『速水御舟の全貌 ―日本画の破壊と創造― ④《炎舞》.』コロコロさんの日記

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今回の展示で個人的な一番の注目は《炎舞》です。

開館直後、展示室の入り口は、一気に人が押し寄せ、
「ご挨拶」のパネルを読む人でごったがえしていました。
それを避けて、館内へ・・・と思ったところで、
はたと思い直し第二展示室へ移動しました。


そこには、数人の先客がいましたが、すぐに一人独占状態となりました。


■若干31歳で!
これが、あの《炎舞》 やっとご対面ができたわ。
照明が落とされた中に、ぽっかり浮かぶ炎。 
ゆらゆらゆらめいています(ん? 本当?)

プレートに示された年齢に驚く  

  1925年 御年 31歳・・・・・

そんな年で描いていたんだ・・・・早世している・・・・
と思ったのですが御舟は40歳でなくなりました。
晩年に近い作品ということ? 有名作品を並べてみると・・・
中半といった感じです。
 
1912年《萌芽》     (18歳)
1913年《錦木》     (19歳)
1918年《洛北修学院村》 (24歳)
1921年《鍋島の皿に柘榴》(27歳)
1925年《炎舞》     (31歳)
1926年《昆虫二題》   (32歳)
1928年《翠苔緑芝》   (34歳)
1929年《名樹散椿》   (35歳)
1932年《花ノ傍》    (37歳)
1934年《牡丹花(墨牡丹)》(39歳)
1935年《円かなる月》  (40歳)


■蛾の向き
うわさどおり蛾の向きは同じです。羽根の先も、確かにぼんやり描かれています
これによって、動いているように見えるわけですね・・・・

(でも・・・・ そう言われたから、 そう見えているような気もするのですが・・・
 その話、聞かずに見たら、私には蛾はどう見えたでしょうか・・・・)


蛾の向きが同じ・・・ 初めて知った時の衝撃たるや・・・・
人がものを見る時の、固定観念とか、見ているようで見ていないこととか・・・
いろいろな方向に飛んでるとばかり思っていたのに・・・

今、ここに実物を前にして見える蛾は、同じ方向を向いて、止まっているだけ。
最初に聞いた時の驚きは全くありません。本当に、正面向いているんだ・・・・・ 
その確認をしたにすぎません。

「正面を向いている」

ということを知らなった時の方が、蛾は舞っていました
正面を向いていることを知ってしまってからは、蛾の動きは止まってしまい
正面に描かれた蛾にしか見えなくなっていたのです。


でも、本物の絵を見たら、きっと違う見え方をするはず。
蛾が舞って見えたり、他の何かが見えたり・・・そう思って期待をしていました。
しかし、目の前の蛾は、舞ってはくれなかったし、
他に何かをもたらしてくれるわけではありませんでした。
単に、私の感性の問題なのか・・・・


■背景の色
背景は、二度と出せない色・・・・・と言われ、
ときどき「黒」と表現されることがありましたが、
黒ではないということは、画像や写真からもわかりました
実際の色はどんな色をしているのでしょうか。

茶・・・ しかも想像していたよりもかなり明るい茶でした。

ただ・・・・  
この展示空間は、《炎舞》のための特別対応の照明が施されています。
そんな情報を事前にキャッチしていたので、
この色の見え方は、照明によってコントロールすることができてしまう
ということがあるのです。

主催者が見せたい色・・・・と考えると
本当の色は一体、どんな色なのか・・・・そんなふうにも考えてしまいます。
大抵は、作品のイメージを損なわないように演出は入れない
ライティングをするらしいのですが・・・・



■特別照明・・・・
《炎舞》のための特別なライティングされている。なのに映り込みが多いのです。
山種美術館のガラス、照明は、映り込みがほとんどない
それが売りだったはず・・・・・
なのになぜ、この大事な《炎舞》にこんなに映り込みがあるのか・・・・


その一方で、右のガラスケースの透明度が妙に気になりました。
どうしちゃったの? っていうくらい透明なのです。 映り込みも全くありません。
これまでこのケースは何度も見てきています。このガラスって、こんなだったっけ?
展示の方法、何か変わった? 一枚ガラスだったっけ?
と、いつもの状態が思い出せないくらい
透明感のあるガラスになっていて戸惑っていました。

恐る恐る近寄って、どうなっているのかを確認。
というくらい、近寄りがたさまで感じさせられました。
床面もそのまま続いているかのようです・・・・



■炎はゆらいでいる?
そして炎・・・・・

「ゆらゆらゆらいでいます」と便宜上(笑)言ってみたけど、
実は、私の目には、炎が揺らいでいるように見えていませんでした。
仏画の炎表現がベースとなっていると言います。
それは、言われなくても、なんとなくわかる気がします。
不動明王が背中にしょってるあの炎でしょうか?

あの炎って、デザインされた炎ってことなのよね。
実写ではないから、それをベースに描いても、
リアリティがなく、デフォルメされた炎に見えます。
炎の辺縁で炎を取り巻くように描いているけども、
ゆらめいて動いているように私には見えないのです。

ただ、炎の上部の上昇気流にのって上に上がる煙
ここは、実写版のようなリアリティーが感じられて、
上へ上へと上っているんだなぁ・・・・と
その先を見上げたくなる感覚に襲われました。



■第一印象を大事に
こうした最初の印象、感覚は大切にしたいと思っています。
そしてそれを忘れないように・・・・
じっと見て、目に体にしっかり焼き付けてました。

言葉の誘導に、惑わされないぞって(笑)
自分が感じた嘘偽りない本当の感覚・・・・


気づくと、そろそろギャラリートークの時間。
その他の作品を見ていないので、ざっと館内を歩きながら一周しました。
足早に画風の変遷のイメージを感じとって、ロビーに向かいました。


音声モニターを受け取り、ガイダンスがありました。
山種美術館の概要と、御舟のお話を伺ってから地下へ移動。
それからは、時代にそって、変化を追いながら、一連の作品の解説が行われました。


■ちょっと、面白かったこと
・御舟は、人物画を若い頃に描いてそのあと描かなくなった
 正確には、海外に行ってそれではいけないとまた描いてはいるのですが・・
 描かなくなった理由が、なんとなくわかる気がしました。
 人物画、あまり上手ではない・・・して、若い頃の絵に青さが・・・・(色ではなくて)
 この葉っぱの描きかた・・これでいいの?・・・って(笑)
 御舟展のあとに、西田俊英展を見ましたが18~19歳の絵の方が素晴らしい。

御舟は字が下手
 これは、学芸員さんの言葉。といういうか、
 誰かに「お前は絵はうまいけど、字が下手だ」と言われたのだそうです。
 確かに下手かもと思わず笑ってしまうくらい。
 特に「舟」のバランスが・・・ でも親しみがわきます。

御舟の言葉
 パネルに記載された御舟の言葉に(原文ママ)の注釈がいくつも。
 言葉遣い、言葉選びがどこかおかしい。そんな言い回しないよねって
 単なる間違いなのか、思い違いなのか・・・・
 それが一つや二つでなくかなりあるところがご愛敬でしょうか?

才能ある人・・・・と思っていたのですが、そういうヌケのある人?
そこが、人間らしくて、親しみを感じさせる点でした。


そうこうしながら時間も押し迫り、
再度、第二展示室へやってきました。



■ギャラリートークの解説
第二展示室は、山種美術館の代表作ともいえる《炎舞》を
最高の状態で飾るために作られたという経緯があるとのことでした。

この絵は、軽井沢に家族で3か月滞在した時に、
毎晩の焚火をして、群がる蛾を観察しながら生まれた作品なのだそう。

背景の色は、黒に赤と黄色が入っているそう。
(日曜美術館では「青」も言っていました)


解説される事実を淡々と絵を前にして確認していきます。
ブロガー内覧会のレポートを読んでいたので、知っている話が続きます。
新鮮味を感じることができず、へ~そうなんだ・・・という
サプライズがありませんでした。


そのため、聞いた話はそれ以上でも、それ以下でもない
というのが正直な感想なのでした。


   実物を見た衝撃は?     

           「ない」 (笑)


そしてこれと言った感動がなかったことに対しても
がっかり感も「ない」んです。あんなに期待していたのに・・・・


それは、なんとなく、こんな状況になることが
わかっていたような気がしてきました。



■予習について
事前の情報、予習をしていくことについて、
ちょっと考えさせられました。

これまで、日本画を見るときというのは、
全く何も知らずに見るということが多かったように思います。
速水御舟もそうなのですが、知らないと言っても、
山種美術館に足を運ぶことで、知らず知らずのうちに、
エピソードのようなものが耳に入ってきます。
その時点で最初のサプライズは終わってしまっているのです。

そして、今回、予習替わりに、ブロガー内覧会のレポートを見ていきました。
すると、新しい驚きも、すでにそのレポートの中ですまされているわけです。

青の時代・・・ こんな絵を描いていたの?!
そして、その後の画業も、すでに写真入りで見てしまっているので、
こんな絵も描いていたんだ! という驚きは、
ネット上で経験してしまっていたのでした。

新たな発見とか、その情報から、さらに何を読み取るか・・・・
という深まりになりにくいと感じさせられました。

これは、自分の見方の未熟さを棚にあげてるようなものなのですが、
画一的な情報を事前に入れてしまうことは、
ある意味、鑑賞を妨げてしまうということを今回、感じさせられたのでした。



■予備知識なく
最近、まずは何も知らずに、とにかく見てみる
ということを実践していました。
そこで何を感じるのか何を読み取れるのか。どこまで理解できるのか

最初に感じたことが、その後に知ったいろいろなこととつながっていく
それが面白さとなるし、充実感にもなると感じていました。
今回は、エピソードなどを先に知ってしまったため、
その先のなにか・・・につなげる力が、自分には備わっていないため、
そこでストップしてしまうのでした。そのためちょっと消化不良ぎみ・・・・

これまでは、最初に「なんだろう、これは?」と思ったことが、
その後に聞くエピソードとつながって解決したり、
初めて聞くエピソードに、そうだったのか・・・と驚くという
面白さがあったのでした。
一連の周辺情報をある程度、知ってしまっているため
それを聞いても、その後に何もつながっていかないジレンマみたいなものがありました。



■情報がない方がおもしろい
逆に情報の少なかった、
《昆虫二題 粧蛾舞戯》 《昆虫二題 葉陰魔手》に心ひかれました。

うわ~、これは《炎舞》を描く前の習作的な作品なんだろうか・・・・
作成年を《炎舞》のところまで行って確認してきました。

《炎舞》の翌年でした。
ということは、また、新たなチャレンジをしようとしているということ?

私が最初に見た感覚では、この作品でいろいろ、模索を重ねて、
《炎舞》に至ったのかなぁ・・・・と思ったのですが・・・

でも、吸い込まれていく感覚はこちらの方が上だなぁ・・・
それにこっちの方が蛾が飛んでる気がするし・・・

炎の回りの色は、《炎舞》とどれくらい違うんだろうか・・・
横に並べて見てみたいなぁ・・・・
第二展示室を行き来して比べてみようと思ったのですが、
もともとの照明が違うので、比較するのはあまり意味がないか・・・

2度と描けないと言ったけど、こちらの色は何が足りないのだろう。
《炎舞》に対して、こちらの絵の評価はどうなんだろう・・・

蛾を細かく観察してみると、こちらの方が面白いぞ
それにしても、蛾の色が氾濫しすぎ! (笑)

二題のうちの蜘蛛の巣の張り方は、どうなんだろう・・・・
後光が出てる・・・・光ってる・・・・

なんだか、見ていて楽しいのです。いろんな発見があって・・・・


ところが・・・・


■評価が低い
お昼を食べながら、御舟の資料集を見ていました。
山崎館長の解説がありました。

うろ覚えで、その印象になりますが、
《炎舞》のあとに描かれた《昆虫二題》は、
脱力している。《炎舞》に遠く及ばない・・・・
といったニュアンスのコメントでした。

そうなのか・・・・・
でも私にとっては、《炎舞》よりも見ていて楽しかったし、
自分で一から解釈するおもしろさがありました。


さらに言ってしまうと、
『Seed 山種美術館 日本画アワード』【審査員奨励賞】を受賞した
<Living pillar>外山諒さんの作品の方が、個人的にはいいなと思ったり・・・

速水御舟の「炎舞」を題材にしたと思われる作品。
山種のコンテストということで、完全に狙っていて、あざとくない?
と最初に思いながら実物を見ました。瞬間、何も言えなくなりました。
完全に自分のものに昇華させていて、御舟とは別物だと思わされました。

また、彼の蛾も、学術的にも価値があると思われる緻密なスケッチ
展示されていました。リアルと芸術性を見事に融合させ、
学術的にも価値のある作品だと思いました。


ビッグネームだから、重要文化財だからいいわけではない。
自分がいいと思うものがいい・・・という見方でいいと思うのでした。



■同志あり
同じように感じた方もいてちょっとうれしかったです。

速水御舟の全貌(山種美術館)より
   今回一番驚いたのが、「炎舞」……ではないんだな。
   「昆虫二題 葉蔭魔手。粧蛾舞戯」
 
2016-10-16 速水御舟より
   重文の「炎舞」なのですが、やはり思っていた通りでした。
   輪舞している蛾がどうしても生きて飛んでいるいるように見えないのですね。
   そこにずっと引っかかっていたのですよ。標本の蛾みたいに見えるのですよ。

〇再興院展100年記念 速水御舟 ─日本美術院の精鋭たち─
  写実の向こうの非現実「炎舞」

   実際に作品を見てみると、意外なほど淡泊というのか平面的
   あるいは表面的であっさりした印象。
   むしろ、薄っぺらいといった感じ、日本画ではありませんが、
   シュルレアリスムの画家ルネ・マグリットのだまし絵のような
   薄っぺらな印象と、よく似た感じを受けます。


  仲間がいて、意を得たり!
  感じ方はいろいろ・・・・人それぞれ・・・
  蛾が動いているように見えない人だっているし、
  炎が揺れているように見えない人だっているはず。
  思ったほどの動きがない。それを別の言い方をしたら「薄っぺらい」
  とも言えるのか・・・
  重要文化財の《炎舞》よりも、そのあとに描かれたものがいいと思う人だって。
  私も、後に描かれた蛾に動きを感じたし、
  全体として宇宙とか生とかテーマ性を感じさせられました。
  (結局は、渦が描かれていたらそれでOK
   みたなところがあるかもしれませんが(笑)

  そういえば、モネの蒸気機関車が吐き出す煙の時も思ってました。
  この煙がもくもくしているとか、音が聞こえるとかみんな言ってるけど、 
  本当に音が聞こえるとか思っているのかなぁ・・・・

  転じて《炎舞》の蛾が動いて見えるとか、炎が揺らめくって言うけど、
  本当にそう感じてるのかなぁ? ただ、印象で言ってない?(笑)  



■御舟の画業の広さについて
今回、事前の情報との向き合い方について考えさせられました。

ギャラリートークの前にざっと回った段階で、
あんなに大体的に、画業の範囲が広いって触れ込んでいたけど、
やっぱり其一にはかなわないと思いました。
そしてエッシャーの時のような驚きもなくて・・・・

御舟展のあと、そごう美術館で行われている
「西田俊英展 忘るるなゆめ」に立ち寄っていました。
西田先生は山種美術館賞もとられていて、
御舟と同じような年代に、院展の賞もバシバシとられています。
展示で見た、画風の広さ、変遷には、本当にびっくりさせられました。
しかも、作品のサイズは、大型本ばかりでした。
こちらでも御舟、及ばず・・・って思ってしまったのでした。
画風が広い・・・・ってどれだけの範囲ならそういえるのか。
事前に、本当に広いなぁ・・・ と感じた絵師を見ていたので、
そうなのかなぁ・・・と思ってしまったのでした。


ただ、ここで抜け落ちていることがあります。
それは、御舟は40歳で没してしまったということです。
40年の画業と、60年の画業を比較してしまっては酷です。
人生40年の、画業の変化という点で、
御舟ほど画家はいないのだと思いました。



■事前情報の有無
また、今回は、御舟についてはある程度、事前に情報を入れていました。
一方、其一、エッシャー、西田先生。
全く事前の情報がなかったために、見るもの、聞くもの全てが、
新しくて、こんなものも描いていたんだ・・・
次々に驚きにつながっていきました。

情報が事前に入っているかいないか、それによる受け止め方の違い。
ちょっと考えさせられたのでした。


今後の私自身の問題として、美術館に行く前の予習の在り方について
考えるきっかけになりました。



■《炎舞》のベストポジション探し
ということで、なんとなく既視感が多く
自分で何かをみつけることができたという実感を得られなかった《炎舞》

自分なりのお土産をみつけようと、
《炎舞》を見るためのベストポジションを探してみることにしました。


其一の《夏秋渓流図屏風》の時も、
事前に見たテレビやセミナーなどの影響で期待が膨らみに膨らんでいました。
水が自分に向かって押しよててくる・・・・

ところが見た瞬間、なにこれ、期待はずれ・・・
全然、水なんて押し寄せてこない・・・・って思いました。
話が違うじゃない・・・・って(笑)

ところが、あっちこっちからいろんなポジションを変えて見つめ続けたら、
それはそれは、面白い現象が見えてきて目まぐるしく変化したのです。
最初の印象だけで決めちゃいけない

そんなわけで、「心頭を滅却すれば火もまた動く・・・」と、
じっと見つめて、いろいろな角度から見ていれば、
きっと、何かが見てくるはず・・・と思って、向き合ってみることにしました。


■角度を変えて
正面から整体して、次に右から、左から見てみました。
やはり、変わりません。


今度は、真正面から見上げるポジションで見ることに・・・・
下から見ると、上部の煙が、吸い込まれていくように見えました。


■見上げてみる
今度は、左側、右側からも見上げるような角度で見てみます。
これが、ちょっと難関でした。
午後になってくると人が、途切れる間もなく次々にやってきます。
人がいなくなったところを見計らって、しゃがみ込んで左右から見てみました。
が、上昇していますが、思ったほどの、変化はありませんでした。


今度は、一番離れた、両サイドの距離から見ることに・・・・ 
これ、以外にポイントなんです
絵を一番遠いところから見てみる。

しかし、う~ん・・・・



■弧を描いてみる
そうだ! と思ったのは、弧を描くように炎の周りを動きながら鑑賞すること。
空気感や、渦巻くようなものを見るときに、
弧を描いてい見るというのも、ポイントなんです。
人の少ない時を見計らって、ゆっくり周回するように見てみました。

ばっちりでした!  炎がゆらゆら動きだしました

これ、モネの《サンラザール駅》を見た時と同じ状況なんです。
あの蒸気機関車が吐き出す煙。でも何がいいのか全くわからない。
そんな時、たまたま弧を描くように鑑賞をしてみました。
すると、煙がもくもくと3Dのように動き出したのでした。

炎も、なんとなく煙と共通性があります。
常に変化してつかみどころのない立体感。
その立体とはいえないかたまりは、回り込むように見る。

思ったとおり、
炎も同様で、弧を描きながら見ると、ゆらめき出したのです
そして、中央の空白に見えるくぼんだような部分に向かって
ねじれ現象を起こしながら、炎が渦巻くように流れ込んでいくように
突然、見えだしたのでした。
ねじれながら、炎が上に上がっていく。
そして、煙となった上昇気流が渦巻きながら上へ上へとのぼる。

炎の中央あたりの、薄暗くなった部分が、
ブラックホールや太陽の黒点のようなものにも見え、
炎の中に宇宙を見たような・・・・

やっと《炎舞》の名のとおり、私の目の前で「炎が舞って」くれたのでした。

また、いろいろな角度から見ていたので、
炎の周りの微妙な色あいにも、目が留まりました。
回りの闇の黒ではなく、闇と炎をつなぐ色
そこにこの絵の大きなポイントがあるのではないかと・・・
それは見る場所、光によっても変化していて、
炎がぼわんと浮き立たせる効果がありそうです。
炎と闇の境界を埋めるもう一つの世界を感じさせます。



■部屋の外から
そして、もう一つ、ベストポジションと思われる場所をみつけました。
それは、この部屋の外にしつらえられたソファーです。
さきほどから人が座っていて、じっと動きません。
きっと、そのポジションは最高の場所の予感がします。


地中美術館で見たモネ。
その時にみつけたベストポジションが、館内でなく、
その外にあった控えのような部屋からのアングルだったのでした。

ひょっとしてひょっとしたら、《炎舞》のベストポジションは、
この展示室の中ではなくて、外の椅子なのではないか・・・・
しばし、様子を伺いながら待っていたら空きました。


その推察は見事的中。


暗闇の中にぼ~っと浮かび上がる炎。
それは、両サイドのガラスケースや展示のライトに影響されず
映り込みが全くありません
そして、両サイドからの光も目に入らないので、
本当に暗闇の中に、炎が浮かびあがったのです。


そして人が多くなると、その前にギャラリーが立ち尽くします
そのギャラリーの動きによっても、炎が見え隠れしてゆらめいて見えるのです。


《炎舞》の前に、人が一人立ちました。
その人と、炎が重なりあって、人影の周りに炎がはみ出している
光景というのも、また趣があります。

また、目の前にいるたくさんのギャラリーが微妙に動きます。
そして、一瞬だけ、視界がまっすぐに通り
炎の全貌が見える瞬間。それもまたいいのです。


《炎舞》の自分だけのベストポジション
やっとみつけ出すことができました。



■照明の秘密
この部屋は、《炎舞》のための照明が施されているとのことでした。
スタッフの方に、具体的には、いつもと違うというのは、
どこをどのようにライトを当てているのか伺いました。

具体的に、いつものルクスがどれくらいになっているかということは、
わからないのですが、全体的に暗くして
炎の周りの縁のあたりの色が、しっかり見えるように調整されているらしい。
という話を伺いました。

そして、ガラスケースのガラスの透明度が、これまでよりも高い気がするのだけど、
何が違うのか伺ったところ、
特に変わりはないとのことでしたが、
全体的に明るさを落としているので、そのためではないか・・・とのことでした。

それで分かった気がしました。
内部の明るさが落とされた結果、その周りの反射が全くなくなっていたのでした。
その分、回りの明るさが影響してしまって、
肝心の《炎舞》に映り込みができてしまったのかと・・・・・


具体的な照明の違いのデータが、twitterで紹介されていました。

 ⇒〇山種美術館

上記は、照明の輝度分布です。
左は通常の作品にあてている60-80ルクスの照明、
右は炎舞のための特別に照度を落とした30ルクスの照明。
光の当たり方が全く違うことがよくわかりますね!(山崎)@山種美術館




■《炎舞》の炎は物理学的に描かれていた!

速水御舟と物理学より
ーーーーーーーーーーーーーーー
NHKのBSプレミアム「極上 美の饗宴」で、
速水御舟の『炎舞』が取り上げられ、
炎を物理学的にとらえ実験データをもとに検証するという番組だったようです。

◆コリオリの力
地球が東向きに自転していることによってもたらされる力で、
北半球の台風が、時計と反対回りに渦いたり貿易風、偏西風なども、
この力らしい。
そんな地球の自転の力によってねじれている炎を表現

◆カルマン渦
流体のなかで、固体を動かした時に、その後ろ側に0交互にできる渦の列のこと。
これが、上の部分の炎の先端にけぶるような渦として描かれている。
日本人は、このカルマン渦に、美を見出してきた。
代表的なものは、縄文土器の火炎土器。
ーーーーーーーーーーーーーーー

上記の言葉を調べてみましたが、ちょっと理解不能・・・・
でも、観察によって地球の自転が起こす力と同じような
動きを炎の中に見出し描いたようです。

私がみつけた、ねじれながら上昇しているという動き・・・・
当たらずも遠からず・・・・かな?



■動画発見
動画もあったので見てみました。
極上美の饗宴 111017 日本画を突き抜けた炎 ~速水御舟

御舟は炎の基本の形を描いている。

●コリオの力・・・・炎の下部
地球の自転から生まれる力で台風やハリケーンが渦を巻く力

●乱流渦・・・・炎のわき  回り
炎が空気を取り込む力。
上昇気流がおこり、燃えるために新鮮な空気を取り込む。
炎周辺の割れ目

●カルマン渦・・・炎の上
上昇気流とともに上に上がる時に軸のブレがおきる。
渦をまいて上に上がる 見えない気流

炎は古典によっていると言われていたが、
科学的な目を持った緻密な観察に基づく描写。
シャッタースピード 1/8000という瞬間の炎の状態を、
御舟はとらえていた。
また、通常では目には見えないと言われるものまで、
凝視することで観察して描き出し、その再現も忠実に行われている。





■バーニングポイント(消失点)
《炎舞》の上部の描写でずっと気になっていたところがありました。
炎の上部、一番上の蛾の横あたり、何か描いているような形跡があるのです。
たんなるシミ(?)、筆跡、色むら(?)なのか、
何かを描こうとしたのか・・・・
でも、それが何か全く見当がつきません。


フランス文学者 ファーブル昆虫館 館長 奥本大三郎氏によると、
それは、蛾が炎で焼けて消失したことを意味しているのでは? 
それによって、生から死死生観を表現しているのでは・・・・
とのこと。


最初に見た時から、ずっと気になっていた部分だったので、
やっと納得できました。



   《炎舞》



すでに言われていることを確認するだけでなく、
やっと、自分で何かをみつける鑑賞ができました。
絵を見ながら、こういう発見を求めていたのだと思いました。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【追記】2016.11.16
■日曜美術館より

炎舞の背景を「黒」と思わされてしまうのはなぜなのか・・・・
実際の色は「茶」に近いのに・・・・・

それは、この絵の背景を「闇」という表現を使うからだと判明。

   「闇」=「黒」   

しかし実際の絵は黒ではない。


《炎舞》の炎はらせん状・・・・
マーカーで螺旋の補助線を日本画家の宮廻正明氏が描く。
そうやって映像で見せられたら、みんな、この炎は螺旋状だと思ってしまう。

上部の煙は螺旋だと思ったけど、下部の火炎は、私は螺旋ではないと思う。
現に、以前、NHKのBSプレミアム「極上 美の饗宴」で
科学的な検証をしたら、地球の自転によってもたらせる力
コリオの力なんて言ってたわけですし。

《樹木》でもブナの幹にからまる蔦がらせん状。

御舟は絵描きとしての本能として、
宇宙の螺旋DNAの螺旋を感じとっていた。
当時、そのような知見はわかっていたわけではないけど・・・・

そういう本能的な感性のようなことは、あるだろうと思います。
漠然とした感覚的なものとして・・・・・

ただ、螺旋というのは、生命や現象の中に見られる、
フラクタル構造とは違いますが、共通構造のようなものがあるという
ニュアンスは理解できます。
ただ、私が初めて見て感じた炎は、ねじれの求心だったので、
螺旋と言われても・・・・と受け入れがたいと思ってしまったのでした。

1/8000 秒で撮影してできる炎の形を、
御舟の鋭い観察眼は、その形を見抜いたとか・・・
瞬間や極小の世界を描き出してしまう。
偶然なのか必然なのかわかりませんが、
画家だからこそ見えるものといのがあるのかも・・・・

それぞれに感じるままに解釈をすればいいってことですよね。

ーーーーーーーーー
【追記】2016.11.17
改めて炎の螺旋について・・・・

目の前でマジックで螺旋を描きながら、
「この炎は螺旋状に描かれています。」と言われたら、
10中8.9の人は、そうだと思っちゃうもの・・・・と改めて思いました。

炎舞の火炎の動きを、もう一度、目で追い直していました。
炎との動き・・・・・
やはり、この動きは螺旋ではないと思います。
後ろから炎が前には、回ってきていません。

動きを伴う言葉のトリック、こういうところでひっかかる・・・・と(笑)

下部の炎は、螺旋の後ろから前に回る方向は描かれていないけど、
描いてない部分を想像するのも鑑賞のうちとと言われそうですが ・・・・)

ただ私が最初に見た時に、炎に動きがあるように見えなかった
理由が、「炎は螺旋表現されている」という言葉によって理解ができました。
裏から回り込む炎を感じない。だからゆらめかないし、炎が立体とならない。
自分の見え方の理由がわかった感じ・・・・

この炎を「淡泊」「表面的」「平面的」「うすっぺらい」「あっさり」
と語った方がいました。

 ⇒再興院展100年記念 速水御舟 ─日本美術院の精鋭たち─
  写実の向こうの非現実「炎舞」

言い得て妙・・・・ 適格な表現に思えます。
改めて、この炎は動いてはいないし、ゆれてはいないと私は思うのでした。

ただ・・・・・
自分が動くことによって、炎は動くのだと。


今の私には、《炎舞》のよさがいまいちよくわかりませんでした。

重要文化財だから・・・・・ 自分にとっていい絵だとは限らない。
美術家が言ったこと・・・・ そのまま鵜呑みにしない。

私は私の見方で絵を見る。
御舟、一番の(?)最大の代表作を見て思ったのでした。
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