これ以上の幸福を、ぼくは知らない。 : レストラン アラジン

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フレンチTOKYO百名店2023選出店

食べログ フレンチ TOKYO 百名店 2023 選出店

この口コミは、ジュリアス・スージーさんが訪問した当時の主観的なご意見・ご感想です。

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5.0

¥15,000~¥19,9991人
  • 料理・味5.0
  • サービス4.8
  • 雰囲気4.8
  • CP5.0
  • 酒・ドリンク5.0
2018/02訪問2回目

5.0

  • 料理・味5.0
  • サービス4.8
  • 雰囲気4.8
  • CP5.0
  • 酒・ドリンク5.0
¥15,000~¥19,9991人

これ以上の幸福を、ぼくは知らない。

人生は一度だけだ。
その一度だけの人生で美食に関心をもつ人ならば、
その人のメインジャンルがたとえ和食であれ中華であれインド料理であれ、
いずれにせよ、最高のレストラン・フレンチを体験せずには、
死んでも死に切れない。
なぜって、フランス料理ほどに食材の多彩なおいしさを追求し、
加熱方法を分類し使い分け、各種の骨の水煮ダシを取り分け、ソースの併せ方にセンスを発揮し、
しかも食事にシャンパーニュやワインのゆたかな魅力を導入し、
各種フロマージュを愉しみ、デセールにショコラや果実も活用し、
香り高いお茶やコーヒー、焼き菓子、コニャックを味わい、
そのうえ料理人それぞれの個人様式を芸術にまで高め、
料理人たちを競わせることによって高みを維持し、
つねにグルメたちを惑わせ興奮させる話題を提供してきた料理ジャンルは
けっして他にないから。
しかも内装やサーヴィスの洗練においても一流のフレンチレストランは卓越していて、
たとえ経験値が乏しく、なけなしのカネで緊張しまくって来店している若い恋人たちに対しても、
はたまたそのレストランの有名シェフを神様のようにあがめ、
勉強のために向学心にこわばった心で訪れた若い料理人客に対しても、
接客の魔法によって、くつろいだたのしい気持ちにさせてくれるし、
さらにはどんな客にも、自分もまた意外と魅力的な人間なのだ、と
錯覚(?)させてさえくれる。


フランス料理の流行は3年ごとに変わり、マスコミはつねに新たなトレンドを求める。
つねにその時期のスターシェフが生まれ、予約の取れないレストランが生まれ、
なかにはこの不景気な時勢にあってひとり8万円もの値つけをする人気店さえある。
そして3年後には(残酷にも)その顔ぶれはほぼ変わってしまう。
けれどもその他方で、そんな流行とは無縁に
自分が最高とおもう自分の料理を淡々と作り続けるシェフがいる。
時代が変わっても、かれの料理は変わらない。
そう、川崎誠也シェフのことですよ。
かれの食材選びは厳しく、料理の発想は多彩で、季節感があり、
しかも川崎シェフらしいユーモアがあって、
ジビエを熟知し、過熱は的確、味わいは深く、ソースの併せ方も魅惑的で完璧、
けっして奇をてらったことはやらず、それでいて
オーソドックスでありながら、川崎シェフらしい。
一言で言って、かれの料理は
1973年にその名をつけられたヌーヴェルキュイジーヌの精神と態度を
まっとうにそのどまんなかを継承している。
しかも値つけはけっして高すぎることはなくまた安すぎもしない。
いいえ、その料理の高みをわかる客にとっては、
ランチ価格など「こんなに安くていいの???」と感じるほど。
(川崎シェフはけっしてカネ持ち客ばかりを相手にした商売を好まず、
むしろ多数派の標準年収の客たちが
年に1度か2度、特別のイベントとしていそいそと食べに来てくれる、
そんなレストランであることをこそ望んでいるらしい。)
かれは還暦を越えながらますます幸福で超若々しい。
(その理由のひとつをぼくは知っているけれど、ここには書けない。)
おまけに、川崎シェフはなにをおもってかぼくのことを好きらしい。
いったいなにゆえそんな名誉がぼくに降り注ぐのか、まったくわからない。
いかにもパリのノミの市で怪しげな骨董を買い集めた
そんな川崎シェフらしいことである。
なお、どうやら川崎シェフは、
ぼくがフランス料理の眩しく遥かな高みと深くゆたかな官能を知りながら
インド料理ばかり食べていることを、たいへんにまちがった憂慮すべきことだと
嘆いているらしい。もしも他の人が言うならばぼくは大いに反論するだろうけれど、
しかし、あの川崎シェフがおっしゃるのだもの、ぼくは悔い改めるほかない。


この日は川崎シェフが組み立ててくだすったこんなコースをいただいた。


シャンパーニュ。
サンセールの白ワイン。


1)いろんなジビエのコンソメ
イノシシ、鹿、鴨、そのほかアラジンの厨房にあるすべてのジビエの
骨や肉を使ったコンソメ。
ボキューズボウルのなかのその液体は、
紅茶のような色合い。イノシン酸のうまみをともなった香り。
なんとも優雅な香りと味。


2)ヒラメの切り身を蒸したもの、キャベツとポロネギ添え。
むっちり蒸しあげられたヒラメの純白な身がすばらしくおいしい。
キャベツとポロネギはあざやかな黄色、
酢をもちいて優しい酸味に仕上げてある。


3)ホワイトアスパラガスの生ハム巻き、バターソース
大きく立派なアスパラ、優美に微笑む繊維質、生ハムの塩がいい具合、
バターソースがエレガント。


4)フキノトウの芯をくりぬいて、フォアグラを詰めて、
コロモに包んで揚げたもの、マデラワインソース

フキノトウの苦味が大人っぽい。
フォアグラのまったりしたうまみがおいしい。
そしてマデラワインソースの上品で深みのある澄んだ甘さがいい。


5)イノシシの背肉のキャベツ包みロースト、
コーシン大根、黄カブ、レンコン、京ニンジン、葉タマネギ、慈姑添え。

すばらしくおいしい!


6)仔鴨のロースト、サルミソース
血沸き肉踊るおいしさ、
ローストは的確だし、ショコラ色のソースのうまみは深い。
一口食べると1500メートル全力疾走したくなる。


さらに、「じゃがいものグラティネ、黒トリュフ入り」が、
副菜として登場。これがまたおいしいの。


7)トリュフの香りを移した卵を使った、半熟卵焼き
おっぱい型の覆い(クロッシュ)をかぶせて登場。


ブローニュの赤ワイン。


8)鴨の脚、内臓、腕のロースト。
サラダ添え。
上等の塩の効果がわかる。肉のうまみが深く、たいへんおいしい。


9)イチゴとルバーブのババロア


10)エスプレッソw と
チョコレートのムース と みかんのソルベ


アラジンは内装もほどほどにchic で、
サーヴィスも品格があり、しかも穏やかで優しい。
また料理は、川崎シェフが多くを作るにせよ、
ときどきはスタッフが作る場合もあって、
しかもアラジンでそうとう食べ込んだ客であっても、
それがシェフによるものか2番手によるものかけっしてわからないだろう。
これは驚くべきことで、すなわち川崎シェフは教育力もたいへんに優れている。
そのうえ、あるいはもしかしたら川崎シェフは、
ぼくのようなレヴュアーの美意識さえも育てようとしておられるのかもしれない。
なるほど、自慢してよいことにはぼくのフレンチ舌は
あきらかに川崎シェフに育てられている。


川崎シェフとあれこれおはなしもできた。
琵琶湖の隣の余呉湖にある徳山鮓 (とくやまずし)の熊のしゃぶしゃぶがおいしいとか、
鮎は川の上まで遡った鮎がもっともおいしいとか、
ロニョン・ド・ヴォーは仔牛のそれがおいしく成牛のはまずい、
ところが松阪牛に限っては成牛のそれであってもおいしいとか。
けっきょく、おいしさは生命力なんだ、
われわれはその生命力をいただいているんですよ、と川崎シェフは結論づける。
はたまた、ロマネコンティのおいしさの秘密は石灰質の土壌にある、
その土壌は英国にもあってそうとうおいしいシャンパーニュ
(とは呼べないがすばらしいもの)ができる、
さいきんはニュージーランドで挑戦している人たちがいて、
しかもニュージーランドでは年2回葡萄が獲れる、というようなはなし。
また遅い午後に、宮崎県川鍋町の黒木町長も食べに来られ、
町起こしの相談を川崎シェフとなさったり、
またワイン業者がワインの売り込みに来店し、
川崎シェフがたいへん穏やかな口調で、そのリストをやんわり叱る場面もあった。
川崎シェフの人望と、そしてまたレストランを質高く維持するためには、
さまざまなふるまいが必要であることを、ぼくはかいま見た。


アラジンでフルコースを美女と目と目を見つめ合って3時間かけていただく。
これ以上の幸福をぼくは知らない。
今回は美女はいなかったものの、しかしそれであってなおぼくはじゅうぶん幸福だった。
ぼくの好きな人にはぜひアラジンで食べて欲しい。
いつかムゲーシュとぜひ食べに来たい。


『真鍮製のハンドルが軋む音』2011年1月。
http://tabelog.com/rvwr/000436613/diarydtl/119743/

『時の影がワインレッドに染まる。2014年10月。
http://tabelog.com/rvwr/000436613/diarydtl/124878/

『ふたりの24歳。』2015年3月
https://tabelog.com/tokyo/A1307/A130703/13004454/dtlrvwlst/B113095289/


ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://tabelog.com/rvwr/000436613/


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2015/03訪問1回目

5.0

  • 料理・味5.0
  • サービス4.8
  • 雰囲気4.7
  • CP5.0
  • 酒・ドリンク4.8
¥10,000~¥14,9991人

ふたりの24歳。

フランス料理のことをなにも知らなくたっていいんだよ、
趣味のある空間で、気持ちのいいもてなしを受けながら、
シャンパーニュやワインを味わい、
次から次に現れる、最高においしい料理を、ゆっくり愉しみながら食べる。
客であるぼくたちは、目と目を見つめ合って、愛の言葉を囁き合い、
ときに、「料理、おいしいねぇ、すばらしいねぇ」と、ためいきをつく。
ただそれだけのことが、若いきみにとって、かけがえのない経験になる。
おいしい料理が好きならば、メインのジャンルがなにであれ、
最高のフランス料理は食べたほうがいい。
ただし、おばあさんになってからはじめて食べたってつまらない、
若く、美しい、24歳のいま、ちゃんと華やかにおしゃれをして、
背筋を伸ばし、微笑みながら体験してこそ、かっこいい。
では、どこでレストラン・フレンチを食べる?
それはもちろん広尾のアラジンさ。
ざっとそんなことをぼくは彼女に囁いたのだった。


ぼくはいま55歳で、目はとっくに老眼、
髪の毛に艶は失われ、顎ヒゲは白髪混じりで、おまけに腹も出ている。
いつも派手バカ服を着ていても年齢は隠せない。
そんな自分がまさか24歳の美女と、目と目を見つめあって、
アラジンでデートできるなんて、夢にもおもわなかった。
彼女の栗色のショートヘア、しっとりみずみずしい頬の曲面、
ピンク色の唇、そして、丸い肩とほっそりした腕を見せてくれる、
春色のノースリーヴのミニスカ・ワンピ。
ぼくは心のなかで叫ぶ、生きてて良かったッ!!!
そう、ぼくの目には彼女の若さが眩しい、
けれども、他方、芸術家の魂をもつ彼女は彼女で、
若さと才能と無名、そして見えない未来、その牢獄のなかで、闘っている。
いまにしておもえば、遠いむかし、若かった頃のぼくもまたそうだった。
もっともぼくは、これまでの人生においてまったく功なり名をなしとげることもなかったけれど。


さて、アラジンの川崎誠也シェフとして知られるその人は、
いったいどんな来歴をたどって、いまに至るのだろう?
24歳のカワサキ青年は、いったいどんな闘いを生きていただろう?





いや、順を追って話そう。
ざっとこの日のコースの紹介から。
まずはシャンパーニュで乾杯。
あとは白ワイン、サンセールでとおした。


手長エビの白菜包み蒸し、セップオイルと柚子風味。
なんて上品な一品だろう、むっちりしたエビが春らしい白菜に包まれ、
清楚で官能的な香りをまとって。


ヒラメのロースト、アサリ入りラタトゥイユ添え。
これもまた上品なおいしさなんだ、
ヒラメのはかないおいしさに、穏やかな陰影を添えるアサリ、
そして色彩のはなやかな、優しいおいしさのハーモニーを奏でる野菜だち、
ミニマムな組み合わせでありながら、
喩えようもないゆたかさが生まれていて。


ヤリイカのブイヤベースソース。
イカがうまみたっぷりの茶色いソースで煮含められている。
深くリッチなおいしさの高貴な一品でありながら、
なぜか庶民にも懐かしいおいしさだ。


エゾ鹿の脛肉の赤ワイン煮。
(濃厚なソースのなかに、鉄分たっぷりの赤身肉が重厚な赤ワインソースをたっぷり吸い込んで、
ニンジン、ブロッコリー、小タマネギが脇役を演じています)、
ココット鍋でサーヴされます。
つけあわせが、パスタ、ほうれんそう、セップ、トランペット・ド・モール。
これがまたうまいに決まっている一品でありながら、
そのおいしさは想像を超え、脊髄に電流が駆け抜け悶絶し、
そのまま1500メートル全力疾走したくなるほど、おいしい。


ウズラの、キノコとワイルドライス詰めロースト、カレー風味ソース。
半身が2つで、計1羽。むっちり焼きあがったウズラのなかに、
真っ黒いワイルドライスが詰まっていて、上品なカレーソースが、
穏やかにキックを与えています。

イチゴのゼリーで包んだリュバーブとイチゴのコンポート。
これがまた背徳的なおいしさ。

リンゴの薄焼きタルト、アイスクリーム添え。
ロアゾーのスペシャリテを継承しているそうな。

最後に、薄切りオレンジやリンゴのドライなローストをつまみながら、
ぼくはエスプレッソをダブル、彼女はコーヒー。


あぁ、なんてすばらしいフルコースだろう、
リンゴの薄焼きタルト以外は、
すべて川崎シェフのオリジナルで、
しかもそのオリジナルがどれも明快なイメージをもった魅力たっぷりの
堂々たるスタンダード・ナンバーになっていて、
これ以上においしい料理など想像できない、まさに最高の料理がここにある。





夢のようなコースを終え、ぼくは給仕長に言った、
「彼女は超ラッキー・ガールなんですよ、
だって彼女はきょうがフレンチ初体験、
それがきょうのこのアラジンのフルコース、
そんなこと、ふつう、ありえないでしょ。
ねぇ、この三国1の幸せ者ッ。」
給仕長は一瞬、眩しそうに彼女を見た、
(おそらくぼくと同様に)彼女を超うらやましくおもっただろう、
しかし、もちろんそんなことを口に出せるわけもない、
1秒の沈黙の後、かれは微笑んで折り目正しく役割トークを口にした、
「そうおっしゃっていただけて、光栄です。」
そんなことを囀っていたら、川崎シェフが現れた。
それからぼくはシェフからいろんな話をうかがった。
あの時代の貴重な証言をさまざまに聞きながら、
ぼくが了解したのは、川崎シェフのフランス料理観であり、
すなわち人生を賭けた闘いのありようである。


川崎青年は1979年、24歳でフランスへわたり、翌年春から夏、
ベルナール・ロワゾー Bernard Loiseau 1951- 2003 のレストランで働いた。
ロワゾーは、デグラッセの魔術師、厨房のモーツァルトと賞讃されるシェフである。
1980年といえば帝王ポール・ボキューズが54歳で、
すでにそのひとつ下の世代が台頭していた。
ロワゾーはまだ29歳で、ブルゴーニュ地方のソーリューという街の、
由緒正しい歴史的名店でありながら、ただし
かつての輝きをやや失いつつあったコートドール La Côte d'Or を、
レストラン経営者のクロード・ベルジェが買い取り、
ロワゾーをシェフに抜擢して数年。
ロワゾーはまさに料理の力で、コートドールの名声を甦らせ、
料理好きならばぜひにもいま訪れるべき店に、しつつあった。
ロワゾーは、かつてのバターたっぷりのおいしさを過去のものにした、
誰もが驚いたものだ、「こんなにも軽く、それでいてこんなにもおいしいなんて!」
「ダイニングにはグルメたちにまじって、ロワゾーのテクニックを盗もうとする、
料理人たちもけっこう来てました。
いまにしておもえば、1980年は、
ベルジェの引退を機に、ロワゾーは借金をして、コートドールを買い取った年です。」
この時期フランス料理はさらに大きく変わりはじめていた。
むろんロワゾー以外にもさまざまな料理人たちによるいろいろな試みがあり、
歴史の覇権を誰が握るか、それは同時代においては誰にもわからない。
「アラン・デュカスはまだ24歳、
ジョエル・ロブションでさえ35歳で、まだ、Hotel Nikko (ホテル日航)の、
レストラン・セレブリテ Les Celebrites の雇われ料理長でした。」





第二次大戦後のフランス料理の歴史は、一般にこんなふうに語られることが多い。
まず重要なできごとは、1973年、その名をつけられた、
料理人たちの革命、ヌーヴェル・キュイジーヌである。
それまでというもの、料理人たちは、
地下の厨房で朝から夜遅くまでコキ使われて、
決まりきった料理を作りつづける職人だった、
しかし当時若く才能にあふれた料理人たちは立ち上がり、
この現実を改革し、明るい日の光の差す機能的な厨房で、
純白のシェフコートに身を包み、ときには颯爽とダイニングに登場し、
自分の表現として料理で、お客たちをもてなす芸術家になっていった。
当初は、一方でブーイングが、他方で応援と賞讃の声がいずれも盛大にあがり、
ヌーヴェル・キュイジーヌの是非をめぐる大論争に発展した。
けっきょくその2年後、時の大統領ジスカールデスタンが、
ヌーヴェルキュイジーヌの旗手ボキューズに賞を授与することで、
そしてボキューズが仲間の料理人たちとその名誉を分かち合うことで、
料理人たちの革命は、勝利を決定づけたものだ。
(これはまさにポップ・ミュージックの歴史における、
ビートルズ以前/以降のような決定的な出来事だった。)


ここで、世の人々は、一方であらためて歴史をさかのぼり、
ボキューズをはじめ多くの料理人を育てたフェルナン・ポワンに注目しつつ、
他方、ボキューズ世代の1ダースほどの料理人たちをスターとして遇し、
さらには、近年ではフランス料理史の語り手たちは、
その後の1980年代後半以降を、
ジョエル・ロブション、さらにはアラン・デュカスで描き、
00年代のスター、ミシェル・ブラスをはじめとした、
いわゆるコンテンポラリー・フレンチと呼ばれもする世代につなぐ。
フランス料理の現代史は、たいていこんなふうに語られるもので、
いわば教科書的な、無難で順応的な、歴史観と言っていいでしょう。
しかし、ヌーヴェルキュイジーヌの本格的な開花期1980年代に、
フランスのさまざまなレストランで仕事をしていた川崎シェフにとっては、
誰もが語るそんなステレオタイプな語り口、
とくに、1980年代後半以降の描き方に、
大きな(許しがたい?)違和感があるのではないかしら。
いや、もっと言えばそこには、
〈他人のカネを使って好きなことをやるか、
それとも自分のカネで店を作って、自分がリスクを負って、自分の料理で闘ってゆくか?〉、
料理人の人生を左右する問い、すなわち人生観が、反映してもいて。


川崎シェフは語る、
「ロブションを見出し、スター・シェフにしたのは、実は、
世界にいくつもあるHotel Nikkoの、
当時のレストラン部門のトップだった、佐原秋生なんですよ。
どこのホテル・ニッコーにも、和食の Benkay 弁慶 と、
フレンチのセレブリテ Les Celebrites がある。
佐原秋生によって、ロブションはパリのニッコーのセレブリテのシェフに抜擢され、
そこでロブションは併設のベンケイに関心を持ち、
和食の、目に美しい器ともりつけ、刺身における洗練されたナイフテクニック、
握り寿司の綺麗で優美な姿、ニンジンひとつとっても花の形にカットしてあったりする、
そんな和食の工芸的な輝きに、魅了された。
そしてロブションはかれならではの感受性でもって、それをかれのフランス料理に活かし、
たとえば野菜のカットにしても、ミリ単位で厳密におこない、ボール状にくりぬいたり、
加熱の温度や時間配分も秒単位で定め、
皿の円周を3色のソースのドットで飾るような、神経質で華麗なスタイルを作りあげ、
そしてホテル・ニッコーを辞め、かれの店、ジャマン Jamin を作りました。
とうぜん調理にはかつてとは比べ物にならないくらい時間も手間もかかります。
じっさい最盛期のジャマンは、30席に、あろうことか、
料理人30人というすごいことになってゆく。
しかもジャマンだけは、昼営業から夜営業までのあいだの休憩もなかった。」


「その後ロブションは、50歳を目前にいったん引退を表明し、
その後は、もっぱらレストラン企業家として、活躍するようになった。
すでにロブションは日本では、
1994年に、東京の恵比寿ガーデンプレイスに、サッポロビールのカネで、
まさにシャトーみたいなゴージャスな店を開いていました。
あれだけの高値つけで、連日ちゃんと客がたくさん入りながらも、
しかしロブションに払う莫大なカネをはじめとして、あまりに経費がかかりすぎ、
結果、サッポロビールは10年間経営した後に手を引き、
それを宅配ピザのピザーラが買った。
ピザーラは、なんとしても欲しかった世界最高の名誉を手に入れたんです。」


「そんなロブションのビジネススタイルを追いかけ、それに挑戦したのが、
アラン・デュカスで、デュカスもまた、世界中にたくさんのプロデュースレストランを作り、
日本においては、不動産屋のカネで表参道にブノワを作った。
ある意味で、あの時代はジャパン・マネーが、フランス料理の世界を変えたとも言えるのだけれど、
しかし日本人だけがそのことに気がついていないんですよ。
ブノワを作った不動産屋もつぶれ、けっきょく、デュカスがブノワを安く買い取った。」


「ロブションもデュカスもいずれも堂々たる立派な人生だとおもいます。
やろうとおもったってそうそうできることじゃありませんからね。
やはりかれらは選ばれた、すごい人たちなんです。
ただし、同時に、ミシュランが1990年代に、かれら、料理をしないレストラン企業家たちの店を選んだときから、
ミシュランはおかしなことになっていったんです。」





では、川崎青年はいかにして川崎シェフになっただろう?

ロワゾーのコートドールは、ブルゴーニュにありますから、
春から夏にかけてが忙しいんですよ。
ですからぼくもセゾニエ(季節契約)で入りました。
秋になってロワゾーの店を去るとき、ぼくは記念にメニューにシェフにサインをしてもらいました、
料理人はよくそういうことするんですよ。
かれはメニューにこう書いてくれた、Peut- être, Japon sera fière de toi.
英語で言えば、Maybe Japan will proud of you.って意味なんですよ、
「peut- être  英語ならmaybe 日本語なら、たぶん」が、ちょっとひっかかるんですけど、
でも、ロワゾーはいつも陽気でコメディアンみたいな男ですから、
いつもひとこと多いんですよ。


ロワゾーはぼくに訊ねました、次は誰のとこで働きたいんだ?
ぼくは、即座に、ジャック・マキシマン Jacques Maximin 1948- と答えました。
そしてぼくはロワゾーが書いてくれた紹介状を手に、
南フランス、ニースのビーチにある、オテル・ネグレスコ Hotel Negresco  に、
http://www.booking.com/hotel/fr/negresco.ja.html
当時32歳のジャック・マキシマンを訪ねました。
いかにも歴史を感じさせるホテルで、
館内は、ルイ13世様式からモダンアートまで5世紀にわたる美術品でいっぱいなんです。


ジャック・マキシマンは、おでこに傷痕があって、
チンピラっぽいジャンパーを着て、
創造性にあふれた料理を次から次に作り、
そのすべてが魔法のような輝きに満ちていました。
当時24歳のデュカスは、客として何度も食べに来ていた。


後にマキシマンはニースの市長と組んで、調理場がステージで、
レストランが劇場であるようなクールなレストランを作りました。
でも、その後、その市長は汚職でつかまり、レストランはつぶれてしまった。
それからまた、ジャック・マキシマンを神戸へ呼ぶ計画もあったんですよ、
かなり具体的な話まで決まっていた、けれどもそれもけっきょく不動産屋がつぶれて、
なくなってしまった。


ジャック・マキシマンは誰よりも輝かしい才能に恵まれながら、しかし運がなかった。
その後ややあって、このところはジャック・マキシマンは、
ニースとカンヌのあいだにありカーニュ=シュル=メール CAGNES SUR MER で、
奥さんとビストロをやっていて。
http://www.jacquesmaximin.com/JMpage1.html
いまだに多くの料理人たちは、デュカスやロブションではなく、
むしろジャック・マキシマンにこそ、熱狂的な賞讃を捧げる、
たとえ、世間がどう言おうと、すばらしくしあわせな人生ではないか。
ぼくはそうおもいます。





川崎シェフは言う、
この頃、おもいだすんですよ、
コートドールで働いていた頃、ぼくはスタッフのフランス人とふたり部屋で、
前の部屋はロワゾーがひとりで使ってました。
夜中にロワゾーが、こっそり部屋を出てプジョーのエンジンをふかして、
どこかへ出かけてゆくんですよ。
いまにしておもえば、あのときロワゾーは、
後に結婚する人に会いに行ってたのだろう、とかね。


ジャック・マキシマンは、サッカーが大好きで、
ニースのいろんなレストランでそれぞれチームを作って対抗試合をするんですよ。
ある試合の日ぼくは、行きはマキシマンのクルマに乗せてってもらったんですけれど、
試合は、マキシマンのネグレスコ・チームが負けちゃって、
マキシマンは怒って、帰りはぼくを置いて帰っちゃった。
ぼくらはみんな夜営業のためにホテルへ戻るんですけど、
みんな戻ったらマキシマンにいったいどんなことを言われるかビビッちゃって、
スタッフと一緒のクルマのなかで、みんなして暗い顔をして、黙りこくって、
夕暮れの海辺を飛ばしたものです。





さて、アラジンではいつものように、
4時間にもおよぶ贅沢なランチをいただき、ぼくと彼女は、店を出た。
鈍感なぼくは気がつかなかった、
彼女は、はじめてのフランス料理、
次から次へと押し寄せてくる、はじめて食べる種類の、美味への感動、
ぼくと川崎シェフとのいかにもマニアックな会話、
(さぞや彼女は緊張しただろうし、しかも、ごめん、
ぼくはシェフとの会話に熱中するあまり、
いまにしておもえば、ときに大事な彼女を蚊帳の外に置いてしまいもした)
結果、彼女は、そのあまりに濃密な4時間に、くたくたになっていた。
予定では、これから神保町へ行って、古本屋をうろついて、
ミロンガ・ヌオーバ で、なまめかしくエロいタンゴを聴きながら、
そっと手と手を重ね合わせるつもりだったけれど、
しかしけっきょく広尾商店街の上島珈琲店でコーヒーを飲んで、
そこでお別れをすることにした、
店の前で、ぼくは彼女をぎゅっと抱きしめて。


そしてぼくは店に戻り、もう一杯コーヒーを飲み、
そのまま広尾から地下鉄日比谷線に乗る気にならず、
ただただ歩きたくなって、夕暮れのなか、
外苑西通りを南に南に、歩いた。
やがて首都高が現れ、その下をただひたすら歩いているうちに、
いつしか夕方はすっかり夜になっていた。
自然教育園の右手を蛇行し、交差点を左折すると、目黒駅への道だ。
えんえんスクラップ&ビルドを繰り返し続ける魔都、東京の夜が輝いている。
ぼくは歩いた、目黒駅への道を、
コーヒー屋の前で強く抱きしめた彼女のことをおもいながら。


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『真鍮製のハンドルが軋む音』2011年1月のレヴュー。
http://tabelog.com/rvwr/000436613/diarydtl/119743/

『時の影がワインレッドに染まる。2014年10月のレヴュー。
http://tabelog.com/rvwr/000436613/diarydtl/124878/

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ぼくと女友達とインド料理、ときどきフランス料理。
http://tabelog.com/rvwr/000436613/

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ジュリアス・スージー

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店舗情報(詳細)

店舗基本情報

店名
レストラン アラジン(Restaurant ALADDIN)
受賞・選出歴
2021年Bronze受賞店

The Tabelog Award 2021 Bronze 受賞店

2020年Bronze受賞店

The Tabelog Award 2020 Bronze 受賞店

2019年Bronze受賞店

The Tabelog Award 2019 Bronze 受賞店

2018年Bronze受賞店

The Tabelog Award 2018 Bronze 受賞店

2017年Bronze受賞店

The Tabelog Award 2017 Bronze 受賞店

フレンチ 百名店 2023 選出店

食べログ フレンチ TOKYO 百名店 2023 選出店

フレンチ 百名店 2021 選出店

食べログ フレンチ TOKYO 百名店 2021 選出店

ジャンル フレンチ
予約・
お問い合わせ

03-5420-0038

予約可否

予約可

シェフお任せコース(ランチ・ディナー)は、お客様のご希望の食材を承ります。
ご予約時にお気軽にご相談下さいませ。

住所

東京都渋谷区恵比寿2-22-10 広尾リバーサイドG 1F

交通手段

東京メトロ日比谷線広尾駅、1.2番口から5分です。

広尾橋交差点を、(有栖川公園および外苑西通りを背に)
飲食店やお風呂屋さん薬屋さんなどの並ぶ、地味な商店街を直進します、
つきあたりのお寺の前で、左折。
まっすぐ進んで、
明治通りにぶつかります。(広尾五丁目交差点です。)
明治通りを渡って。
すぐの橋を渡り、右手。
アラジンは路面店、中1階です。

タクシーの場合は、
(外苑西通りと明治通りがぶつかる)天現寺交差点を、
広尾一丁目方面にワンブロック進み、広尾五丁目交差点で下車。
徒歩で、左折、10秒、道の右側。
アラジンは路面店、中1階です。

広尾駅から471m

営業時間
  • 月・火・木・金・土・日

    • 12:00 - 15:00

      L.O. 13:30

    • 18:00 - 22:30

      L.O. 20:30

    • 定休日
  • ■ 定休日
    火曜日又は木曜日(不定休の為お店に直接お電話でご確認頂けますと助かります)
予算

¥15,000~¥19,999

¥6,000~¥7,999

予算(口コミ集計)
¥15,000~¥19,999 ¥10,000~¥14,999

利用金額分布を見る

支払い方法

カード可

(VISA、JCB、AMEX、Diners、Master)

電子マネー不可

QRコード決済不可

サービス料・
チャージ

10%

席・設備

席数

28席

最大予約可能人数

着席時 28人、立食時 40人

個室

貸切

(20人~50人可)

禁煙・喫煙

全席禁煙

駐車場

空間・設備

落ち着いた空間、ソファー席あり

メニュー

ドリンク

ワインあり、ワインにこだわる

料理

野菜料理にこだわる、魚料理にこだわる

特徴・関連情報

利用シーン

知人・友人と

こんな時によく使われます。

サービス

お祝い・サプライズ可(バースデープレート)、ドリンク持込可

お子様連れ

10歳以上

ドレスコード

特に御座いませんが、他のお客様が不快に思われる様な服装はご遠慮ください。

ホームページ

http://www.restaurant-aladdin.com

公式アカウント
オープン日

1993年8月

備考

お料理の詳細はお手数をお掛け致しますがホームページをご参照下さい。
http://restaurant-aladdin.com/menu/dinner/
宜しくお願い致します。

初投稿者

大谷浩己大谷浩己(28)

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