個人的に最高の麺類 : 盛楼閣

初めて盛岡を訪れたのは、既に20年前。
それまで、"椀子蕎麦"という名物は知っていても、"盛岡冷麺"という名物の存在は全然知らなかった。
「盛岡は冷麺が有名なんですよ」という地元の仕事関係者の案内で、初めて訪れたのが"食道園"－盛岡冷麺発祥の店だ。
正直なところ、この時は盛岡冷麺に衝撃を受けたというより、すき焼きのように溶き卵で食べる焼き肉の方がビックリした。
それでも、テールなのにほぼ透明という独特のスープと猛烈に歯応えのある麺の取り合わせは印象的で、以来、毎月１回は仕事で盛岡に入っていたことを幸いと、市内はもちろん、近郊も含め、地元仕事関係者の誰かが「美味しい」といえば労を厭わず出向いていって食べ歩いた。
もちろん、白龍本店でじゃじゃ麺も食べたが、衝撃的だったのが盛楼閣の盛岡冷麺。

歯応えや喉ごしという食感もいいが、飲むという食感が麺にはある。
喉ごしとどう違うのかと言われそうだが、つまり、丸呑みしてしまうのだ。
咀嚼せずに喉だけで味わうという食べ方は、うどんにもあるけれど、この盛楼閣の冷麺は飲むという食感に関していえば、まさに至高の麺だと思う。

実は、コシのない麺は飲みこめない。
この場合のコシとは、単に噛み応えのことをいっているのではなく、本当の意味でのコシというのは、噛み応えだけではないと考えている。
噛み応えがないこととコシがあることは違う。

そして、麺類に求められる究極の要素といえばバランス。
スープと麺、香りと味わい、それに薬味などが、時に渾然一体となり、時に補い合い、時にぶつかり合う。
そのバランスがいかに均衡を維持していられるかどうかということが大切だ。
麺とスープを同時に食べたら美味しい…というシンプルな味わい方を稚拙などというつもりはないが、やはりこれだけ麺類がアジアンピープル、とりわけ繊細な味覚や嗅覚を持っているといわれる日本人に愛されている理由は、その奥深さにあるような気がしてならない。

と…珍しく熱く語ってしまったが、そういう意味で、ここの盛岡冷麺は究極の麺。
もちろん、個人的な意見であって、押し着せるつもりなど毛頭ないけれど。
何かいけないものでも添加されているのではないか？と疑問をもってしまうほど、蠱惑的であり、衝動的に食べたくさせてくれる。

うどん、そばに始まり、パスタやラーメンなどなど…全国各地でいろいろな麺を賞味させてもらい、自他共にとはいわないが、麺好きを多少ならずとも自認している身としていわせていただくのであれば、盛楼閣の盛岡冷麺以上に魅惑的な麺を20年以上、知らない。
もちろん、美味しい麺類はたくさんあるし、それはそれで素晴らしい。
あくまでも個人的な意見として…と前置きさせてもらうが、まさに最強。

出来不出来は、人間が拵えるものである以上、これは必然として生じてくる。
こちらの場合、いわゆる麺の端や素麺でいうところの"ばち"に該当する部分が集中してしまう時があるのだが、やや茹でむらも生じやすくなり、ちょっと残念。
作り手によって、多少ならぬ差異が生じることも、長年の体験上、認めざるを得ない…というか、まあ、当たり前といえば当たり前の話し。
プロなんだから…というのはもっともなご意見だが、だからこそ、食べ物は面白いともいえるのかも知れない。

以来、盛岡に滞在する時は、100％盛岡冷麺のみ。
朝食はとらず、早めのランチとして食べ、夕方に移動する場合も、時計を睨みつけながら堪能する。
大盛りは避け、並盛りを２杯頼む方が幸せということも知っているので、いつも並盛り２杯。
宿泊時には、一杯やりながら焼肉もいただくが、あくまでもメインは冷麺というスタンスはキープ。

人口30万の地方都市で、200近い座席数を擁しながら、休日前ともなると2Fの店舗入口から階段をつたって1Fまで行列ができる理由も、実によくわかる…いや、もちろん、全部が全部、冷麺萌えではないかも知れないが、つい、おおっ、ご同輩と思ってしまう。
もっとも、例え盛楼閣であっても、並んでいる時は時間をずらすなどしてスルーするが。

問題は物理的な距離だ。
東京をはじめ、各地の食いしん坊仲間に魅力を語ったのはいいが、仕事で出向かなくなった2年前からは、すっかりご無沙汰になりがち。
にも関わらず、情報を伝播した友人知人がちょくちょく訪れては、ご丁寧に「最高」のメッセージと共に画像を送ってくれる。
こういうのを、ありがた迷惑、小さな親切大きなお世話というのではないかと…送られてくる画像と美味しそうに食べる友人知人の姿を拝見する度に痛切に感じているところだ。