『Eat with your fingers.』ジュリアス・スージーさんの日記

Eat for health,performance and esthetic

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ジュリアス・スージー (男性・東京都)

日記詳細

伝統的にインド人は、右手を使って食べる。
これは有名だよね、
右手は聖なる手、左手は不浄の手・・・
なーんて神秘的な説明を聞かされると、
おのずとこちらはさまざまな下ネタが脳裏を駆け巡ることになるけれど、
でも、ま、ほんとはそんなに観念的に理解する必要もなくって、
あれはただインドの生活習慣でしょ。
日本人の大多数が、右手で箸を持ち、左手でお茶碗を持つようなもの、
だからと言って、けっしてこんな説明なんてしないでしょ、
「ハシ、その音は橋と同じ、彼岸と此岸をつなぐもの、
日本人にとって、食事とは生きるために、
魚や肉や野菜の死を取り込むこと、
すなわち異界と交流する儀式なのだ」、
こんな説明聞かされたって、日本人はみんな笑うでしょ、
頭、おかしいんじゃないか、って。
もっとも、こういう説明すると、
目をらんらんと輝かせてよろこぶ外人もまたいるところが、
世の中のおもしろいところ。




さて、インド人と指食の関係もたんじゅんではなくて。
近年は、とくに北部インドのクロスのかかったようなレストランでは、
もしかしたらフォークやスプーンを使って食べる人の方が多いかもしれない。
ただし、あくまでもそれは欧米的習慣が導入されているに過ぎなくて。
日本人が握り鮨を箸で食べるほどには奇妙ではないにせよ、
とはいえ、もともとインドにあったものではありません。




教養あるインド美女が背筋を正して、
右手の、親指、人差し指、中指を使って、
しかも、指先だけを料理に接し、優雅に食事をしている姿は、
気品があっていい。
しかし、たとえどのような美女であろうと、
もしもテーブルに顔を寄せ、
右手の5本の指や掌じゅうをカレーまみれにして食べ、
最後に、指をしゃぶって、ちゅぱちゅぱ音をたてたりしようものならば、
その人は、けっして立派な人たちに歓迎されることはありません。
ここが文化のおもしろいところ。
マナーも、一朝一夕には身につくものではなく、
そこにはささやかな練習による、技術的達成が不可欠なもの。
こうなると、たとえ日本人であろうと、
インド料理マニアならば指食達人になりたい、
と、おもうのではないかしら。
(いや、おもわなくたっていいんだけどさ)。




指食といっても、北インド料理や西インド料理の場合は、
そんなに難しくはなくて。
なぜって、パンがあるから。
全粒粉の無発酵の薄焼きパン、チャパティを、ちぎって、
ちょっと窪ませてスプーン代わりにして、ダルやカレーに漬けて、口に運ぶ。
皿に残ったカレーを、チャパティでぬぐって、食べる。
いたってかんたんなこと。



しかし、ベンガル料理や、南インド料理は、ごはんで食べる、
ごはん主体の料理を指食するのはがぜん難易度は上がり、
かつまた指食のよろこびもまた上がります。
ちょっと想像してみましょう、
あなたの目の前に、南インドの盛り合わせ定食ミールスがあります。
あなたはまず最初に、カトリ(小鉢)をトレイの外に出して、
トレイを、広々と使える状態にします。
カトリから、直接ダルや、ラッサムを、
ごはんにまだらにかけましょう。
ごはんはすでに印象派です。
そしてあなたは、親指、人差し指、中指を使って、
鮨を握る要領で、ごはんを軽く揉んで、
そのごはんを混ぜた料理につけて、
さて、その手をひらりと反転させて
(すなわち料理を乗せた人差し指と中指を天に向け)口元に運び、
親指で料理を弾く要領で、
優しくそっと口に押し込むようにして食べます。
一回ごとに料理の混ぜ方を変えて食べます、
印象派の画家が、一回ごとにパレットの絵の具の混ぜ方を変えて、
絵を描いてゆくように。




背筋を伸ばして、姿勢良く食べることが大事なんだ。
指先が料理の温度を感じる、そのたのしさ、
手で料理を口に運ぶことの、かすかにエロティックなよろこび、
童心に返ったような幸福感、
最初は、なかなかごはんがまとまらなかったりして、巧くゆかないけれど、
でも、何度か手食してゆくと、だんだん慣れて、上達してくるもの。
もっとも、最後まで綺麗に食べ尽くすことが難しいんだ、
たとえば、ごはんは食べ尽くしたものの、
汁ものが残ってしまったりして、
ごはんをおかわりしたりすることになる。




日本人で指食達人と言えば、
なんと言っても、ケララの風の沼尻さんと、
そして、なんどりの稲垣さん。
あのふたりは食べ方が綺麗でね、
しかも食べ終わったときのお盆がまた綺麗なこと。
そしてかれらとともに日本人が幾人も集まって、
いかにも無邪気に幸福そうに、
みんなしてインド料理を指食する、
そりゃ、傍から見れば奇異でしょ。
でも、ぼくもその末席に混ぜていただいたことも数回、
たのしかったですよ。




もっともぼくは指食はたまにしかしない、
なぜって「wanna be インド人」っておもわれるのは癪だからね。
でも、ミールスを食べるときなど、
ときどき指食してみたくなるんだ、
だって指食した方がたのしいし、おいしいからね。
また、ときには、指食する自分をインド人に見せつけたい、
そんな幼稚な動機が生まれることもあって。
たとえばぼくはかつて、友達のSITAARA表参道の先代料理長、
ロイ・シッタールタ・シェフと一緒に、
ケララの風でミールスを食べたとき、
ぼくはいちびって、指食したものだ。
他方、ロイは、紳士を気取って、スプーンとフォークで食べていて、
お互いに、相手の食べ方をゲラゲラ笑ったもの。(懐かしい。)




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