から宮古の太平洋側。
盛岡から八幡平を巡り、秋田能代から日本海側の波濤を潜り抜けるように走る。
時には真夏の青空の下を、時には雷雨の中を濡れながら、時にはマイナスイオンの森の中、時には山頂の寒さに震える旅。
時折出会う単車乗りや、町や村の人々との邂逅に単身旅する孤独な俺は貪るように会話を愉しむ。
都会での自分とは違う自分を発見して、少し戸惑う俺。
あっという間の七日間が過ぎ、心地よい疲れと共に東北道を帰路につく俺は、なんだか少しだけ大人になった気分だ。

手前に高く引かれたイーグルハンドルを握り、ハイウェイペグに脚を掛け、タンデムシートに括り付けた荷物に背中を預けるホースバックライディング。
夕暮れの東北道をクルージングしながら沈む夕日を見ているうち、俺は不覚にも涙が溢れて来た。

「やっぱ、旅はイイ〜!また俺は旅に出るぜ!」

東京に戻って来た俺は、仕事に追われ休む間も無く働いた。
多少は上司に認められ、念願のデザイン部署に配属されて、デザイナーとしての第一歩を踏み出した。
漸くペーペーから一歩前進ってトコロ。
んでも、デザイン部署では一番下っ端だったから、より一層こき使われる日々が続いた。
残業が月に150〜200時間なんて当たり前だったね。
大変だったけど、これも自身のキャリアの為と思い、苦にはならなかった。
それに時折フラッシュバックのように、あの真夏の花巻までの田園風景や、マイナスイオンに包まれた奥入瀬の渓谷と森の中なんかが脳裏に浮かび癒やされたね。
その度に

「ヨ〜シ!頑張って働いて、また旅に出るぞ!」

って、息巻く俺。

その後の数年間、働いては毎年夏に日本各地を旅にするコトの繰り返し。
北は北海道から南は九州まで、俺は充実した旅の日々を満喫していた。

ある夏のコト、信州への旅の途中に峠道をのんびり走っていると、背後から野太い排気音と共に凄いスピードで迫って来る大型単車が1台。
慌てて道を譲ると圧倒的な速度で追い抜かれた。
その単車は、ノーブレーキで先のカーブに突っ込んで行く。

( 危ない!曲がり切れんぞ!)

俺が思わずメットの中で叫んだ刹那、その単車は瞬時の体重移動で腰を落とし、ヒラリと車体を寝かせ膝を擦りながら、流れるようにコーナーを曲がって行く。

「なんだ?ありゃあ⁈」

度肝を抜かれた俺は、ハッと我に返り後を追う。
コーナーが不得意なZ400LTD II に喝を入れ、なんとかそのコーナーをクリアすると、その単車は既に三つ先のコーナーを抜けて行く。
ギアチェンジの度に変調し甲高く伸びる排気音を奏で、アッと言う前に見えなくなった。
何かとんでもないモノを見てしまった思いで呆然とした俺。
すっかり毒気を抜かれ、ゆっくりと峠を登り出した。
暫く走ると、峠の茶屋みたいな展望駐車場が見えて来た。
一服するかと駐車場に入ると、そこには一台の単車が止まっていた。
その傍らには革ツナギ姿の男が佇んでる。

( さっきのヤツだ … )

俺を見つけたその男は、和かに手を振る。

( オヤジじゃねーか!)

側に付けた俺にオヤジが話し掛けて来た。

「 やあ、さっきは失礼しました。ビックリさせちゃったかな?」

薄くなった頭を掻きながら、柔和な笑みを浮かべる四十男。
とても先程の走りと同一人物とは思えない。

「ええ、凄い走りでしたね。レーサーの方ですか?」

「いえいえ、私はしがないただの公務員ですよ。
アッ、これは内緒ね。アハハハ〜。
この峠が好きで、よく走りに来るだけですよ。」

「でも、それにしても … 」

と言いながら、オヤジの単車をよく見ると、スワローハンドルにシートのアンコ抜き、バックステップと集合管、カウル位置も変更されてるようだ。
これは相当手が入ってるな。
グリーンがかったシルバーのタンクにはkawasakiのエンブレム。

「このバイクなんですか?」

「ああ、カワサキのZ1R 1000ccです。何年か前に出た逆輸入車ですよ。」

オォ〜!コレがZ1Rか!噂に聞いてたけど、初めて見たぜ!
kawasaki の最上位モデルであるZ1及びZ2の後継機種であり、輸出専用で日本じゃ売っていないし滅多に走っていない。
それまでの流線形志向のkawasaki車と全く違う角張った直線的なカフェレーサースタイルが滅茶苦茶カッコイイ!

「よかったら跨がってみませんか?」

喰い入るように見つめる俺にオヤジが勧めてくれた。

「マ、マジっすか?それじゃ遠慮なく … 」

( ウォッ!これは … !)

低く手前に構えたスワローハンドル・後方遠くに脚を掛けるバックステップ・硬く収まりのいいアンコ抜きシート。
何から何まで俺のZ400LTD IIとは真逆のレーシーな前傾姿勢は、視界が全く異なるぜ。
路面が妙に近くなって滅茶怖い!

「音も聴いて下さい。」

マ、マジか?
恐る恐るセルスイッチを押すと、重低音の排気音と共に空冷1000cc DOHCエンジンが目を覚ます!
アイドリング音はゴロゴロと股下にカミナリ様がいるようだぜ!

「モリワキのモナカ管、レース用のヤツですよ。スロットルも開けちゃって下さい。」

オ〜、そう言えばモリワキってZ1Rで欧米のレースを転戦してるんだっけ …

スロットルを徐に煽ると、雷鳴のような轟音が駐車場に響き渡る!
尾骶骨から脊髄を抜け、脳まで届く衝撃が走る!
その瞬間、俺はこの単車を手に入れる!と確信した!

「 大変失礼ですが、こ、このバイク幾らぐらい掛かりました?」

「そうですねえ、車両代と改造費で400万は超えてますねー。おかげで車手放し、奥さんに怒られちゃいましたよ。アハハハ〜!」

400万 … !
俺のZ400LTD IIが10台買えるじゃねーか!

そのオヤジとは暫く談笑した後に別れたのだが、峠を下って行くZ1Rの雷鳴のような排気音を聞きながら、俺は激しくココロに誓った。

( 今は買えないけど、いつか必ずZ1Rに乗るぞ!俺もあのオヤジみたいに峠を攻めるんだ!)

( オイオイ、チョッパーはどうするんだよ!《 Easy Rider 》になるんじゃなかったのか?)

( イ、イヤ、ソノ、アノ… )

ココロの中の声に激しく動揺する俺 …

どうする?どうなる?《 Easy Rider 》への道。
またしても立ちはだかる格差の壁と走りのスタイルの分岐点。
真夏の陽光の下、人気の無い峠の茶屋で若き50オヤジの悩みは深刻さを増すばかりであった …

To Be Continued

モリワキ モナカ管しびれまっせ~!
https://youtu.be/07n_DyyiFwI
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