『「ターナー 風景の詩」 @損保ジャパン日本興亜美術館』AI94さんの日記

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日記詳細

先日、西新宿の損保ジャパン日本興亜美術館で開催中の「ターナー 風景の詩」に行って来ました。

ターナーは大好きな画家の1人で、2013年に展示がありましたが(数年前かと思っていたらもっと前のことでちょっとびっくり)、やはりファンとしては行っておきたいと思ったからです。

イギリスで最も偉大な画家の1人であるジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775 - 1851)は風景画の歴史でも独創的で自然の多様な表情を捉え、古代の美を呼び覚ます歴史風景画にも取り組みました。
今展では英国各地、日本国内の美術館から選りすぐった作品が集められ展示されていました。

第1章 地誌的風景画

地誌的風景画とは、どこを描いたのかわかる特定の場所が描かれ、地形の特徴をとらえたもので、ターナー初期作品の多くはこのカテゴリーに入るそうです。
単独で旅行することが多く、鉛筆でスケッチし、大半は彼の恐るべき記憶力をもとにアトリエに戻って製作されました。

17歳のとき1975年ロイヤル・アカデミーに出品した《マームズベリー修道院》は、1500年頃の嵐で破壊された廃墟の修道院の繊細で詳細な描写がとにかく素晴らしい!
17歳でこれほど緻密に描き切るとはやはり類稀な才能だったと言わずにはおれません。

7月に開催される定期市の様子を描いた《ハイ・グリーン、ウルヴァーハンプトン》は、聖ピーターズ教会をバックに人々の表情や市の賑わいが描かれています。

ターナーのパトロン、収集家のウィリアム・ベックフォードの指揮で建設されたフォントヒル・アベイをバックにした《フォントヒル・アベイの東景、真昼》
ベックフォードは1822年までここに隠棲したそうです。

前景が水面から岸、丘の頂上、カントリーハウスが後景中央に配されている《ソマーヒル、トンブリッジ》は、水面が波立ち、水鳥が動いている様が見事に描かれています。

《アベルディライス水車、グラモーガンシャー》は、産業革命の中心地であったウェールズ南東部グラモーガンシャーでその原動力となった水車とその前で洗濯している女性たちが描かれています。
ターナーが社会の動きにも注視していたことを裏付ける一作品。

雲の間から射す太陽の光、雲の動きが卓越したタッチで描かれている《ソルウェイ・モス》

《ノラム城》はターナーが最も愛していた城の1つで、通りかかったとき帽子を脱いで敬礼したというエピソードがあるそう。
城の後ろから光が拡散し、後光が射すかのように描かれていました。

《並木道、ファーンリー・ホール》は並列する並木道、しだれかかる枝葉、中央を整然と歩く人が遠近法によって見事に描かれています。

《ストーンヘンジ、ウィルトシャー》はストーンヘンジの石柱と、雷に打たれて倒れた羊飼いと羊が、水彩画の鮮やかさと透明感が余すところなく描かれている秀作。
彫版師R.ウォリスによって版画化された《ストーンヘンジ、ウィルトシャー》も並べて展示してあり、雷の周辺は1mmに5本の線が入っているそうで、驚くべき緻密さです。

エディンバラ滞在中のスケッチをもとに描かれた2作品。
《コールトン・ヒルから見たエディンバラ》では、中央にノース・ブリッジ、後方にエディンバラ城が遠近法を駆使して描かれています。
《ヘリオット養育院、エディンバラ》は、1818年秋、詩人ウォルター・スコットの『スコットランドの地方古遺物』の挿絵政策のためエディンバラを訪れた際の作品。

第2章 海景―海洋国家に生きて

イギリスは海洋国家であり、イギリス人は海に魅了され誰もが驚異的な力に対して尊敬の念を抱いており、17~18世紀イギリスはフランスと戦争状態にあり、紛争の主な戦場は海でした。
ターナーの版画は、彼の作品普及に一役買い、旅行ガイドとしての役割も担いました。
彼は版画そのものに芸術的価値を認識し、技量が高い腕利き彫版師に任せていたそうです。

荒れて白立つ波、空の動きが見事な《シドマス、デヴォン》

《風下側の海辺にいる漁師たち、時化模様》は、海岸で砕け散る波に巻かれながらも漁師が危険をかえりみず出航する様子が躍動的に描かれています。
ターナー自身愛着があったのか、買い戻そうとして叶わなかったというエピソードがあるそうです。

《ハンバー川の河口》は強い風が吹き荒れ帆船のマストが斜めになり、波立つ海面と濃淡で表現した空の描写が秀逸。

《エディスタン灯台》は、荒れ狂う海の中に凛と立つ灯台からの光を黒い背景と細かい描写で描き切っています。

《エグリモント氏のための海景画(海風のなかの船)》は、ターナーのパトロン、エグリモント卿のために描かれ、エッチングをターナー自身が、メゾティントをチャールズ・ターナーが行った作品(チャールズ・ターナーとは血縁関係はなく、ロイヤル・アカデミーで学んだ間柄で、チャールズの方が1つ年上。)

《インヴェラレイ・ピア、ファイン湾、朝》は、版面に松脂等樹脂の粉をふり、熱で定着させた後に腐蝕すると銅の板に細かいに梨地の斑点ができるアクアティントという技法を用い、水彩画のような仕上がりになっています。

《ヘレヴーツリュイスから出航するユトレヒトシティ64号》は、オランダ提督オレンジ公ウィリアムがイギリスへ向けて出航した艦隊を描いた歴史的背景画。
1830年代におけるオランダ海景画からの影響がうかがえます。

フランス北西部セーヌ川河口に位置する港町を描いた《ル・アーブル》は、夕日があたった風景を青色の紙に描き色調が調節されているそうで、ゆるやかな線の流れが見事。

フランドル(現ベルギー北西部)の港町を描いた《オステンデ沖の汽船》は、汽船の煙と雲、船と波立つ海といった人工物と自然物のうまく融合させています。
これは、ターナーが海を描く構図として晩年よく見られるそうです。

明るめな色調の3作品。
《20ヴィニエットのうちの1点―バルト海の戦い》《20ヴィニエットのうちの1点―キャンプ・ヒルにて、ヘイスティングス近く》《20ヴィニエットのうちの1点―ヘルゴラントの死の船》
うち《20ヴィニエットのうちの1点―ヘルゴラントの死の船》は、ドイツ北西部、北海に浮かぶ島を舞台に嵐の船で船乗りたちが死を覚悟している場面が描かれいます。
砂時計(時)を持った骸骨(死)が船尾で楽しそうに踊っているという珍しい作品。

第3章 イタリア―古代への憧れ

ターナーは古典的教育は受けておらず、パトロンの多くは詩、文学、建築、彫刻を通して古代ローマの遺産の理念に精通していました。
1819年8月~1820年2月初めてローマを訪問し、その体験に圧倒されました。

エスに空から一筋の光が射し、新たな宗教の到来と救済を表した《キリスト教の黎明(エジプトへの逃避)》は、エキゾチックな雰囲気と後景の蒼さが印象的な作品。

イタリア中部の歴史ある町にある《テルニの滝》は、滝にかかる虹と崖を渡る山羊が対比して描かれていました。

《モンテ・マリオから見たローマ》は、右にサンタンジェロ城、聖ピエトロ大聖堂のクーポラ、左にローマ市内を流れるテヴェレ川と、のどかな風景が描かれています。

《風景―タンバリンを持つ女》は、フランス画家クロード・ロランの構図を想起させる作品。
古典的風景、神話的人物が配され、現実の情景ではなく理想化されたものとのこと。
黄金色の光は晩年の画風によく見られる特徴だそうです。

洪水に飲み込まれようとしている人物の構成、流れるような線で描かれた水の描写が印象的な《ノアの洪水》

動くような光景、水面と人物の詳細な描写で際立つ《ネッカー川対岸から見たハイデルベルク》
ハイデルベルク城は1840年代に好んだ主題だそう。

第4章 山岳―あらたな景観美をさがして

ターナーが属するロマン主義時代以前、山岳風景は絵画を通して探求され称賛される主題というより、旅における通行の妨げとなる障害としてしか認識されていませんでした。
視覚的なドラマ、身体的な危険に魅了され、天候と影響しあって見せる多種多様な表情をターナーは注意深く観察しました。

前景の木々を濃く、遠景の山を薄い色調で対比させた《スノードン山、残照》

《キルカーン城、クラチェン・ベン山―真昼》は、1801年初めてのスコットランド旅行の際描かれ、翌年ロイヤル・アカデミー展に出品した作品。
前景の乾いた岩で休む二人の人物のバックにアーチを描くように大きく描かれた虹を煙るようなスクラッチングアウトで表現しています。

《サン・ゴタール山の峠、悪魔の端の中央からの眺め、スイス》は、峡谷の荒々しく切り立った様を強調するためV字型の構図を用いています。


壁を埋めるような大作が連なるという感じではありませんが、作品数がかなり多く見応えのある展示でした。
最後に展示されていたウィリアム・アランが描いたターナーの肖像画以外すべてターナーの作品というのが何より凄いです(もちろん版画に至っては、彼が見込んだ彫版師に任せていたはずですが)。

常々、海や空、雲を描かせたら右に出る者がいないのでは、と思っているほど彼のそれらの描写を敬愛しています(ド素人の私に言われたくないでしょう)が、今展でも荒れ狂う海、白立つ波、太陽や雲の動きによって移り変わっていく空をたくさん観ることができました。
じっと眺めていると、画から自然の音や喧騒までもを感じ取ることができます。

暗黒の海景、ひんやりとした空気感ある空、畏敬の念を感じさせる雲間から差し込む太陽の光、もやがかかったように開ける景観、自然の中で戯れる水鳥や家畜、生活感溢れる人々・・・彼の描くそれらが観る人を静かに、そしてぐっと惹きつけて止みません。

彼自身が多くの感銘を受けたというイタリアを描いた作品はもちろんのこと、彩度高めな空想的な挿絵(こんな作品もあったんですね!)にも出会えたことは貴重な体験でした。

好きな作品を混み合う中で観たくないので展覧会はもっぱら平日に行くようにしていますが、今回も比較的ゆったりめに鑑賞することができました。

ターナーファンの方は必見、風景画がお好きな方は是非行かれてみることをお勧めいたします。


【7月1日(日)まで開催中】
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