飲食店は接客業であることを改めて認識させてくれるお店 : 隠れ里車屋

ここ数年、毎月利用させていただいているけど、味にブレはない。さすがというべきか。
残念なのは人の入れ替わり。
仕方ないこととはいえ、馴染んだ店員さんがいなくなるのは少々悲しい。
その人特有の接客を好ましく思っていた場合は特にね。


飲食店に何を一番求めるか？

投入できる資源（コスト）が決まっている以上，その資源をいかに分配するかというのが店の戦略だし腕の見せ所．食材や調理技術に振り分ければ，接客の質や設備投資を下げざるを得ない．豪華な建物と高いレベルの接客を求めれば，どうしても供する料理への配分を下げなくてはならなくなる．全てはトレードオフ．そして客は，これらの配分と総支払額が自分の求めるものと合致する店を評価する．

さて，このお店，タクシーで立派な和風の門前の車寄せに乗り付けると，黒スーツの男性が遅滞なく扉を開け，私たちの降車を手助ける．そして予約名の確認を取ると，急かすでもなく，それでいながら流れるように店内へと誘導を開始する．石畳の隘路を進みながら無線で客の到着を内部へ連絡している．だからレストランの建物に到着するときには，入り口そばですでに黒服の女性スタッフが待ち構えており，「いらっしゃいませ，OO様」と，自動ドアを開けて開けてくれる．

その瞬間，小さい嘆息が思わず漏れた．そこには天井が高く広大なエントランスが広がっていた．対面は全面ガラスで，その向こうには錦鯉が泳ぐ水盤のような浅い池が広がり，奥には日本庭園がスポットライトで浮かび上がっていた．自分のような庶民が舞い上がるには，この非常にわかりやすい演出だけで十分．

鷹揚にこの庭園を味わう振りでもしたいところだったが，残念ながら店員はそんな私の見栄っ張りな気持ちを斟酌はしてくれず，そのまま店の奥へ誘導した．エントランスのインパクトからすると若干落ち着いた通路を抜けると，鉄板焼きの調理台を二つ備えた全面ガラスの区画に出た．ここもスポットライトで照らされた日本庭園が広がっている．

席に着くと担当給仕の軽い自己紹介と予約内容の確認があり，これをコックが引き継ぐ形でメニューの内容説明とメイン料理を何にするか聞いてきた．お肉を食べたいという同行者の希望ゆえにここに来ることになったので，サーロインを選択した．

ドリンクの選択を終えると，カトラリーと箸，ソース類に加えて銀色の脚付平皿を担当給仕がセットした．錫製かと思ったら銀製とのことだった．程なく野菜の焼き上げが始まる．パプリカやオクラ，山芋がかなり浅めに焼かれ，一口大に切られ，そしてガーリックチップ共に先の平皿に盛られた．どれも見た目の焼き加減から予想した通りの硬さと香りを有していた．うーん，この焼き加減は好みの分かれるところだね．もう少し火を通したほうが，万人受するのではないだろうか．3種のソースをつけながら野菜をつまんでいると，切り分けられたサーロインがやってきた．サシが綺麗入ったマーブル．鹿児島黒牛と言っていたか（不確か）．焼き加減はレアでお願いした．

まあ，当たり前と言ってしまえばそれまでだが，焼き加減は問題無し．焼きがしっかり入っているのは表面のみだが，ちゃんと中心まで温まって，香りと脂の甘みが活性化されている．同行者のミディアムをひとかけらもらったが，表面がカリッと焼き上げられ，そして中心は脂が溶け出すくらいに火が通されていた．

メインが終わると，ご飯と香の物．少し硬めに炊かれたご飯は自分のスイートスポット．味噌汁もだしの香り高く落ち着く味．そういえばガーリックライスに変えてもらうことも可能だが，あれは余計かな．凡庸．

食事が終わるとカフェスペースに移動してデザート．10種類くらいの中から好きなものを3品選べる．どれも小さめだが「そこそこ」いける．そういえばカフェスペースにはテラスがあるのだが，季節ごとに造園業者が植物を植え替えているらしく，非常に美しくかつ手入れが行き届いている．気候がよければ，ここでゆったりと時間を過ごすのもありだろう．

何はともあれ，このお店の良いところは店員さんの気遣い心遣い．本当に気持ちよく食事をさせてくれる．タクシーの運転手が「接待で使って恥ずかしい思いをすることはないという評判のお店です」と言っていたが頷ける．

ただ，料理は全体的に凡庸かな．もちろん美味しいのだが，接客レベルの高さに見合っているかと言われると・・・．あと，食器は華美だが全体的に安っぽい．和食のほうも利用したことがあるのだが，ちょっとがっくりとした記憶がある．

さて冒頭の話に戻るが，このお店は演出のほうにリソースを振っている，と感じている．外食にはエンタテイメント的要素も重要だからね．それだけに，とにかくうまいもんが食いたいという向きには合わないかもしれない．