広島で最も思い入れがあった店です。 : 深山

　世に思い出深い店というのは多々ありますが、広島市内で一軒挙げろと言われれば、迷うことなく、この深山を挙げます。
歴史ある名店ですが、最近は人の噂に上がることも無くなりましたが、・・・・

　私がこの店で初めて猪料理を食べたのは、１９８９年だったか１９９０年だったか・・・
今となっては記憶もあいまいですが、当時の上司に連れていってもらったのがきっかけです。

　当時はバブルの真っただ中ということもあり、こんな割高でマニアックな店でも連日満員でした。
当時は並木通りの大きな店でしたが、店主のおじさんが山で仕留めた猪が台所に転がっており(笑)、その野趣溢れる雰囲気と肉の新鮮さには比類がなく、料理のウマさも手伝って、私は立ちどころに、この「深山」の虜になってしまった。

　私が、どれだけこの店を愛していたかと言うと、
１９９６年、結婚式の前日、各地から集まって来る友人知人を集めて前夜祭を開いたのが、この「深山」でした。　
凄い金額でしたが(汗)　

　結婚式の前日に猪料理で宴会をするというのも変わった趣向ですが、当時の私は広島県内で友人をもてなすなら、この店を置いて他には無いとまで惚れ込んでいたのです。

　さて、その名店深山ですが、不幸なことに、オーナー父娘の意見の相違などから二軒に分かれて今日に至っております。
分裂後も懐かしさから、父親の店、娘の店、ともに通ってみるものも、味の低下は歴然で、いつしか足が遠のいていったのでした。

　後を継いだ娘は料理の味で父に及ばず、店を娘に譲って飛び出した父は、かつてとは比較にならぬ程の小さな店舗で店を再開したものの、客の激減からか、あれほど新鮮だった肉の質が、悲しくなるくらい劣化してしまった。
その後、並木通りにあった深山の店舗も、いつしか消えて無くなってしまった。

　私の記憶からも１０年以上消えて無くなっていた深山でしたが、ある日食べログを覗いてみると、かつてとは違う場所に移動して経営を続けているという。　
　父親のほうは立町で相変わらず頑張っているようなので、娘のほうの店だろう。　 興味が湧いた。

　かつての深山を知っている友人の一人を誘って行ってみた。
店は随分小っちゃくなってしまったなあ。　今昔の感如何というやつだ。

　さて、深山で私が食べるもの、それは二つしかありません。
猪のシャブシャブと猪の石板焼き。　２５年前からこの二つだけです。

　猪のシャブシャブと聞くと、不審に思われる方も多いことでしょう。
「猪は味噌仕立てのボタン鍋じゃないの？」
日本国中ほとんどの店ではそうでしょう。

　もちろん深山にもボタン鍋はあります。
ただ、この店ではシャブシャブをお勧めします。　新鮮な猪の肉が手に入る深山にしか出来ない料理なのです。

　先代の親父の弁を借りれば、
「猪を味噌で喰う奴は馬鹿じゃ。　本当の肉の旨さはシャブシャブじゃないと絶対解らん。　猪の肉の甘み、風味はコンブ出汁でシャブシャブしてポン酢で食べて初めて解る。　猪のシャブシャブを食べたら牛肉のシャブシャブなんか、馬鹿らしゅうて食べれんようになる。」

　耳にタコが出来るくらい先代にレクチャーされた私は今でも教えを忠実に守っておるわけです。
もう一つの名物が猪の焼肉です。　陶板の上で焼くのですが、ポイントは二つ。

　一つは油を敷かないこと。　猪から脂がたっぷり出てくるので、脂っぽくなるのです。
二つ目は片面だけを焼くこと。　正確に言えば片面だけを焼き、火を止めてから肉を裏返して余熱で火を通すこと。　
両面焼くと肉が固くなるのです。　味付は胡椒がたっぷり入った塩胡椒です。
　
　ただ娘さんが跡を継いでから焼肉を食べに来た時、あれほど大将が厳禁していた油を敷いて焼いている。
この時はガッカリしました。　ケンカ別れ(？)だったので、ポイントを伝承していないのかもしれません。　この時を境に深山から足が遠のきました。

　久々の深山。　以前と同じ「シャブシャブ」と「石板焼き」です。
驚きました。　シャブシャブはかつての味に近い。　　ポン酢にたっぷり浸けて・・・

　そうそう、この味です。　ポン酢で猪の甘みが、より引き立つのです。
いやぁ感動しました。　かつての深山の味が蘇っているではありませんか。

　焼肉も油を引かずに出てきました。　これはgood！
ただ肉は以前に比べて薄っぺらくなっちゃったなあ・・・　焼肉の場合はある程度厚みがないとねえ・・・

　以前なら、「美味しい。　美味しい。」と食べていると、気を良くした大将が、秘蔵の鹿の刺身や、猟の途中で採取したマツタケなども、サービスで出してくれたのですが(笑)

　もっとも、大将が何でもかんでもサービスで出しちゃう為、店が一向に儲からず、この辺の経営方針を巡って親子喧嘩になった末の分裂であったと後に人から聞きました（もちろん真異の程は判りません。）

　今は娘さんが山に登って猪を捕まえているわけではありませんので、北広島の猟師に頼んで仕留めてもらっているそうです。　先代は立町で頑張っていますが、かつての深山の雰囲気には娘が経営している、こちらの店の方がより近いですね。

　かつては横綱の輝きを持った唯一無二の店でしたが、現在の実力は前頭筆頭クラスでしょうか・・
それでも十分幕内上位の力を維持していると言えなくもない。

　何にせよ、広島が誇る深山が、細々とではあっても今も猪料理を愛するコアな人達に、こうやって料理を提供し続けているわけです。
　いつまでも灯を消さずに頑張ってもらいたいもんです。