息子が生れた日も”青空”だった… : 青空

（銀座街歩きRve）
　199X年6月某日。
梅雨の中休み、朝から雲ひとつない抜ける様な青空が広がっている。

　私は普段通りに起き、ひとり朝食を食べていた。
まだ携帯電話が普及していない時代。自宅の固定電話が「森のくまさん」のメロディを奏で始める。「いよいよだな！」心の中で呟き、おもむろに受話器持ち上げる。義母の優しい声が耳元に木魂する。先ほど家内が産院に運ばれた知らせだ。
「よろしくお願いします。生まれたら会社に連絡を…」それから６時間後の午後１時過ぎ、デスクの受話器から男子誕生の知らせるが届けられた。
　
　身長50㎝/体重3050gで生れた男の子は「朗らかに大きく育て」との想いから「大朗(たろう)」と名付けられ、両親の愛に育まれ大病もなく健やかに成長した。
「いつか、こいつとサシで酒が呑みたいものだ」父親なら誰もが願うことを想い、彼が成人した後もなかなか機会に恵まれず数年が経過した。が、その日は突然にやって来た。
2015年9月某日、家内と娘が母娘ふたりだけの海外旅行に出掛けた日。20数年の想いを彼に伝えると、「ああ！」と照れ屋の彼特有の肯定的な返答。「お前は何が食べたい？希望を言ってみろ」との問い掛けに「廻らない寿司屋」と高校生の様な受け答えをする。

　息子と初めてのサシ呑み。親バカ根性丸出しで、都内でNo.1評価「さいとう」に電話するも、直前予約がとれる筈もなく、都内の高級寿司店に軒並み電話を掛けまくる。
そして、条件付き(17:00～19:30迄）ながら銀座の名店『青空（はるたか）』の予約が運よく取れ、ふたりで高級店の暖簾をくぐる。この日をいつかと夢みていたが、いざその時が来てみると互いに淡々と店まで肩を並べて歩いた。

　理系の研究員の彼とは根本的に会話がかみ合わないが、昨年ICT開発部門に異動になってからは、私が担当する事業の個人的なアドバイザーとして、少しだけ成り立つようになった。
普段は無愛想な彼だが、初めての高級寿司店に緊張しながらも、笑顔で酒を呑み寿司を頬張る姿に、父親だけが感じる想いを心地佳く味わっていた。

（閑話休題）
■当日に注文した料理「お任せ摘み/握りコース」
（摘み）　
　＊塩銀杏
　＊伊勢海老の霜降り＆ジュレ
　＊伊勢海老の頭で出汁を取った味噌汁
　＊秋刀魚の生姜煮
　＊鱧と松茸の出汁
　＊お造り「干し鰈とボタン海老」
　＊寿司屋のたまご焼き
　＊千葉産の蒸し黒鮑（葛あん掛け）
　＊行者大蒜醤油漬けと長葱を和えた鰹のお造り
　＊赤雲丹の食べ比べ「唐津/国東/壱岐/能登」
　＊喉黒の塩焼き
（握り）
　＊赤烏賊
　＊鱚の昆布〆
　＊大間の本鮪の赤身
　＊大間の本鮪の中トロ
　＊大間の本鮪の大トロ
　＊小肌
　＊いくらの醤油漬けの軍艦
　＊鯵
　＊車海老
　＊しまあじ
　＊鰤
　＊穴子
　＊鉄火巻き
　＊山葵巻き
■当日に注文した飲物
　＊生ビール×4杯
　＊綿屋 「純米吟醸」(宮城：金の井酒造）×2合
　＊鄙願（ひがん）「大吟醸」（新潟：大洋酒造株式会社）×３合
____________________〆て￥81,000.- 也　銀座は怖い！(笑)

　云わずと知れた銀座の名店。
毎年”日本版ミシュラン”に載る有名店である。白木のL字カウンターに個室1室の造り。凛とした空気が流れる。
口開けに入店するが、既に３組が愉しんでいる。偶々隣になった年配のご夫妻は明らかに人種が違う。「軽井沢の別荘が云々、京都の別邸に職人に来て貰って夏の鱧を愉しんだ云々…」その自慢話だけが店内に響き、他の客は静かに料理を愉しんでいる。

　今宵、ゆっくり呑む目的で「摘みとに握りのお任せ」でお願いする。
「塩銀杏」に続き供された「伊勢海老の霜降り」、いきなり後頭部を殴られる。ブリブリの伊勢海老の甘み/食感、冷たいジュレとの冷温の妙。初めて味わう「肴」に息子が純粋に…「旨い」
その後、季節の「肴」が11品供された。中でも印象的だった肴に「千葉県産の蒸し黒鮑」「赤雲丹の食べ比べ」がある。　鮑は豪快に分厚くカットされ供される。匠の技が施された逸品は実に柔らかく、それでいて程よい弾力がある。その上に、潮の風味を邪魔しない上品な葛あんが掛かる。
「赤雲丹の食べ比べ」は「唐津/国東/壱岐/能登」の産地のものが供された。1種類しか食べなければ気付かない甘味や食感、濃淡の違いが産地により出るのは愉しい。考えてみれば産地毎の海水温や、それに影響される雲丹の餌である海藻も違うため、雲丹自体の味が変わるのは尤もである。

　ひと通りの「肴」を愉しみ酒も程よく進んだ所で握って貰う。
先陣を切って「アカイカ」。ねっとりとして甘みが強く酢飯との相性も悪くない。ただ酢飯は正直好みではなかった。酢が立ち過ぎている感がある。
先日訪れた「鮨さゝ木」もそうであったが、酢の存在感が極めて大きく刺々しさを感じる。しかしネタにより、その印象も変わることを今回は学んだ。
淡白なネタには酢の強さを感じるが、濃厚なネタ（例えば中トロ/大トロ）の時は控え目になる。これが酢めしとネタの妙なのだろう。同じバランスで味わう場合は、濃淡によってシャリの味わいも変えなければならないのだろうか。奥が深い。
11貫と1巻きを愉しみ、息子と初めての差し呑みを終える。

　お愛想をして伝票に書かれた数字を覗き込んだ息子の顔から笑顔が消えた(笑) そんな彼に「銀座で呑める様な男になれよ」と、彼の横顔を見ながら心の中で囁いた。
思えば…
息子が生れた日、抜ける様な”青空”を見上げながら想った。彼の未来に幸あれと…