『モネ展:③横から観る鑑賞法からの発見 「睡蓮」「小舟」』コロコロさんの日記

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今回、大変混雑しているモネ展。
状況的にそうせざる得なくなって編み出した(笑)鑑賞法。

絵の前に、たくさんの人がたむろするので、
その人たちを避け、絵の両サイドの空いているところにポジションどり。
絵の端の方から、徐々に中央に向かって見ていくという方法です。

展示順路の方向から、絵の左端から、
鑑賞するという形が多くなります。
絵によっては、光の加減で妙な反射があって、
わかりにくくなってしまうことがあるのですが、
端から見ることで、いくつかの発見がありました。

その一つが・・・・・



■睡蓮  三部作(?) 
オランジュリー美術館の大装飾画の準備として描かれた
「睡蓮」が3点、展示されている一角がありました。
展示の様子はこんな感じ・・・・


調布FM:9/22(火)の【ゆうがた5】は(+モネ&マン)…?par北山裕子 より
   ⇒写真:睡蓮



■滝のように見える藤の映り込み
3点の睡蓮が、並んだ中央の睡蓮を見た瞬間、ハッとさせられました。

上記の写真も、ちょっと斜めから撮影されているので、
私が見えた感覚がわかるかもしれません。
紫で描かれた藤の花の部分が、滝のように見えませんか?
もっと真横の位置から観ると、まるで滝が流れ落ちているように見えます。

このエリアは鑑賞の順路からすると、右横方向から見ることになりました。

平面の水面に浮かぶ「睡蓮」が、突如、滝壺に急降下する滝となって、
画面が分断されているように見えたのです。
水平の水面画面が、垂直方向に切り替わり切り立っていました。



■「水平」と「垂直」
モネは睡蓮を描く時に、水面や水中、そして水面に映る景色。
それらを描き分けるのに、「水平」と「垂直」のタッチを
使い分けて表現していると聞いています。

その典型的な「睡蓮」が右側に展示されていました。
下記が、「水平」「垂直」の対比で描かれた「睡蓮」です。

  ⇒睡蓮、柳の反映


他にも「水平」と「垂直」で描かれた睡蓮はこんな作品があります・・・
   ⇒○国立西洋美術館:モネ『睡蓮』1916年
     出典:img.alibaba.com

   ⇒ 紫と白の睡蓮



■滝に見えたのは錯覚?
三部作(?)の中央の「睡蓮」は、
画面を切り裂くかのような垂直の流れを作り、
視線が池の奥底にひきずり込まれていくような・・・・

正面に回ると、この滝に見えた部分は、
紫色の藤の映り込みであることがわかりました。

こんなふうに見えたのは、私だけ?
たまたま偶然、そのように見えてしまったのでしょうか?


■サイドからの視線は意識してる?
琳派の屏風を見た時にも、通常は正面から鑑賞するものらしいのですが、
左右どちら側から見ることによって、折りがあるため、
屏風はいろいろな見え方をします。

絵師は、左右からの視線にも、何か意味を込めたりするものなのか・・・
と思いながら見ていたのですが、
モネも横から見るという視線に対して、何か意図を込めていたのでしょうか



■絵の具の盛り上がり
横から見るということのおもしろさは、他にもありました。
絵の具の盛り上がり方の強弱が、正面からよりも、顕著にわかるのです。

この一帯だけ、絵の具をこんなに盛り上げてる・・・・

きっと、モネじいさんは、ここのところに、
いろいろな思いを込めて、筆を重ねていたんだろうな。

ここには、何を詰め込んでいたんだろう・・・・
何を伝えたかったのかな・・・・
そんなモネの魂のようなものが絵の具の盛り上がりに表れていて、
リアルに感じることができました。

でも、それが具体的にどんなことかまでは、
まだまだ、理解には至りませんでした。




■「小舟」俯瞰して見える絵
一緒に参加した友人から、
ボートが上の方に描かれて、水草が一面に描かれた絵を、
「右側のボートの上の方から見ると、俯瞰して見えるわよ・・・・」と言われました。

ああ、やっぱり・・・・
「横から見る」という見方を実践していたんだ。

私も横から見ていましたが、俯瞰して見える。
そんな感覚はなかったけど・・・

ちなみにこの作品は 《小舟》(1887年)
右上を斜めに小舟を配する構図は浮世絵の影響を受けています。
西洋では、描きたい対象物は中央に描かれます。
これまで見てきた、舟を描いたいくつかの作品も、
画面を大胆に横切る構図が用いられ、中心をはずしているのは、
モネの特徴でもあります。

画面上方に主体を移動されるということは、
画面のほとんどが水面でしめることになり、
ある意味、無の部分をどう表現するか・・・
という課題が生じます。

モネはそれを、無数の生き物が、余白となる水面を埋め尽くし、
うごめいているかのような水草で表しました。
それは、ある意味、おどろおどろしさを感じさせ、
余白であったはずの「水面、水底」が、
主題にとって変わったとも言えるのではないでしょうか?

水底の暗い、おどろおどろしい世界の中に、
赤や黄色の一筋の色が加えられています。
それは光に反射した水草なのか、あるいは、
水草そのものが持つ色を、モネが描きだしたのか・・・・
あるいは、その色に何か意味があったのか・・・

モネは、これを描くにあたって次のような言葉を残したと言います。

川底で揺れ動く水草と水を捉えるという、不可能なことに取り組みました。
 それは眺める分にはすばらしいのですが、描こうすると気が狂いそうになります」


モネに気が狂いそうと言わしめた絵は、こんな絵です。
   ⇒《小舟》(1887年)


この絵を、正面から観ると、水草は、舟の周りを
とりまくように漂っているように見えます。
舟も、画面上方に、停留しているように見えます。

ところが・・・・

舟が描かれた右側、そして舟のある上部方向からこの絵を観ると、
これまで見えていた平面的な舟は立体的になって高さが出て
まさに俯瞰したように見えるのです。

さらに、漂っていた水草は、ひきずり込まれるかのように、
深淵な池の底へと、連れて行かれるのにはびっくりしました。

その落差は、ジェットコースターのようで、
舟の上から、急降下して、底なし沼に落ち込むような感覚でした。

最初に見た時は気づかなかったなぁ・・・と思ったら、
私は左方向から見ていました。


やはり、モネは、サイドからの目というのを意識して描いていた。
って思いました。


そして、他の絵でも、横から見たら見え方が違うことに
気づいている方がいらっしゃいました。




■浮いて見える睡蓮
モネ展感想*夫婦で芸術の秋デート!上野の東京都美術館へ より

ほぼ横の角度から観ると、正面から見るより
もっと睡蓮が浮いて見えてリアル・・・・

そんなことに気づかれた様子。
ご主人も、浮いて見えると納得されています。


そんな睡蓮が浮いて見える絵はこちら、チラシにもなっているいます。
  ⇒クロード・モネ《睡蓮》1903年


私は、この絵を見たのは、右側からでなく左側からでした。
だからかどうかわかりませんが、浮いて見える・・・・
ということには気づきませんでした。


モネ展、また観る機会を持てるかどうか・・・・
たぶん無理ですが、もしその機会があったら逆回りをして、
左右、両方から見てみるというのも面白そうです。


両サイドから見たら、違って見える


数人ですが、そういうことに気づいた人がいるということは、
きっと、モネはそれを意識して描いていたのではないかと思うのです。
あるいは、巨匠ともなれば、そんなことは意図しなくても、
そういう状況が生まれるのか。
はたまた、芸術作品は、作り手の手を離れて、
観る側が、いろいろな解釈を好き勝手に作りあげてしまうのか・・・


【参考】
上野の東京都美術館で大人気のモネ展で絵画「睡蓮」を見て感じたデジタル世界が目指すべきところ
ーーーーーーーーーーーーー
立つ位置で見え方が変わる!?
なぜなら、モネの絵画は、見る距離角度光の当たり方
全く違う表情を見せるのです。
(略)
また、少し横から見ると、透き通った水に浮かぶ睡蓮が
立体的に見え水面に写る風景から睡蓮が浮き上がっている様子が
非常にリアルに見えます。

キャンバスの上の「リアルな世界」
キャンバスに置く絵の具の量秀逸なぼかしにより、
絵の具の厚みが光を反射し、キャンバスから浮き出して見えるのです。
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やはり、睡蓮が浮いたように見える描き方をしていたようです。
絵の具の量により厚みがもたらす光の反射・・・・
絵の具の厚みがあって凸凹しているということは、
光は乱反射していることが考えられます。
それによって、ぽっかり浮いたように見えるということなのでしょうか?
なんだか、もう一度、この睡蓮を見てみたくなってきました。




■「睡蓮」に光琳の構図を発見!?
ちなみに、私はこの「睡蓮」を見て思ったのは、
琳派の尾形光琳 「紅白梅図屏風」の構図と同じなんじゃない?

両サイドの柳の影が作り出す水の構図は、
上から裾広がりに広がって中央を貫いています。
光琳の水流と一緒じゃない? って・・・・



あれ?  そういえば、光琳の「紅白梅図屏風」を初めて見た時は、
モネの、ポプラ並木のS字カーブと一緒じゃないって思っていたのでした(笑)

   ⇒○尾形光琳 『紅白梅図屏風』って何がすごいの? (2015/05/22)



その時、その時で、作品の捉え方は、全く変わるものですね。

何かを「見る」ということは、自分がこれまで見てきたものを、
高速回転させて、その中から似たものがないか、
共通性を見つけ出そうとする行為のような気がしてきました。

そして、一致する何かが見つかった時、これまでは、
先に見たものが古いと思っていたようです。
個々に見てきたものに対して、時間軸ないため、
先に見た作品の方が、先駆者のように・・・・

これまで、ばらばらに見てきたモネの作品を、
一度。古い順に並べ直して、年代や時代性、
住んだ地域、家族との関連、病気の進行などを整理して、
それらの背景に当てはめながら、関連性を見つけたりしながら、
全体を見直してみたいという気持ちになっています。



【参考】横から見る
「マルモッタン・モネ美術館所蔵 モネ展」に行く 芝居遊歴控
   →「小舟」について横から

上野に、モネ展をみにいってきました。 24歳専業主婦の超私的感想 くるんちゅ日記
   →立体感を感じる理由
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