上質な海老フライ : キッチンプラス

この日も猛暑。東京は亜熱帯へといつの間にか変貌を遂げている。
パナマ帽が日差しを遮るが、滴る汗は止めようがない。
久々の自由が丘の街。昼時はとうに過ぎているが昼食は未だだ。
猛暑日が続き蕎麦の昼食が多くなっているが、この日は足が小さな洋食屋へ向かっている。

ここは以前から来てみたかった店の一つだ。
実を言うと、一度昼時に来たのだが、行列だったので諦めたことがある。
何せカウンター8席の小さな、小さな店なのだ。
店に着いた時は既に2時少し前。
湿度と気温で不快な気持ちで歩いてきたが、幸い行列はないので不快感が少し減じた。
この時間でも営業しているのが嬉しい。但し、売り切れしまいである。
店の外の黒板のメニューを見ると、線が引かれ消されているものが3つもある。
少しばかり落胆したが、この時間では致し方ない。
店のドアを開け足を踏み入れる。

感じの良い女性がカウンターの中から微笑んで迎えてくれる。
こんな時間でも、年配のご夫婦1組、年配と若い女性が1人ずつカウンターにいる。
白くて品のある椅子に腰を下ろし、出された冷たい水を手に取り胃の腑へと流し込む。
一息つき、カウンター越しに、店内に掲げてある黒板のメニューを再度見る。
線で消されていないのは、デミグラスソースのメンチカツ、ピリ辛トマトソースのチキンチーズカツレツ、
タルタルの海老フライ(2尾)、キノコのジンジャーソースのポークソテー、の4種類である。
どれも美味しそうで、洋食屋に来た嬉しさが胸に込み上げてくる。男はみな洋食好きだ。フライが好きだ。
どれにするかな。注文に悩むというより、選ぶ楽しみ、喜びと言った方がいい。
因みに、売り切れは、ハンバーグ、オムライス、ハヤシライス、であった。

メンチカツのドミグラスソースに惹かれ、まさに決めかけた時、傍の年配の女性に海老フライが供された。
その海老フライの端正なこと。大きさも、衣の見栄えも、素晴らしい。
これにしよう！と思った瞬間には、「海老フライ下さい」、と声が出ていた。
あたかも海老フライに延髄を刺激された様だ。

カウンターの左奥が小さな厨房で、男性のシェフが黙々と料理している。
片目で眺めていると、目の前にスープが出される。
紅い色をしたミネストローネである。早速スプーンを手に取る。
うん、なかなか美味しい。野菜の旨味がスープに出ているのが感じられる。
基本に忠実に手を抜かず時間をかけ作っている。そんな味がする。
このスープを特徴づけているのは、なんと言ってもクルトン。
一般的なものよりかなり深く揚げられていて、まるで揚げパンの小片が入っているかの様だ。
クルトンがスープを吸い、食べるとスープが油と共にじわっと滲み出し、舌を悦ばす。えも言われぬ味だ。

スープを飲み終わり満足していると、海老フライが出来上がってきた。
真っ白な皿に黄色い大きな海老フライが2本。いい眺めだ。
大きさ、黄色い衣の色、パン粉が大き目と思える衣の立ち方。
タルタルソースの中で存在感を放っている黄身。
そして人参、ズッキーニ、隠元、ジャガイモ、の付け合わせ。
全てが過不足なく、バランスよく、お互いを映えさせている。
ライスが平皿に盛られているのもいい。
久々に、これぞ洋食という皿が目の前にある。食べる前から幸せ感が満ちてくる。
タルタルソースが皿にのっているが、ウースターソースの瓶も出してくれる。

まず、海老フライをナイフで切り、中の海老の大きさを見る。まあまあの太さだ。衣もかなり厚い。
レモンを絞り、そのまま頬張る。少し粗めのパン粉の衣が口中を刺激する。
その後サクサクとした食感が広がり、海老の味が続く。仄かな海老の甘みも感じる。
今度はタルタルソースをつけて頬張る。このタルタルは卵の黄身がたっぷり入っている。
ただ、私には少し酸味が足りないし、ピクルスが入っていないのも物足りない。
しかし、海老フライにタルタル。この華やかさにウースターソースはとても敵わない。

タルタルをつけた海老フライを食べ、ライスを頬張る。
ライスは柔らかくもなく硬くもない炊き具合。
お米そのものが艶やかで美味しいとまではいかないが、十分に美味しい。
1本目はタルタルで食べたので、2本目はウースターソースで食べる。
ソースをかけると、ウースターだから衣にすーと浸み込む。これがまた食欲をそそる。
海老を頭の方からカットし、口に運ぶ。ウースターとこの衣の相性は抜群だ。旨い。
見た目では引けを取るウースターであるが、ライスと食べると本領を発揮する。
ライスもより美味しく感じる。

あっという間に海老フライは皿から消えた。
そして、私は久々に洋食を食べたという満足感に浸った。
海老フライ2尾¥1,180、スープ、ライス、飲み物付き。文句なく価値がある。