『「世界遺産ポンペイの壁画展」 @森アーツセンターギャラリー』AI94さんの日記

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日記詳細

‘ポンペイの赤’が見たくて、先日「世界遺産ポンペイの壁画展」に行ってきました。

今展は、日本イタリア国交150周年を記念して、ポンペイの芸術、特に絵画を取り上げており、風景画、静物画、舞台建築画、民衆芸術、肖像画、神話画と多様に及んでいました。
紀元79年に起きたヴェスヴィオ火山の大噴火により埋没したポンペイ周辺の都市の私邸、工房から見つかった装飾画や壁画が展示され、フレスコ画や別荘の壁画全体に施された絵画装飾に焦点を当てていました。

以前は壁に描かれていたフレスコ画も、最近の技術の進歩により、表面だけ剥ぎ取り、軽いパネルに打ち付け、良い環境での保存、研究が可能となったそうです。
(以前は壁画は本国に行って観ないと!と思っていましたが、今展だけに留まらず、これから多くがこの方法で世界を股に駆けて展示される機会が増えそうで、個人的にとても嬉しかったです。)

まず、ヴェスヴィオ火山の噴火の様子を時間を追って観れるフィルムから始まります。
紀元79年8月24日(日本は当時なんと弥生時代)、ポンペイからエルコラーノまで被害が及ぶ様子が見て取れました。

Ⅰ 建築と風景

ギリシャ、ヘレニズム美術を貪欲に吸収した当時の人々。
色が鮮やかなのは、火山灰が緩衝材のような役割を果たして型崩れ、傷みを食い止めたそうです。

3枚から成る舞台背景建築の1つ《赤い建築を描いた壁画装飾》は、建物の庭の夢想的な雰囲気が独特。
前1世紀にはあまり類を見ないそう。

遠近法や短縮法をだまし絵的に取り入れ、壁画を広げる工夫が見られる《黄色いアエディクラのある建築》

部屋の柱に仮面とタンバリンのモチーフが描かれた《仮面とタンバリンのある壁画》、青い空とほこらが描かれた《閉じた木戸のある建築》

610gという並外れた重さの黄金の腕輪が見つかった家(そのため「黄金の腕輪の家」と名づけられている)で発見された、細かい装飾と人物、像が点在する《詩人のタブロー画がある壁画断片》

鮮やかな水色と赤がアクセントになった《エジプト青の壁画装飾》他6点。

赤茶の地に2人の人物、背景に建物が描かれた《神域風景》はエジプトから着想を得た作品で、第三様式以降に流行した絵画ジャンルだそう。

《グラッフィーティのある壁画》は、石に漆喰を塗り黒く彩色した第一様式の貴重な一例。

フレスコ画を描くにあたっての道具と顔料が展示されていました。
持ち手に装飾が施された《キャリバス》、意図をぴんと張って垂直な線を描くための《鉛製下げ振り》、円を描き、長さを計るための《コンパス》、1ぺス(古代ローマの長さの単位、29.45cm)の定規《折尺》、引いた面、千、直角を研究した《鉄製の曲尺》等。

「ナポリ国立考古学博物館」の歴史について
1704年カルロス7世がナポリ王即位し、ファルネーゼ家の美術品、芸術品が集まってきた。
1748年ポンペイ発掘が開始され、王家コレクションとして加えられた。
1781年フェルディナンド4世がまとめて保存、展示し、「ナポリ王立ブルボン家博物館」から改名され現在に至っているとのこと。

II 日常の生活

街の中の家(ドムス)と街の外の別荘(ウィラ)に大別され、しっくいは1日ごと生乾きの状態が保てる分だけ塗られ、作業は上から始められたとのこと。
顔料は乳棒で擂り潰され、たいてい色土が使われたそうです。
ポンペイはぶどうの一大産地で、酒神デュオニソスにまつわるモチーフの壁画が多いそう。

ぶどう酒製造が行われていた別荘の大きな食堂(トリクリニウム)にあった《カルミアーノ農園別荘、トリクリニウム》は、そこに部屋があるように展示され疑似体験できるようになっていて、赤茶色の壁の西にポセイドン、南と東にデュオニソスが描かれています。
当時の豊かな暮らしぶり(心も豊かだったに違いない)が垣間見れて非常に興味深かったです。

花、植物、ヤギの乳をしぼる牧神パソのメダイオンが描かれた縦型の《植物の燭台》

ナツメヤシ、ニンニク、玉ネギ、卵等が描かれた《静物》は当時の民衆の風習を表わしています。

アオヤギがコブラと戦っている《アオヤギとコブラ》は、エジプトや東方に起源を持つエキゾチックな主題が扱われていました。
《犬のシュンクレトゥス》と同じ壁画の隣に位置されるものだそうです。

上方に2つの選挙文が書かれた縦長の《選挙広告のかかれた壁画》は当時の様子(既に選挙があったとは!)を知らせる貴重なフレスコ画。

巻毛の女性とその乳母?が描かれた《ふたりの女性のメダイオン》は、目を開き口を開け、左上方を見る乳母の一瞬の表情を捉えた描写が見事。

《戦車競争》は当時とても人気があったものだが、ヴェスビオ山周辺の都市の中でこれが唯一の壁画だそう。

Ⅲ 神話

扱われたのはほとんどがギリシャ神話(ローマ神話はほとんどなし)で、富裕なローマ人必須の教養として学んだとのこと。
ポンペイ最盛期に多く表現された神話を主題にした作品は、第3様式以降に見られるそうです。

水面に映った自分の姿に恍惚とする《ナルキッソス》

毛皮の上に横たわり、酒杯を傾け、周囲にクピドが遊ぶ《酩酊のヘラクレス》

ディオニュソスを見つけ嘆くアリアドネをなぐさめ伴侶にする《アリアドネを見つけるディオニュソス》

アポロから予言の能力を授かるが、彼からの求愛を拒んだため彼女の予言を信じないようにという呪いをかけられてしまい、トロイ戦争での予言も信じられなかったというカッサンドラを扱った《カッサンドラの予言》

ディオニュソスとアリアドネの出会いの場面を描いた《ディオニュソスとアリアドネ》は、背景に湾と一艘の船が美しく描かれていました。

カルタゴ、マケドニアを制して地中海の覇者となり古代ローマ人の英雄だったアレクサンドロス大王と妻スタテイラを描いた大作《アレクサンドロス大王とスタテイラ》

2匹の蛇を絞め殺し神の子であることを示したヘラクレスを描いた《蛇を絞め殺す赤ん坊のヘラクレス》

今展のクライマックス3作品が並べて展示されていました。

左: ミノタウロスを退治した英雄テセウスがアテネの少年少女に歓迎されている《テセウスのミノタウロス退治》

中: ギリシャ神話最大の英雄ヘラクレスが奇跡的に我が子テレフォスを発見した場面が描かれた大作《赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス》は、物語の舞台アルカディア地方の擬人神アルカディアが左、ヘラクレスが右、牝鹿の乳を飲むテレフォスが左下、ギリシャ神話の最高神ゼウスが下に鷹(強さ、支配を象徴し、古代ローマでは皇帝のシンボル)として描かれています。
右端にはライオン(アルカディア地方の山岳地帯を象徴)、右上には山の精、左角には牧神パンも描かれています。

左: アキレウスに竪琴(キタラ)の弾き方を教える賢者ケイロンを描いた《ケイロンによるアキレウスの教育》

1739年に発見されたエルコラーノのアウグステウムの壁画3点で、エルコラーノはポンペイ以上に富裕層が住んでいたとされ、一気に押し寄せた火砕流によって木製の梁がそのまま炭化して残ったそうです。
発掘者は、その卓越した描写に驚き、この壁画を「神のごときラファエッロ」の作品になぞらえたそうです。
“ルネサンスより1,400年前の名も無き巨匠の名作”と紹介していましたが、描かれた神々からは溢れ出るような生命力や躍動を感じ、ただただ圧倒させられます。
巧みな構図、生き生きした表情やしぐさ、背景に施された装飾や色彩が繊細且つ如実に表現され、文化レベルと芸術性の高さには驚かざるを得ません。
イタリア人の持って生まれた芸術的感性と技術はこの頃から本当にすごかったのね!!

円形画面に2人が夫婦のような構図で描かれた《ヘラクレスとオンファレ》

Ⅳ 神々と信仰

エジプト由来の装飾が見られる《イシス女神官のヘルマ柱》
エジプト由来のイシス教はローマでは初代皇帝アウグストゥスに敵対していたクレオパトラの信仰神だったため受け入られていなかったそう。

《有翼のウィクトリア》は、白い肌とふくよかな肉体、可憐な容貌でルビーの首飾り、耳飾り、腕輪をした勝利の女神ウィクトリアが描かれ、まるで現代画のようでした。

ディオニュソスの信女であるマイナスがモチーフの《踊るマイナス》は、左手に杖、右手にタンバリンを持ち、薄いキトンとマントを身に着けたマイナスが黒字の背景に浮かび上がるような繊細な描写が見事。
「黄金の腕輪の家」で発見された《横たわるマイナス》は、髪を束ね、上半身裸で描かれていました。

天の黄道を表わす3つの輪からなる《天球儀》は、大地がもたらす豊穣や繁栄といったテーマとの関係が見られます。
所々見つかっておらず完全ではないものの、構図が見事で出色の作品。

ゼウスの息子で竪琴が得意で、最も美しい男神として位置づけられるアポロを描いた《竪琴弾きのアポロ》の黄色のマントは噴火の際の高温で黒色に変色しているとのこと。
青地を背景に上半身あらわな《ウェヌス》と対のように展示されていました。

《フェニックスと2羽のクジャク》は、ポンペイの「エウクシヌスの家と食堂」にあって、「フェニックスは幸せである。君もまたそうであるように」と書かれているそう。
不死鳥のフェニックスと共に、店の繁盛と人々の幸せを願う意味合いがあったのだろうとのこと。


元々イタリア美術、フレスコ画が大好きでもあり、ポンペイを訪れて以来、現代の化学をもってしても再現できない‘ポンペイの赤’に代表される鮮やかな色彩の壁画に惹きつけられ、今展も訪れてみましたが、生命力漲る作品の数々に触れることができました。

今私達が目にしている‘ポンペイの赤’は、もともと黄色だったものが高温と火山ガスで赤く変色したものもあり、正真正銘のポンペイ・レッドとの区別は専門家でも難しいということを今展で知りました。
故に‘ポンペイの赤’が際立っているのかもしれず、元は黄色だったのか、赤色だったのか、その辺を想像しながら鑑賞するのも楽しいかもしれません。

作品数は決して多くありませんが、古代人への想いを巡らせながらじっくり鑑賞するには十分な内容だったと思います。

初夏の日差しが気持ち良い日に、‘ポンペイの赤’はもちろんのこと、古代人の生き様や生活ぶりまでも感じられることができて、非常に満喫したひとときを過ごすことができました。

週末でも、比較的空いていてストレス無く観ることができたのは本当に良かったです。
隣でやっていたセーラームーン展の混雑振りがあまりに対照的でややびっくりしました。

ポスターにも使われている、《赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス》を含む3作品の迫力を体感するだけでも価値があるかと思います。

イタリア、ポンペイに興味のある方は必見ですが、フレスコ画がお好きな方、古代史に興味のある方にも是非足を運んでいただきたい展示です。
今までそれほど興味の無かった方にこそ観ていただきたいというのが実のところなのですが。


【7月3日(日)まで開催中】
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